第5話:失敗からの奇跡
誰にでも気が緩んでしまう瞬間と言うモノがある。
冒険者で例えれば、強力な魔物を撃破した直後や、宝物を発見した瞬間。
一瞬の油断で命を散らす者は巨万と居る。
それはフロストにとっても、例外では無かった。
仕事が終わって帰れる時の気の緩みが、タイムカードの押し忘れや、忘れ物をするのに繋がった事が何度も有る。
今の体に成ってからも、恵まれた身体能力を持っていなかったら、既に何回も死んでいたと思う。
更には安全な街中を歩く時も気を抜けない。
まかり間違って自分の正体がバレてしまったら周囲は大騒ぎになり、その街には当分の間、近付けなくなるだろう。
だが『鉱山都市ミスリル』は彼がやっとの思いで辿り着いた街なので、暫くは此処で活動したいと考えている。
何より迷宮の数が多い上に一人でも徘徊が可能なので、拠点にするのに『マクターオ山脈』は打って付けだった。
先日、女侍を助けた事で少し目立ってしまったが、今後からは自重して、手堅く稼いでゆく算段である。
よって辿り着いた鍛冶屋の中でも、喋れないなら喋れないなりに精神を集中させたフロスト。
上質の武器を扱う店なので訪れている冒険者は多かったが、風が吹き通るように武具が展示されているフロアを歩き抜ける。
そして完成した商品を受け取る訳だが、注文は街で配られていたチラシを渡して頷くダケで済んだ。
だが受け取りは声が出せない為、注文の対応をした職人に気付いて貰うのに時間が掛かったが、直ぐに金を渡して『ミスリル製の剣』を受け取ると、ついでに不用品の処分も済ませ、軽く頭を下げるとカウンターを離れた
「毎度あり~」
剣の値段は二十五万ゴールド。
日本円にして約二百五十万円。
掛かった時間は約五分。
立ち位置が少し悪かったかもしれないが、展示品と一体化する様に佇んでいたので許容範囲だ。
その際、自分の身長を気にしている者は居たが、特に絡まれる事は無かった。
対応してくれた職人は当たりで、無言で傷んだ白銀の剣を差し出したら、それなりの値段で買い取ってくれた。
結果として、遂に量産品の武器を卒業でき、無事に目的を達成したと安心していたのだが……
「あ痛ッ!」
「……!?」
鍛冶屋を出た直後に、フロストは何者かにぶつかってしまった。
普段から人との接触には注意していたが、念願の『ミスリル製の剣』を手に入れた直後が、まさに彼の気が緩んだ決定的瞬間だった。
ぶつかった相手は小柄なのも有ってか尻もちをついていて、目尻から僅かに涙を滲ませている。
その者とは先日も見た盗賊風の少年で、彼は接触するに当たってワザと声を掛けなかった。
何故なら迷宮で声を掛けたら逃げられてしまった為であり、前に立ち塞がったら足を止めてくれると思ったのだが、フロストは背の高さも相まってナミキに気付けなかった。
ナミキとしても気付いて貰えないとは思わず、想像以上の歩く速さに避ける余裕が無かった様だ。
この瞬間にフロストは、自分の迂闊さを激しく悔やんだが、ナミキに嫌悪感を抱く事は無く、腰を落とすと右手を差し伸べる。
喋れない以上、意図しない者との接触は避けたいが、現代で培った常識を持つフロストに、この行動に迷いなど無かった。
(すまない。大丈夫だったか……って喋れれば、どんなに幸せか……)
「あ、有難う御座います……」
対して、とんでもない失敗をしてしまったと思っていたナミキは、フロストの意外な対応に眼を見開く。
てっきり文句を言われるか、無視されるかと考えており、直ぐに自分で立ち上がって改めて謝罪するつもりだった。
だが差し出してくれたからには善意に甘える事にし、ナミキは礼を告げつつフロストの右手を掴むと、容易に体を戻して貰えた。
ガントレットで包まれたその右手は、フロストの身長以上に大きく感じる。
「……あれッ?」
此処でナミキは、周囲の様子がおかしいのに気付いた。
どうしてか周りの者達が、皆足を止めて自分とフロストに注目していたのだ。
確かに人とぶつかってしまいはしたが、少し大袈裟過ぎるのでは無いだろうか。
「おい、あの耳と肌の色……」
「まさか……ダークエルフ?」
「いや、そんな馬鹿な事……」
聞こえてくる会話で、ナミキは直ぐ原因に気付く。
東洋出身のナミキは何とも思わなかったが、ぶつかった影響で晒されたフロストの顔に問題が有った様だ。
白い髪に赤い瞳、褐色の肌に左右に伸びた耳。
どうやらフロストは『ダークエルフ』と言う存在に似ているらしい。
当然、先程の会話はフロストにも聞こえており、彼は右手を自分の耳に添えると心の中で頭を抱える。
(し、しまった~ッ! 遂にやっちまった!!)
