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空転(Red zone)

よろしくお願いします。

 木曜の夜、久し振りに自室へ戻った。案の定典子が居座っていやがる。俺が無言で鋭い目つきをすると、怯えたように訴えて来た。


「ねえ、園長先生のところへ行くまで居させてよ。三日間って勝手に洸たちが決めただけじゃない。そりゃこの部屋はあなたが借りてるけど、あと二日のことだもの。どうかお願いします」


 正座してフロアに頭をつけやがった。土下座である。このクソビッチがここまでするのは意外だった。


「いいよ。妹としてなら行き先決まるまで置いてやるから。それより早くメシを作れ。お前の好きな物でいいからさ」


「あれ?どうしちゃったの?アイス・ボーイの洸らしくないじゃん。油断させといて真夜中に放り出すとかじゃないでしょうね?」


 典子は全身に力を込めて構えていたのが一気に崩れて来たみたいだ。


「お前なあ、今直ぐ放ってやろうか?俺も昔は典子に助けられたことも有ったって思い直したの!」


「エヘッ、やっぱり私にだけはやさしいね。洸とならシてもいいよ」


「バカヤロ!ちょっと褒めてやったくらいで調子に乗ってんじゃねえ!」


 殴る真似だけしてやった。そこで一つ思い出した。


「典子、もう悟とヤったのか?正直に言わねえとボコるぞ!」


「怖いなあ。確かに悟さんは三日間ここに泊まってくれたけどシなかったよ。あの人ってすごくやさしいね。買い物に連れて行ってくれて、いっぱい好きな物を買ってくれたわ。ドケチな洸とは大違い!」


「何ィ!?あいつとずっとここで過ごしてたのか。通りでここんとこ口数が少なかったわけだ。明日とっちめてやる!」


「やめてよォ!私が独りで寂しいんじゃないかって気遣ってくれたんだよ。洸こそ私を置き去りにして好き勝手やってたじゃない。悟さんをなじる資格なんて無いわ!」


 牝猫の文句なんてどうでもよかったが、少々意外な展開になってたようだ。何ともハッキリしない関係だな。悟もヤりたいなら早くしろってえの!あいつなら信用出来るし男として見込んでたのに。


 気を取り直して典子に手招きし、擦り寄って来た頭を撫でてから額にキスしてやった。


「典子、悟はいい奴だ。今のうちにしあわせ掴めよ。お前の若さなんて直ぐに色褪せちまうぜ。そしたら中身がスッカスカのノータリン女だ。誰も相手にしてくれないぞ」


「ん、モウ!洸ったらやさしいのか冷たいのかどっちよ?菜緒子さんと付き合いだして変わっちゃったの?」


 何となくこの牝猫に確認してみたくなった。


「典子の好きな俺ってどういう奴なんだ?」


「私にだけやさしい洸!他の女には氷のように冷たく接する洸よ!」


聞いたのを後悔した。俺はこいつに何を期待したんだろう?


「しょせんお前はクソビッチだ!聞いた俺がバカだったよ。もういいから、早く風呂に入って寝ろ!」


「ウフッ、それくらいでメゲないもんね。やっぱり冷たい洸も好きッ!男のくせに怒った顔が妖絶でマドンナみたい!」



 風呂から上がって冷蔵庫を開けたら缶ビールが無かった。入れ替わりに風呂へ行った牝猫が出て来たらとっちめてやろうと思った。


 しょうがないので茶ぶ台の上に置いてある典子のタバコを吸った。スリムな「女タバコ」はクソマズかった。三分の一も吸わずにもみ消した。


 暫くしたら寝落ちしてしまっていて牝猫に揺り起こされた。バスタオルだけ纏った姿でだ。


「バカ女!少しは自覚しろ!早くスウェットを着て来い!」


 怒られた典子は逃げるようにバスルームへ駆けて行き、洗った髪をドライヤーで乾かしてから戻って来た。


「洸ったら、そんなに怒らないでよ。せっかく湯上がり姿を見せてあげたのにね。もしかして不感症なの?私のセミヌードを目の当たりにして感じないなんて絶対壊れてるわ!」


「ああ、壊れてるでいいよ。お前にどう思われたって気にならないからな。ところで、バイトの件はどうなった?悟から何も聞かされてないんだよ。せっつくのも悪いしな」


「バイトは日曜日からやるよ。でも、悟さんちの空き部屋に住む話はダメだった」



 正直、ガックリ来る返答だった。だから悟は報告して来なかったのか。考えてみれば当然だよな。住所不定の未成年女だし、バイトで使ってもらえるだけでも感謝しなくちゃいけないんだろう。



