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華やかな世界でキラキラ輝くお姉様たちの後ろ姿をずっと遠く世界の片隅から見ていた。
綺麗なドレスに身を包むことも、胡散臭い笑顔を浮かべることもひどく億劫でその先に待っているのは地獄だと知りながらどうしてお姉様たちがあんなに楽しそう笑えるのか不思議でならなかった。
私は、広い世界のほんの一欠片を見て絶望し、見下して、目を閉じ、耳を塞いで嘆いているだけだった。
あの人と出会うまでは――――……。
モルゲンデンメルング――――通称、黎明の国。
遠い昔、悪政を布き民を苦しめた愚王を倒した英雄が建てた国。
長い夜の時代を終え、黎明を迎えたこの国にはまだ“夜の闇”が存在する。
それは悪政を布いた愚王の一族を指すのではない。
この国が夜明けを迎えると共に歴史の表舞台から消えた二人の救国の英雄の一族を、その権利を持ちながら昼の世界に干渉せずに陰からこの国を守り続ける一族を、畏怖と敬意をこめて“夜の闇”と呼ぶのだ。
黎明を迎えた国で夜闇の部分をすべて引き受けるこの国のもうひとつの王族を。
彼が従える組織を。
黎明を迎えたこの国で夜に生きる者たちを。
「エアル!やっぱりここにいたのね!」
暇つぶしに開いていた歴史書を閉じて呆れた声の主へと視線を向ける。
「お姉様……」
「ダメじゃない!
今日の夜会にはイヴェール様とアルセ様もいらっしゃるのよ!
ちゃんと準備しないと!」
「ごめんなさい」
素直に謝るものの、気乗りしないものは気乗りしない。
イヴェール様とアルセ様とやらがどこのどなたなのかもわからない。
社交界デビューしてから毎年訪れるこの社交シーズンは気が重くて仕方ない。
華やかで社交的な姉は夜会やらお茶会やらが楽しくて仕方ないらしく好んで顔を出すが、エアルはそういったものに興味がない。むしろ嫌悪さえ覚える。
幼いころから父の行いを見てきたせいなのか、男性を信じようと思わないし、恋をしたいとも思わない。妹に勧められて巷で流行りのロマンス小説を読んでみたが気持ちは冷める一方だった。
放っておいてもどうせいつか父の決めた相手と結婚しなくてはならないのだから無駄な努力はしたくない。
そんなことを考えながらもエアルは姉に手を引かれ、メイドに引き渡され夜会の準備を施されていく。
「ふふ、流石私の妹。
とっても綺麗よ、エアル」
「ありがとうございます。
お姉様もとてもお綺麗です」
「お姉様たちおそーーーい!!
イヴェール様とアルセ様のお姿が見れなかったらどうしてくれるの!?」
「あらあら、それはいけないわ。行くわよ」
「はい」
車に乗って豪奢な門をくぐる。
たどり着いた会場は煌びやかで夢のようだった。
テンションの上がる姉と妹を横目で見ながらさり気なく二人と距離を取りさっさと壁の花を決め込むことにした。
グラスを片手にぐるりと会場を見渡すと異常な人盛りが目につく。
なるほど。あれがイヴェール様とアルセ様とやらがいらっしゃる場所か。
絶対に近づかないようにしよう。
心に固く誓ってまた視線を巡らせる。
しばらくそうして暇をつぶしていたエアルだったが、如何せん人が多すぎる。
なによりもちょくちょく声をかけてくる男性が鬱陶しい。
どこか避難できる場所はないだろうかと視線を巡らせながら人の波を縫って歩く。
たどり着いたテラスは幸いなことに誰もいなかった。
ほっと息を吐いて風にあたる。
姉たちはまだイヴェール様とアルセ様とやらに群がっているのだろうか。
いい加減帰りたい。
そんなことを考えている時だった。
「貴女はあちらに混ざらないのか?」
低い声が背後からかかる。
驚いて振り返ったエアルにその男は驚かせたならすまないと詫びながらエアルの隣を陣取った。
「……別に興味ありませんから」
男性なんて皆同じだ。
父と同じ。母というものがありながら、平気な顔で外に女を作り、それを隠そうともしない。
母はそれでも幸せそうに笑っていたけれどそれが父を繋ぎ止める唯一の方法でハリボテの意地なのだと気付いていた。
だからエアルは自分に声をかけた男の顔も見ずに素っ気なく答えた。
実際、どこの誰かもしらないイヴェール様とアルセ様とやらに興味はない。
隣で男が目を瞬き驚いた気配がした。ふっと笑う気配も。
暫く男は無言でエアルの隣を陣取っていたが、視線があうことも会話をすることもなく、知り合いらしきものに呼ばれた男が忌々しそうに舌を打ってその場を離れることでそのよく分からない状況は終わりを迎えた。
男がもたらした無言の空間は不思議とエアルに不快だとは思わせなかった。
ぶっきらぼうな別れの言葉と共に肩に落されたジャケットも。品のいい香りも。