戦っていた時でさえ、常に意識を向けていた事により外れなかった魔法のフード。
それが目の前の少年との接触でアッサリと、しかも最悪のタイミングで外れてしまった。
直ぐ違和感に気付いて被り直せば良かったが、それすら忘れる『気の緩み』とは恐ろしいモノである。
幸い視線の数は大して多くは無く、フロストが恐怖の代名詞である『ダークエルフ』だと言うのにも半信半疑な状況だ。
それ以前に、ダークエルフが大陸で大暴れしていたのは千年以上も前。
仮に出現するとしても、最高位の迷宮の『守護者』か『創造主』に成る為、街の者達に実感が湧かないのも無理はなかった。
フロストが最初の村で恐れられたのも、誰にも話し掛けずに何十分も探索に及んでいたのが悪かったのだから。
だとすれば早急に逃げ出して街から去り、自然と忘れて貰うが一番だが、フロストは其処まで考えが及んでおらず立ち尽くしている。
武器を新調して新たな出発と言った直後に、此処までの失敗をしてしまった事が相当ショックだった様だ。
(良く分からないけど、困ってるのかな……?)
一方、ナミキはフロストが恐ろしい男だとは全く思えず、暢気に彼の横顔を見上げていた。
その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでおり、見るからに焦っている様に感じる。
もしかすると彼は本当に『ダークエルフ』なのかもしれないが、逆に今の状況は、少しでも恩を返すチャンスだと思った。
力は人並み以下で魔法の潜在能力も薄いナミキだが、人一倍身軽かつ器用な上、この様な状況でも大胆な行動を起こせる人間だった。
「付いて来て下さい!!」
ナミキはフロストの右手を両手で掴み、そう叫んで注意を向けると、そのまま左手で引っ張って走り出す。
しっかりと人が少ない方向を選んでおり、咄嗟の判断力も優れている模様。
そんなナミキに対して、フロストは不思議と手を振り払う気は起きなかった。
実際には、誰かに手を握られた事すら今日が初めてだったので、改めて握ってみると小さな手だなと現実逃避していた。
「今のウチに隠した方が良いと思いますよ!」
(そ、そうだった……!)
だがナミキの助言でようやく我に返り、フロストは慌てて左手でフードを被り直す。
それでも決して駆け足を止める事は無く、人気が無くなると同時に路地に入って、幾つもの角を曲がるに曲がった末。
一件の宿の前に辿り着いたと思いきや、飛び込む様に中に入り、そのままドタドタと階段を上る。
そして廊下を足早に歩いてゆき、ナミキは息切れしながらも、目的地とされる部屋の扉を開いた。
早急にフロストをかくまえる場所が、自分達が借りている宿の一室しか思い浮かばなかったのだ。
ちなみに、未だにナミキはフロストの右手を掴んだままであり、姉と同じで芯の強い人間の様である。
「うん? 今日は随分と早く……」
先ず部屋に入って飛び込んで来たのは、一人部屋のベッドで眠るリスティエ。
重傷を負ったスギナでは無く、戦っていないリスティエである。
装備と装飾を外した姿で、何故か布団の上からダイレクトに、かつ窓側の方を向いて静かに寝息を立てていた。
また、奥の椅子に座ってナイフ片手に果物の皮をむいていたのはスギナだ。
戦闘の時と違って、長い黒髪を下している。
上着は羽織る様に掛けているので、彼女の素肌と胸に巻いた幅の広いサラシが、こちら側を向いている事により晒されていた。
スギナは直ぐ来客に気付くと視線を起こしたが、見慣れぬ大男の存在を確認すると、瞳を見開いて後の言葉を呑み込む。
そして五秒ほど沈黙してしまうと、素早く身形を整えて再び口を開く。
「ナミキ。その方は、もしかすると……」
「う、うん。この人が姉さんを助けてくれた人だよ」
「やはりか! リスティエから、礼を言う為に彼を探し回っていると聞いたが、まさか此処に連れて来てくれるとは思わなかったぞ」
「姉さん。もう起きても大丈夫なの?」
「リスティエの回復魔法の御蔭で、この通りさ。それよりも、どう言った経緯で?」