「ねえ洸、私どうしよう?夜はキャバレーでも行こうか?若いってだけで使ってもらえると思うから」


「それだけは止めてくれ!俺が園長先生に怒られちまうよ」


「何で洸って園長先生の言うことだけは聞くの?そこだけは昔から不思議だった」


「あの人がいなかったら、多分俺は死んでたよ。自殺って線も含めてね。本当はもっと立派な人間になれればいいんだけど、ギリギリ裏切ってないと思ってる。典子のことだって、先生に心配掛けたくないからって理由も有るんだぞ」


「ふーん、よくわかんないけど、とにかく洸は私を守ってくれるんだね。しかし、いいこと聞いたな。これでもう少し強気に出れるってもんよ」


 俺が苦い顔を見せても牝猫は全く意に介さないので、気を取り直してコンビニへ行くことにした。



「おい、買い物に行くぞ。俺のビールを勝手に飲み干しやがって。コンビニデザートくらい買ってやるから連いて来いよ」


「わーあ、嬉しいィ!洸から誘ってくれるのって絶対稀なことだもんね。ねえ私、お化粧しなくちゃいけないかな?」


「そのままでいいよ。直ぐに帰って来るんだし。言っとくけど、俺は悟程気前良くないからな。メチャクチャかごに放り込むんじゃねえぞ」


「うん、わかった。私、一緒に歩けるだけで嬉しいんだ。洸って絶対カッコイイって思われてるもん。彼女みたいに振る舞っちゃおうっと」


「安心しろ。バカ兄妹にしか思われないから。さあ行こうぜ」


 典子の手を引いて駐車場に降り立ったら、6月にしては珍しく澄んだ星空が広がっていた。




 コンビニで缶ビールの六本パックを二つかごに入れた。節約して発泡酒にしようかとも思ったけど、あまり味に馴染めないのでいつものラガービールにした。


 牝猫にはプリンとレアチーズケーキを買ってやった。出来るだけ日付の新しい物を選べと教えてやった。



 帰り道、ためらいを見せながら典子が白状した。


「洸、ゴメン。実はあなたの入浴中に菜緒子さんから電話が有ったの。ケイタイに表示されてたから私が出ちゃった。当分二人で暮らすから邪魔しないでとも言っちゃったの」


「アッチャー!ホントに典子はどうしようもねえクソビッチだ!」


 さすがに頭に来たので脇道に車を停め「ここで降りろ!」と脅してやった。直ぐに菜緒子に電話したけど応答してくれなかった。


 典子が「ゴメンなさい」と言って泣き出したので、苦い気分のまま引き寄せ頭を撫でてやった。明日、菜緒子に問い詰められるのは確実だ。頭痛に襲われた。



 部屋に戻って憂鬱な気分のまま缶ビールのプルトップを開けた。典子がチャッカリとグラスを持参して隣に正座しやがるので、「未成年のアル中女!」と吐き捨ててビールを注いでやった。




 翌日、昼休みになると同時に菜緒子からメールが来た。「終業後、いつもの場所で待ってます」とだけ記されていた。「わかりました」とだけ返信する。



 給食弁当の昼食を終え悟と検査室に行った。何から話せばいいのか少し迷った。


「悟、典子のバイトの件だけどありがとう。お前がいなかったら何ともならなかっただろう。本当に感謝してるよ」


「いや、何処も人手不足だし、兄貴も助かるって言ってたよ。それより、空き部屋を使わせるのはダメだって言われちゃってさあ。洸に言いそびれて悪かったよ」


「それはしょうがないと思ってる。普通に考えれば、未成年の女を住まわせるなんて有り得ないことだよな。浅はかな考えを押し付けちゃってこっちこそゴメン」


「洸にそう言ってもらえると少しはホッと出来るよ。まあ、典ちゃんにはボチボチやってもらえばいいからさ。仕事も直ぐに慣れると思うよ」


 さて、そろそろ本題に入るか。


「サンキュ、悟。ところでお前、何で典子とヤらなかったんだ?三日間もチャンスが有ったのにさ」


 一瞬にして悟はうろたえた。弁解の言葉を必死に探しているのがわかる。焦らなくてもいいのに。俺は悟を責める気なんて無いんだからさ。


「黙っててゴメン。三日間も入り浸っちゃったよ。もちろん彼女とシたかったけど、やっぱり無理だとわかったんだ。洸は典ちゃんを妹としか見てないけど、彼女は兄貴と思ってないぞ。だからシなかった。いや、出来なかったんだよ」


 何ともおめでたい奴だぜ。あんなに長い時間を部屋で一緒に過ごしてたんだから、普通は押し倒されたって文句言えないよ。まあ、俺はお前以上に臆病だし、大きなお世話には違いないけど。


「ふーん、まあいいけどさ。とにかく典子にはバイトの穴を開けないように言っとくよ」


 チャイムが鳴り出したので、軽く悟に手を挙げて検査室を出た。


読んで下さりありがとうございます。

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