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車は最初から侯爵家に向かっていたらしく、到着した侯爵家では侯爵夫人自ら出迎えられた。
「大変だったわね。怖かったでしょう」
ぎゅうっと優しく抱きしめられてエアルはまた涙腺が緩むのを感じた。
それでもこれ以上は泣いてはいけないとなんとか堪える。
「龍哉もよくやったわ。特別に今日の夕食は和食にしてあげる」
和食という言葉にピクリと反応した龍哉はどこか機嫌がよさそうに頷いた。
「イヴェール、さっさと報告に行って来なさい。
エアルさんには私が付いているわ。
あぁ龍哉、お茶をよろしくね」
「たまには自分で淹れなよ」
「貴方も付き合うのなら淹れてあげてもよくてよ?」
「……僕はまだ死にたくない。談話室でいいね?」
「ええ」
にっこりと笑う侯爵夫人に龍哉は渋々頷いた。
イヴェールも彼女がエアルを離すつもりがないということを理解するとため息を吐いて、目を丸くして母と龍哉のやり取りを見守っているエアルに向き直る。
「すぐ戻る。子爵家と伯爵家には連絡を入れておくがいいか?」
「はい。……いえ、できれば自分で連絡をと思うのですが」
「分かった。では先に連絡しよう。きっと貴女の声を聞いた方が安心されるはずだ。
そういうわけで母上、しばらく彼女を離していただけますか」
「そうなさい」
エアルは自分の願いが聞き入れられたことにホッとした。
母はともかく伯父は厳しい人でもあるから、幾ら婚約者とはいえ結婚前から侯爵家にお世話になると言ったら何を言われるか分からない。
自分に言われる分には構わない。けれど、イヴェールに嫌な思いをしてほしくない。
そう思っていたのに、イヴェールはエアルに電話をかけさせてはくれなかった。
先にイヴェールが電話で話してエアルに代わる。
エアルが無事保護されたことも、伯爵家ではなく侯爵家で世話になることも、全部イヴェールが伝えてくれた。
話がまとまってようやくエアルに電話が回される。
『エアル!』
「お母様、心配をおかけして申し訳ありません」
『無事でよかった……。私の言い方が悪かったのよね。
ごめんなさい』
「いえ、私もどうかしていたんです。ごめんなさい」
『……お兄様のところではなくイヴェール様のところでお世話になるのね?』
「はい。勝手をして申訳ありません」
『いいのよ。貴女の初めての我儘だもの。
でも、そうね、お式の時にお腹が大きくなってるなんてことがないようには気をつけなさいね』
「お母様!!」
頬がカッと赤くなるのを感じながらエアルは抗議の声を上げる。
そんなこと、あるわけない。
まだ出会って数週間だし、そのうちのほとんどは手紙のやり取りしかしていない。
抱き締められたのだって今日が初めてで、その先なんて……。
考えただけで心臓がどうにかなりそうだ。
『ふふふ、お父様とお兄様には私から上手く言っておくから安心なさいな』
「もう……。
伯父様のところにはこれから連絡しようと思ってます」
『そうね、そうなさい』
それから一言二言話して電話を切る。
次はいよいよ伯父のところだ。こればかりはイヴェールにかけさせるわけにはいかない。
「イヴェール様、伯父様のところには私が」
「だが、」
「お願いします」
「……わかった。伯爵に何か言われたらすぐに代わってくれ。
貴女は悪くない。俺が強引に誘ったんだ」
最後まで気遣ってくれるイヴェールに勇気をもらって、エアルは伯爵家に繋がった電話を取る。
「伯父様、お久しぶりです。エアルです。」
『悪いが、親父は仕事中だ』
「お従兄様、」
『ミーシャとマノンと喧嘩して家を飛び出したらしいな』
馬鹿にしたような従兄の言葉にエアルは目を見開いて驚いた。
一方的にエアルが悪いような言い方だ。
確かに姉と妹との間に確執ができた。それが原因で伯父のところにお世話になるように言われた。
でもそれは、全部エアルが悪いのだろうか。
『まぁ、いい。それでいつこちらに来るんだ。
迎えは必要か?』
「いいえ。そちらには参りません」
『なんだと?ミーシャとマノンと不和があるまま暮らすつもりか』
「いいえ。イヴェール様のところでお世話になります」
『な、んだと……?』
「伯父様にもそうお伝えください。
ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
『待て!やはりミーシャが言っていたことは本当だったんだな!この淫売が!!』
電話越しに投げかけられた言葉にエアルは固まるしかなかった。
何故そんな言葉を言われなければならないのかまるで分からなかった。
電話越しの声が聞こえたのかイヴェールが剣呑な空気を醸し出して電話を代わるように合図を送る。けれど、エアルはそれに応えなかった。
今代わればこの従兄はイヴェールに何を言うのか分からない。
それなら、自分が彼の暴言に耐える方がいい。
そう思った。
『まさかお前が体を使って男をたらしこむようになるとはな!