「あ、あははは……それには、色々と事情が有って……」
何処から話すべきかと迷っているナミキ。
突然の再会に放心状態のフロスト。
既にナミキの手は離れているが、立ち去るか否かの選択肢すら出てこない状況。
スギナは何時の間にか立ち上がっており、興味津々と言った様子だが、ふと視線を下に移した。
「ちょっと待ってくれ。リスティエッ、起きるんだ」
リスティエの体を、両手で揺さぶるスギナ。
「うぅ~ん……まだ早いですわァ……」
「こらッ。今は寝ている場合じゃ無いぞ?」
「ど、どうして姉さんのベッドに、リスティエさんが寝てるの?」
「私に継続的に魔法を唱えてくれていた疲れでな……余り責めないでやって欲しい」
スギナが気持ち優し目に起こしているのは、治療して貰った恩が有る為のようだ。
反対を押し切って戦い、敗北してしまった末での今なので、仕方ないと言えよう。
フロストもスギナと目が合うと、何となく頷く事にした。
対してリスティエは、覚醒してからフロストの在室に気付くまでに約一分を要したが、その時の彼女はベッドから飛び上がらんばかりの驚きを見せてくれた。
そのリアクションを温かい視線で見守る事、更に一分後。
場は仕切り直しと成り、立ち尽くしているフロストをそのまま、他の三人は立ち位置を変えた。
リーダーとされるリスティエは、先程の錯乱は無かったかの様にフロストの正面に。
スギナはリスティエの右隣、向かって左側に。
フロストを連れて来た張本人のナミキは、リスティエと彼の間から離れて立っている。
「それでは事の発端を教えて貰いましょうか?」
「え~っとですね……」
優雅な佇まいで腕を組むリスティエに言われて、ナミキは彼を発見した後、ぶつかってしまった事を説明する。
だが、直後の展開は何と告げるべきか言葉を選んでいると、フロストは不意にフードを外した。
喋れない以上、この時点で誤魔化す事は不可能なので、目の前の二人もナミキと同じ反応をしてくれる事を期待したのだ。
「まぁ……」
「ふむ……」
フロストの期待を裏切らず、リスティエもスギナも大して驚きはしなかった。
リスティエはフロストと同等の『ダークエルフ』に対する知識を持っているが、やはり実感が湧いて来ない。
彼に仲間を助けられた側なら尚更だろう。
スギナに至っては、ナミキと同様『ダークエルフ』が何かさえ知らないので、フードで素顔を隠す意味すら分からない。
フロストが恐ろしい者かもしれないと言われても、姉弟に手を引かれるまま此処に来た時点で信憑性の無い話だ。
またナミキがフロストをかくまうつもりで連れて来たのは、説明されなくても必然的に理解してしまった。
そんな訳で、リスティエとスギナは互いに頷き合うと、順番に質問をする事にした。
「騎士様は、ダークエルフなのですか?」
リスティエの最初の質問に、フロストは肯定も否定もしない。
過去の記憶が無いので、自分が何者か分からないからだ。
否定するのは簡単だが、本当に『ダークエルフ』だったら必ず後悔するだろう。
「フム……では質問を変えましょう。騎士様は、地上に住む者達を憎んでいるのですか?」
続いての問いに、フロストは無言で首を横に振った。
頭の中の彼は、争いとは極めて縁遠かった日本人。
ライグローク大陸の冒険者達を敵に回す気など毛頭ない。
人間なんて絶対に斬りたくないのだ。
その反応を見て、リスティエは満足したのか一歩後ろに下がる。
「では今、私達に害をなす気は有るのですか?」
スギナの質問にも、フロストは首を横に振る。
心の中では『そんな訳ない』と全力で否定しているが、この期に及んでマイキャラの寡黙さを演じている自分が心憎い。
一応、コレで害が無い事は理解して貰えるだろうが、常に無表情で会話する事を拒んでいれば、直ぐに彼女達も離れてゆくだろう。
そもそも外では『ダークエルフ』の噂で不穏な空気に成っているだろうし、此処に留まって居れば迷惑が掛かってしまう。
よって敵意が無いと分かってか、明らかに場の緊張が解けたのを察したフロストは、そろそろ頭でも下げて帰ろうと考えたが……
