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ー17ー 静奈


引き続き『(和の国の言葉)』「(エアルたちの普段の言葉)」でお送りします。


 自分が聞き取れるようにできるだけ簡単な言い回しでゆっくりと喋るエアルに静奈は苛立ちが収まっていくのを感じた。

 少なくとも彼女に対する見当違いの苛立ちはなくなった。

 祖父の命令のもと強引にこの国に連れてこられ、雰囲気のあるこの屋敷の一室に放置され、微かに女物の香水の香りをさせてアルセが戻ってきたときには、龍哉を口説き落として和の国の祖父の家わがやまでエスコートさせようと決めていた。

 龍哉が家を抜け出して祖父の家に居座っていたこともあって祖父は龍哉を孫のように可愛がっていたし、流石にまだ16の龍哉を伴侶にと言われると困るけれど静奈にとっても龍哉は弟のような存在だ。つまり、我が家に(婿としてではなく)貰うのは問題ない。

 けれど、彼女が滞在中相手をしてくれるのなら、もう少し様子を見てもいい。可愛らしいものは好きだ。

 亜麻色のふわふわの髪も白い肌もすっと通った鼻も整えられた眉も宝石のような瞳も薔薇色の唇も。彼女を彩るすべてが美しく愛らしい。羨むのも馬鹿らしくなるくらいにエアルは可憐だった。

 春の妖精のような彼女と仲良くなってからでも帰るのは遅くない。静奈にそう思わせているとも知らず、彼女は瞳を輝かせて懸命に言葉を紡ぐ。そしてたどたどしい静奈の受け答えに嬉しそうに頬を緩める。

 可愛い。ものすごく。

 こんな可愛らしい女性がどうしてあんなに陰険そうな男の婚約者なのか。

 自分たちを見つめる不満そうな視線にふふんと笑い返す。龍哉が呆れた顔をしたが知らない。オロオロとこちらを伺うアルセの視線はもちろん最初から無視で、愉し気に自分たちを見つめる侯爵夫人の視線もスルー。


「静奈さん、私も和の国の言葉勉強します!」

「私、教える!頑張って!」

「はい!よろしくお願いします!」

「貴女、おしえる、私。この国の言葉」

「もちろんです!頑張りましょうね!」


 にこにこと花が咲くように笑う少女に静奈は自分でも機嫌が直っていくのを感じる。

 まだアルセを許すつもりはサラサラないけれど。もっと悩めばいい。

 意地の悪いことを思いながら静奈はチラリと情けない顔でこちらを伺っているアルセを見て、つーんとそっぽを向いた。ガックリと肩を落とす姿が簡単に想像できる。


「龍哉!まきこむ!」

「そうですね!私たちだけだと大変かもしれませんものね」


 顔を見合わせてひとつ頷き合うとガックリと肩を落としているアルセに何事か声をかけている龍哉を呼ぶ。


「龍哉!」

「龍哉くん!!」


 龍哉は一瞬、アルセとイヴェールを気にした様子を見せたけれど素直にこちらに寄ってきた。

 輝く笑顔でエアルが龍哉に事の次第を伝える。

 龍哉はどこか微笑ましそうにエアルの話を聞きながら、小さな笑みをのせて静奈を見た。

 なんだもう機嫌直ったの?とでも言いたげなその視線に静奈はふんと鼻を鳴らして答える。それに呆れた視線を貰うが龍哉はまたすぐにエアルへと視線を戻した。


「だから、龍哉くん、手伝ってください!」


 にっこり笑ったエアルに龍哉の顔が引き攣る。

 ざまぁみろ。

 エアルは全く気付いていない様子だけれど、イヴェールの凍えるような視線がグサグサと龍哉に刺さっている。ついでにアルセの恨みがましい視線も。


「は?どうして僕があなたたちの通訳しなきゃならないわけ?

 イヴェールとアルセがいるじゃない」


 少し焦ったような龍哉の反論にエアルはコテンと首を傾げた。


「イヴェール様はお忙しいでしょう?」


 むしろ彼女は何故イヴェールの名前が出たのか分かっていない。

 婚約者と紹介されたけれど、一体どういう経緯でそうなったのかもエアルから聞き出さないといけない。

 権力にものを言わせて、なんてことは流石にないだろうけれどエアルの意思がないのならなんとか助け舟を出してやらねばという妙な使命感が湧き上がる。

 でも今は。


『アルセ様とはしばらく距離を置くことにしたの』


 引き攣った龍哉の顔を更に引き攣らせる為にニッコリ笑っておく。

 無言で固まった龍哉に不安を覚えたのか、エアルの花の顔がしぼんでくる。


「ダメ、ですか……?」


 しゅーんとしおれそうなエアルを援護すべく静奈もまさか断るわけないわよね?と笑みを深めた。

 諦めたように龍哉がため息を吐いて、交換条件らしきことをエアルに持ちかけるがそれはすんなり了承された。

 次いでこちらを向いた視線に静奈はパチリと目を瞬く。

 龍哉が静奈に望むもの。付き合いの長さからアルセのことを許せというのは無理だと理解しているはずだ。

 ならば何か。見当もつかない。


『あなたもこちらにいる間は大人しくしててよね。

 暴れるならここじゃなくてアルセの屋敷でよろしく』

『……はい?』


 思わず素で聞き返した。


 侯爵家ここじゃなくてアルセ様の屋敷で?

 ちょっと待って、今更だけど私の滞在先ってどこなの?


 そんな様子の静奈に龍哉が目を見開いて信じられないという顔でアルセに声をかける。


「アルセ、まさか本当になにも彼女に説明してないわけ?」

「え!あ!あー……」


 思い至ったように目を泳がせるアルセに静奈はにっこりと微笑んだ。


『私、帰る。龍哉、私の連絡先、エアルちゃんに教えといて』

『ごめん、静奈。

 言い訳にしかならないけど、君がこちらに来てくれることに浮かれてた』

『あっそ。でも帰る』

『静奈、』

『私はあなたの周りにいるなんでも言うこと聞いてくれて、なんでも笑って許してくれるカワイ子ちゃんじゃないの』

『ごめん。本当にごめん』

『……謝る暇があるなら私がこの国に滞在するにあたっての情報すべて吐きなさいよ』

『!もちろん!!説明するよ』


 パァアと顔を輝かせたアルセに深く息を吐き出す。

 オロオロと心配していたエアルに大丈夫だと笑顔を見せる。が、ひとたびアルセの方を向くと絶対零度の視線に戻る。


 さぁ、説明してもらいましょうか。

 納得がいかなければ龍哉とエアルを連れて和の国に戻るけれど。

 所詮は小国の組と甘く見てもらっては困る。

 静奈の体に流れるのは、民を守り民と暮らす誇り高き鷲尾一家わしおいっかの血。

 相手が誰であろうと誇りを穢すものは許さない。

 静奈はアルセと二人になれるように要求し、鋭い視線を彼に注いだ。




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