お前ごときに誘惑されるなど次代の夜闇侯も大した事はないようだ』
呆然とするしかなかったエアルに怒りが滲む。
自分のことは何を言われてもよかった。
もとよりこの従兄に好かれているとは思っていない。
けれど。
「私のことはお好きに言っていただいて構いません。
ですが、イヴェール様への侮辱は許しません。
伯父様に代わってください。あなたでは話にならない」
『なんだと!!』
『エアルの言う通りだ。代わりなさい』
『父上!!……離せ!!お前たち!俺を誰だと思っているんだ!!』
『エアル、すまなかったね』
「伯父様……」
『心配したよ。夜の闇に保護してもらえたんだね』
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
『まったくだ。
無事だからよかったものの。
何かあってからでは遅いのだから、危険なことをしてはいけないよ。
自分の身は自分で守らなくては』
「はい」
『それで、君はこれからどうするのかな?』
「イヴェール様のところでお世話になろうと思います」
『いくら婚約者とはいえ婚礼前にあまり勧められたことではないのは分かっているね?
その上での判断かい?』
「はい」
『ふむ。……イヴェール殿は近くに?』
「はい。
本当はイヴェール様が連絡してくださるとおっしゃったのですが、私が無理を言って自分で連絡させていただいたんです」
『クス、分かった分かった。彼に失礼のないように振る舞うと約束する。
だから、君の愛しい人に代わってもらえるかな』
「お、伯父様!?」
愛しい人という単語にギョッとしたエアルに伯爵はクスクス笑う。
エアルは諦めたようにため息を吐いてじっと電話の交代を待っているイヴェールに受話器を差し出した。
伯父と話すイヴェールを不安いっぱいで見つめる。
伯父は失礼なふるまいはしないと約束してくれたけれど、それでも、少しだけ不安だった。
そんなエアルの視線に気づいてか、イヴェールは安心させるように笑みを浮かべてエアルを引き寄せた。
伯父の声が聞こえる。
『どうか、エアルをお願いします。
あの子は世間知らずなところがあるから、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……』
受話器から聞こえてくるのはエアルを心配し、気遣う言葉ばかりでエアルは目を見開いた。
確かめるようにイヴェールを見ると彼はとても真剣な顔で伯父の言葉に答えている。
それがなんだか嬉しくて、じわじわと胸の中を温める。
電話が終わるころには自分でも分かるくらいに恥ずかしさと嬉しさが顔に滲み出ていた。
それを隠すようにうつむく。
亜麻色の髪からのぞく耳がほんのりと赤く染まっていることにエアルは気づかなかった。
「伯爵と約束したばかりなんだが……」
「え?」
「予想以上に忍耐力を強いられると思って」
イヴェールの言葉の意味が分からずに首を傾げる。
けれど答えは返ってこなかった。
柔らかい微苦笑と共にイヴェールの長い指が伸ばされる。
キュッと目を閉じると、そっと髪に触れられた気がした。
男らしい、エアルのものとは全く違う指がサラリと零れた髪を整える。
恐る恐る目を開けるとイヴェールの指はもう遠く離れていて、それがなんだか寂しかった。




