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ー2ー




 姉たちに連れられて行った夜会から数日ーーーーエアルは困っていた。

 このジャケット、どうしましょう。

 そもそもこのジャケットの持ち主が誰かさえ分からない。

 返そうにも返しようがない。

 ジャケットを見つめたまま小さくため息をもらせばいつの間にか部屋に入ってきていた妹が瞳を輝かせて「エアルお姉様、恋をしたのね!?お相手はどなた!?」と詰め寄ってきた。


「まさか!それより一体どうしたんですか?」

「そうだった!お父様がエアルお姉様を呼んでおられるの」

「お父様が……」


 積極的に結婚活動をしている姉と違い、本当に夜会に参加しているだけなのがバレたのだろうか。

 それとも、縁談でも持ち込まれたのだろうか。

 まさか自分に?


「分かりました。ありがとうございます」

「お礼はエアル姉様お手製のクッキーがいいなぁ」

「もう、しょうがないですね」

「えへへ」


 愛らしく笑う妹に微苦笑を浮かべ、エアルはさっと身支度を整える。

 悩んでも仕方ない。叱られた時はその時のことだ。

 さっと気持ちを切り替えて父が待つ応接室へと向かう。

 呼び出し先が応接室ということは縁談の線が濃厚かとため息を吐きたくなるのをぐっと堪え、ノックをして入室許可をもらう。


「エアルです。参りました」

「入りなさい」

「失礼いたします」


 開いた扉の先の光景にエアルは目を瞬いた。

 先日の夜会でエアルにジャケットをかけて消えた男性と異様に恐縮している父。

 それからどこかうっとりした表情で男性を見る姉。

 この状況は一体……?

 そう思いながらも促されるままに姉の横に座る。


「エアル、此方のお方を知っているな?」


 ちらりと助けを求めるように姉を見たがぽうと魂の抜けたようになっている姉はエアルの視線に気づいてくれない。

 エアルは仕方なく頷いた。


「……はい」


 嘘は言っていない。

 どこのどなたかは知らないが、先日の夜会でお会いした方だ。

 知ってはいる。父の訊ね方が悪いのだ。


「こちらの侯爵家との縁談が持ち上がった。

 年齢のことを考えてお前たちふたりのどちらかがいいと思うのだがどうだ?」


 どうだと聞かれても。

 あちらが望めば自分に拒否権などないだろうに。

 エアルは呆れた顔で父を見た。

 好きにすればいい。形だけのものになりつつあるとはいえ、貴族の義務を放棄するつもりはない。

 ただ、許されるのならば、敬愛する姉が嫌がるのならば自分が嫁ぎ、姉が嫁ぎたいというのならば自分は辞退しようとは思う。

 そう思いながらチラリと見た姉は頬を染め突然降って沸いた縁談に夢心地でいる。

 これは退くべきだなと思い声を上げようと視線を前に戻して気づく。

 夜闇の瞳がまっすぐに自分だけを見ていることに。

 その視線の強さに息を飲む。

 絡んだ視線を逸らせずにいると隣からうっとりとした声が上がる。


「あの、とても光栄ですわ。

 まさか、私などにこのようなお話を頂けるなんて本当に夢のようで」


 彼の視線が姉へと移る。

 ホッと息を吐いて可愛らしい反応をする姉に口元を緩める。

 美しい姉にこのような反応をされれば男なら放っておけないだろう。

 自分はお役御免だ。そう思っていると姉に向いていた視線がすぐに自分に戻ってくる。


「エアル嬢はいかがか?」


 あの夜と同じ低い声がエアルだけに向けられる。

 その反応に首をひねりつつエアルはぎこちない笑みを浮かべた。


「とても光栄なお話で驚いておりますわ。

 ですが、」

「それでは、この話を受けていただけますか?」

「はい?」


 どこか不安そうな姉を安心させるために辞退の意を述べようとした瞬間低い声が重なる。

 思わず疑問符を飛ばすエアルに彼は獰猛に微笑んだ。

 まるで逃がさないとでも言うように目を細めて口の端を釣り上げる男にぎこちない笑みが更に引きつり不格好なものになる。


「子爵もよろしいか?」

「え、あ、はい。イヴェール殿がよろしいのでしたら」


 展開についていけていないのはエアルだけではないようで、父は目を丸くしながらイエスマンに徹しているし、姉はイヴェールというらしい彼を凝視している。


「お待ちください。お父様、イヴェール様」

「なんだ、エアル」

「失礼ながらイヴェール様はまだ私のこともお姉様もよくご存じではないでしょう?

 こんなに簡単に決めてしまってもよいものかと思いまして」

「おや、心配してくださるのですか?」


 違います。考え直してほしいだけです。と言えるはずもなく引きつった笑みを返す。


「そうですね。確かに早急すぎたかもしれません。

 見知らぬ男にいきなりこのような話をされても困惑させてしまうだけでしたね」


 自分を気遣う風に聞こえる男の言葉にエアルは嫌な予感がしてならなかった。

 それは自分に向けられる視線が捕食者のそれに見えるせいか、それとも侯爵家の者ともあろうものが自分の言葉を遮って強引に話を進めようとしているのを肌で感じているせいなのか。

 ガンガン警鐘が鳴っているのに気付いているのに何もできないでいる。


「とはいえ、私は貴女を逃がす気はない。

 だから、婚約期間を少し長めに設けましょう」


 その間に私のことを知ってください。そして貴女のことを教えてください。

 意図したところとは違うところへどんどん進んでいく話にエアルはこれでもかと笑みを引きつらせた。

 どこを探しても味方がいない。

 泣きそうな顔で俯く姉。娘のどちらかが嫁ぎさえすればいいと完全にイエスマンな父。姉ではなく自分を妻にと望むイヴェール。

 もうどうにでもなれ。そう思いながらエアルは遠い目をして頷いた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定はとても魅力的です。 [気になる点] 時系列が曖昧で夜会から数日たってるのかがわからなくて読みにくいです。 文脈的にいうと、2のはじめのほう 積極的に結婚活動をしている姉と違い、本当…
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