「フロストさんは……もしかして、喋れないんですか?」
「……!!」
ナミキの唐突な質問。
ほんの少しの間ながら、彼はフロストに対して一つの疑問を抱いていた。
迷宮で声を掛けようとしたら立ち去ってしまった事。
冒険者ギルドでリスティエが礼を言ったら、怒っている様に見えた事。
自分とぶつかってから今迄、どんな状況でも何一つ言葉を発していない事。
勘がモノを言う盗賊で無くとも容易に浮かんでくる疑問であり、ストレートに回答を求めたのだ。
対してフロストは、無表情ながらも内心では驚愕しつつ、ゆっくりと頷いてしまった。
これ以上はリスティエ達を巻き込めないと思いつつも、何処かで仲間達との冒険を求めていたのかもしれない。
「や、やっぱり……!!」
フロストの肯定に、ナミキも驚きを露にする。
それと同時に彼の今迄の動作は、喋れない事から素顔を見られた時に、ダークエルフだと誤解されない為のモノだったと理解した。
結果的に、自分達が筋を通そうとした行動も、全て彼の首を絞めていたに過ぎなかったのだ。
「だとしたら、わたくしは何て失礼な事をしてしまったのでしょうか……」
リスティエもナミキと同じ結論に至っており、今は先日の行動を眉を落として悔やんでいる。
彼が最も避けようとしていた人との関わりを、自分が強引に行わせてしまったのだから。
スギナとしても、フロストを見たのは今日が初めてだったが、最も彼に負担を掛けてしまったのは自分だと言う自覚が有る。
『守護者』から助けに入る時点で大きな危険が及ぶのに、彼は更なるリスクを伴っていたのだ。
「では、あの時は……ダークエルフと疑われる可能性が高い状況下で、私を助けてくれたのですか……」
スギナの言っている事は最もだ。
誤って素顔を晒していたら、最悪周囲の冒険者達がフロストに襲い掛かっていたかもしれない。
街の酒場では冒険者達が、何時かはダークエルフの首を取る、と当たり前の様に語っているのだから。
その時のフロストは其処まで考えていなかったが、改めて告げられると思い切っていたなと振り返る。
(だけど、あの時に君を見捨てるなんて、俺には出来なかった)
もし素直な気持ちを告げられれば、それだけで可能性が無限に広がる。
しかし各々の言葉を受けても、フロストは悲しいかな、立ち尽くす事しか出来なかった。
それでも今だに此処に留まっているのは、リスティエ達に未練が有るからだろう。
(めっちゃ一緒にパーティー組みてえ……)
所謂、男の性だ。
リスティエは元の世界では考えられない程の長い金髪の美人。
スギナは長い黒髪の美しい女性であり、戦っていた時の勇ましさは魅力的だった。
ナミキも可愛げの有る少年だし、彼の様な者に慕われるのは悪くなさそうである。
フロストには大金を稼ぐと言う目的が有るが、精神的な面での癒しが手に入るならば、多少効率が落ちようとも全然構わない。
自分のハンデを理解する者が傍に居ると言うのは、彼にとって非常に意味のある事なのだ。
そして盾役を担っていた彼にとって、守るべき者が居ると言うのは、この上ないモチベーションと成る。
だが自分で組むのを切り出す手段は皆無なので、可能な限り粘ってみようと考えていると、思ったよりも早く動きが出る。
少し考える素振りを見せていたリスティエが、真面目な表情で、此方に向き直ると口を開いた。
「騎士様……わたくし達と、共に来て下さる気は有りませんか?」
「なっ!?」
「えっ……」
その突然の提案に、スギナとナミキが驚きの声を漏らす。
実は二人とも同じ事を考えていたのだが、恩を受けた側なので、あえて口には出さなかったのに、それがリスティエの口から発せられるとは思わなかった。
対して、フロストは相変わらずノーリアクションだったが、彼の心境は言うまでも無い。
暗くてジメジメした長い道のりを歩きに歩いた末、遂に光が差す場所にまで辿り着いたような気分だった。
さぞかし彼には目の前のリスティエが、まるで神々しさを纏う女神の様に映っただろう。




