ー19ー イヴェール
腕の中に閉じ込めたエアルの言葉にイヴェールはたまらなくなった。
今にも暴走しそうな欲望を押さえつけて華奢な体を抱きしめる腕に力をこめる。
まだだ。まだ、その時じゃない。
エアルは確かに自分に好意を抱いてくれている。けれど、それが自分の望む感情かどうかは分からない。それに、今暴走して怖がらせて逃がすのだけは絶対にごめんだ。怯えられて避けられでもしたら耐えられる自信がない。
らしくないことなんて十分すぎるくらいに自覚している。
それでも、エアルを前にするとどうしようもなくなるのだから仕方がない。
いつの間にかこぼれ落ちていた子供のような言葉も、情けない姿も絶対に見せたくなどないのに、彼女にはいつだって余裕で頼りになる自分でいたいのに、上手くいかない。
今だって。
「迷惑なわけ、ないだろう。
自由に貴女の周りをウロチョロしている龍哉に俺がどれだけ嫉妬しているか」
余計な言葉がこぼれ落ちる。
シャツに埋もれていた顔が弾かれたようにあげられて透き通った翡翠の瞳が信じられないものを見るようにイヴェールを見つめる。
「言っただろう?情けないことに余裕なんてないんだ」
「っ、」
驚愕に見開かれた瞳が、朱に染まった頬が、期待させる。
愛している。激情のままそう囁けばどんな顔をするだろう。
もう、いいだろうか。
「エアル」
潤んだ瞳を真直ぐに見つめて名を紡ぐ。
決壊寸前の想いをのせた声はどろりとした熱を孕んで甘く響いた。
腕の中に閉じ込めている身体がビクリと震える。
逸らすこともできずにイヴェールを見つめる瞳には怯えと無意識の期待が混ざり合って揺れている。
誘われるままに唇を開こうとした瞬間。
「イヴェール!エアル嬢、悪かった、な……?」
ノックもなしにガチャリと開いた扉と空気をぶち壊す明るい声にイヴェールはかつてないほどの殺意を抱いた。
それは鋭い眼光となってドアを開いたまま引き攣った笑みを浮かべているアルセへと向かう。
「お、お邪魔しましたー」
「テメェ、覚悟はできてんだろうな?」
誤魔化すようにヘラリと笑ってドアを閉めようとしたアルセにイヴェールは地を這うような低い声で凄む。
「悪かったって!でもこんなとこでいちゃついてるおまえだって」
「あぁ?」
「俺が全面的に悪かったです!ごめんなさい!!」
「ごめんで済んだら警察もうちもいらねぇんだよ」
「ごもっともです!出直すので勘弁してください!!」
そう言うが早いかバタンと扉を閉めて逃げて行ったアルセにイヴェールは深い溜息を吐く。
腕の中で硬直していたエアルがピクリと反応したのに気付いてそっと腕を緩めると羞恥に潤んだ瞳がおずおずとイヴェールを見上げる。
「すまなかった」
「……ダイジョウブ、デス」
ちっとも大丈夫そうじゃないエアルの様子に少しだけアルセに感謝した。
あのまま暴走していたらきっと彼女は今以上に混乱して、怯えてこの手からすり抜けていったかもしれない。
既に視線を逸らして逃げるようにうつむいてしまったエアルに微苦笑混じりに見下ろす。
柔らかな亜麻色の髪から覗く色づいた耳に取り戻しかけた理性がまた遠のいていく。
ほぼ無意識のうちにエアルの名を呼び、顔を上げた彼女に見せつけるように掬い取った髪に口づけていた。
真っ赤な顔で唇をわななかせるエアルに少しだけ心が満たされた気がした。
それ以上に欲しがる心からは目を逸らしてふっと微笑む。
どう思ったのか潤んだ瞳が恨めし気に睨みつけてくるものだからたまらない。
「あまり煽らないでくれ。抑えが効かなくなる」
きょとんと不思議そうな顔をしたエアルに困ったように笑いながら手を差し出した。
素直に乗せられた手がどれほど自分を喜ばせているかなどエアルは気づきもしないだろう。




