ー11ー
酷い顔で母の部屋から出てきたエアルを使用人たちは心配してくれた。
けれど、それでも、その厚意を素直に受け取れるだけの余裕がエアルにはなかった。
昨日から心配してもらっているくせにひどいことをしてばかりだ。
そう思うのに、書置きだけ残してこっそり家を出た自分は最低だ。
自嘲の笑みを零しながらエアルはバスに乗るために街までの道のりを歩く。
いつもは車で通る道も歩いてだと随分遠い。
街に辿り着いたころにはもう疲れ果てていて、しばらく動けそうもなかった。
へたり込みそうになるのを何とか堪えてなんとか歩を進める。
「お姉さん、どこか行くの?」
「泣きそうな顔しちゃってさ。よかったら気晴らしに俺たちと遊ばない?」
軽薄そうな男たちに声をかけられてエアルは顔を顰める。
「そんな怖い顔しないでよ。お姉さん美人なんだからさ」
「急いでいるので」
そう言って通り過ぎようとすると腕をつかまれる。
「離してください!」
「まぁまぁ、いいじゃん?」
「そんな荷物持ってるってことはどうせ家出かなんかでしょ?
俺たちが宿、提供してあげるよ」
「結構です!離して!」
必死に抵抗するのに、男の力には敵わない。
ずるずると引きずられていくのを感じながら焦りと恐怖でいっぱいになる。
その時、エアルの腕をつかんでいた男が勢いよくぶっ飛んだ。
「邪魔なんだけど」
「りゅう、や、くん……?」
「まさかとは思ったけど、貴女こんなところで何してるわけ?」
呆れを含んだ声音にエアルは酷く安心してポロポロと涙を流す。
昨日から泣いてばかりだ。
「ちょ、龍哉!お前行きなりあれはまずいだろ!?ってめっちゃ美人!!ていうか泣いてる!?」
「うるさいよ。それより後始末よろしく。
僕はこの人に話があるから」
「え、ちょ、龍哉ーーー!?後始末って俺は夜の闇でも何でもないんだけど!!
ちょ、ホント待って、ねぇ、龍哉様――――!!!」
ギャンギャン騒ぐ連れの少年を綺麗に無視してエアルの手を引いて歩き出す龍哉に黙ってついて行く。
人気のない公園で足を止めた龍哉はベンチにエアルを座らせるとどこかに電話し始めた。
それをぼんやり眺めながら視線はどんどん下がっていく。
「何があったのかは知らないけど、イヴェールがすぐに来るから」
その言葉にハッとして顔を上げる。
龍哉はどこか困った顔をしながらエアルを見ていた。
「まぁ、その前に何があったのか教えてくれると僕としては助かるんだけど?」
それでも無理には聞こうとしない龍哉にエアルはせっかく収まった涙がまた溢れだしそうで唇を噛む。
そしてぽつりぽつりと語り始めた。
姉と妹のこと、母に言われたこと、伯父の家に行くこと。
黙って話を聞いていた龍哉は呆れたようにエアルを見た。
「貴女、バカじゃないの?
だったらなんですぐにうちに連絡してこないの?
そしたらすぐに迎えに行ったし、あんな目に合わずにすんだのに」
「ば、馬鹿って!
そんなの無理に決まってるじゃないですか!
イヴェール様にご迷惑が」
「迷惑なわけないでしょ。もっと自信持ちなよ。
貴女はあの人が選んだ唯一だ」
「でも」
「まぁ見てなよ。そろそろ来る頃だから」
そう言って龍哉が公園の入り口の方を見つめる。
つられてそちらを見ていると焦った顔のイヴェールが何かを探しながら走ってくる。
「来た」
それを見てニヤリと笑った龍哉はイヴェールが気づくようにエアルを立たせて、そっと一歩下がった。
龍哉の思惑通りにエアルに気づいたらしいイヴェールは戸惑うエアルに気付かないでその華奢な体を抱きしめる。
「エアル!」
「イヴェール様、」
「怪我は?痛むところはないか?」
戸惑うエアルの声に腕を緩めるとすぐさま怪我がないか確認する。
「大丈夫です。龍哉君が助けてくれたので……」
「よかった。貴女が街で男たちに絡まれたと聞いた時は生きた心地がしなかった」
「ごめん、なさい」
心の底から安心したように囁かれてエアルは言いようのない罪悪感を抱いた。
そしてそれと同じくらいに安心した。
何故か分からない。
ただ、罪悪感と安心とがごちゃ混ぜになって涙となって溢れてくる。
自分でもどうしようもないそれにイヴェールは嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。
それどころか、綺麗なハンカチを差し出して、もう大丈夫だと安心を与え続けてくれた。
ようやくエアルの涙が落ち着くと、イヴェールに手を引かれて侯爵家の車へと導かれる。
気を利かせて自販機でジュースを買ってきた龍哉にそれを押し付けられてエアルは居心地が悪そうに龍哉を見た。
それに龍哉が小さく笑みを零す。その笑みに縋るように龍哉を見ると彼はまた笑って容赦なくドアを閉めた。




