第4話:ダークエルフ
――――三日後の朝。
鉱山都市ミスリルの外れに位置する、小さな宿の個室。
大した造りでも無い室内には容赦なく光が差し込み、眠っていた男を強引に覚醒させた。
男は瞼を擦りながらベッドから離れると、木造の床を軋ませつつ歩みを進め、備え付けの小さな鏡を凝視する。
(やっぱり『夢でした』じゃ済まないか……)
鏡に映っている顔は、本来の自分のモノでは無い。
白い髪に赤い瞳、褐色の肌に左右に伸びた耳、そして何気に凛々しい容姿。
どう見ても空想上の種族である『エルフ』だが、実際の彼は現代日本で普通に生活していた会社員だった。
だが気付いた時、何故か見知らぬ森の中で立ち尽くしており、長身に違和感を得て最寄りの泉で確認した所、『今の姿』だったと言う訳だ。
しかも家族や友人ドコロか自分の名前まで思い出せず、会社員だった記憶は有ったが、何処で何の仕事をしていたかは忘れていた。
その他諸々の過去の記憶についても、ゴッソリと抜け落ちてしまっていた。
本名が分からない時点で相当重症だと言えるが、今の姿の『エルフ』には見覚えが有った。
唯一の趣味として楽しんでいた『オンラインRPG』の分身として、自分が作成したキャラと全く同じだったのだ。
アルカディア・オンライン。
自由なキャラメイクを楽しめ、パーティーメンバーを募集してレベルに合ったインスタンス・ダンジョン……
即ち少人数グループ毎に、一時的に生成されるダンジョンに挑むのをメイン・コンテンツとした、良くも悪くもオーソドックスなゲーム。
カテゴリは需要の高さを重視して盾役を選ぶつもりだったので、身長を最も高く設定できる『エルフ』を何となく選択。
キャラの名前も覚えており、『フロスト』と付けていた。
カスタマイズは盾としての力強さが伝わる様に、男性・高身長・筋肉質に設定して、色白がデフォルトの肌も気持ち濃い目に設定。
作成後、暫くして種族が『エルフ』だと盾役が不向きだと知るも、ガチ勢と言う訳では無いので華麗にスルーして続行。
手堅くプレイしていれば、特に問題無く役割をこなせたので気に成らなかった。
そして毎日地道な経験値稼ぎを繰り返し、他のプレイヤーよりも大幅に遅れはしたが、彼は遂にレベルをカンストさせる。
所謂エンド・コンテンツのロックを解除する事が出来たので、明日も楽しみだと意気揚々とログアウトした結果、今に至っていた感じだ。
しかし、そのタイミングの記憶すら曖昧なので、ひょっとしたら眠りから覚めた時かもしれないが、結局は定かでは無い。
(この現実がエンド・コンテンツとか、ホント笑えない冗談だよ……)
自分が直接ゲームの世界に入り、リアルな体験ができる。
オンライン・ゲームの一つの終着点。
現に異様に身体能力が高いし、味覚も痛覚も有った。
まさに夢の様な話を実現させていると言えるが、ログアウト出来ない時点で願い下げであった。
命を落としていたり、失う物が無かったりすれば話は別だが、自分はそうでは無いと信じたい。
だが記憶が無いので、性別すら違っていた可能性も否定できない自分が居る。
(まァ、俺の身体能力がゲームのキャラと全く同じだったから、生きてゆけてるけど……)
『ライグローク大陸』はアルカディア・オンラインと同じで典型的な剣と魔法の世界だったが、文化と魔物以外は全く違った世界だった。
一人で何処を旅しても、見覚えの有る場所は無かったのだ。
幸い言葉は聞き取れるが、文字は日本語が使われておらず全く読めない。
それ以前に貧弱な人間のまま『こちら』に来ていたら、最初に遭遇した魔物に殺されていただろう。
自分の実力が理解できたのは、その魔物を初期装備で容易に倒す事ができたからだ。
ゲームでの『フロスト』はレベル100だったので、フィールドに存在する魔物になら一人で勝てていた。
迷宮の魔物の方が強いとされる『ライグローク大陸』でも、特に苦戦する相手と出会った事は無い。
恐らく迷宮を支配する『創造主』相手でも、高レベルで無ければ容易に倒す事が出来るだろう。
何せエンド・コンテンツを解禁させたと言う事は、実装されていたメイン・ストーリーは全てクリアしてしまっている。
『こちらの世界』とは関係ないので詳細は省くが、既に世界を救った英雄と成っており、『ライグローク大陸』のSランク相当の冒険者なのだ。
だとすれば『創造主』を強く見積もっても、Bランク以下のダンジョンなら一人で制覇できてしまう筈。
また、それだけ規格外の強さを持っていれば、あらゆる方面から勧誘され、ハーレムみたいな展開も容易に味わえるだろう。
非常に充実した異世界での日々。
仲間との絆も深めれば、日本の生活など忘れて『この世界』に永住したく成っても、仕方ないかもしれない。
――――だが、彼は喋る事が出来なかった。
正確には、何か言葉を発しようとすると、頭を中心に空前絶後の激痛が全身を襲う。
見知らぬ地に飛ばされた故に、誰か居ないかと叫ぼうとした時、彼は地面をのたうち回って失神する羽目になった。
仮に叫んだ後に意識を失っていたら、声を聞きつけた魔物に食われていた可能性も有る。
今となっては、それが完全にトラウマと成り、一人の時に喋ろうとする気は失せ、表情も非常に硬くなってしまっていた。
現に鏡に映る自分の顔は、悲しい気持ちに反して無表情である。
更には『喋れない』事が影響してか、アクティブ・スキルが一切使えない最悪な状況。
剣や盾による攻撃スキルは勿論、挑発や防御のスキルもスギナの『居合い斬り』の様に技名を口にしなければ発動しない。
つまり折角のレベル100ながら、本来の実力を殆ど出し切れていないと言う事だが、幸いにも取得するだけで効果が有るパッシブ・スキルは腐らなかった。
レベルカンストの基本能力値に加え、彼の選んだジョブの『スピリチュアル・ナイト』には数多くのパッシブ・スキルが存在した。
一つは剣による攻撃の威力を上げ、一つは盾装備の防御力を上げ、一つは魔法によるダメージを減少させ、一つは攻撃による敵視を上げる。
その他諸々の中でも、特に『残っている魔力の量に比例してステータスがアップする』魔力変換スキルが優秀で、先日『守護者』を一撃で粉砕したのも、このスキルの恩恵を最大限に受けていた。
アクティブ・スキルが何も使えないので常に魔力(MP)が最大値な事から、慣れるまでは力の匙加減に悩まされたモノだ。
体力(HP)の基本値が低い反面、魔力が盾役としては無駄に多い『エルフ』だからこそ、恩恵が高いパッシブ・スキルと言える。
よって喋れないながらも、中堅ダンジョンの『守護者』を容易に倒せる実力が有るので、冒険者として成功するのは難しくない筈だった。
――――彼の容姿が、『ダークエルフ』と間違われなければ。
『ダークエルフ』とは魔法のエキスパートで、『ライグローク大陸』に置いては恐怖の代名詞だ。
理性は殆ど無く生物の全てを恨み、過去には魔王の駒として幾つもの街を単独で滅ぼしている。
まかり間違って迷宮の『創造主』として出現してしまえば、早々と制覇を諦めるパーティーが後を絶たない。
『フロスト』は『ダークエルフ』とは無関係なのだが、手頃なカスタマイズにより肌は『エルフ』では考えられない褐色。
加えて何も喋れないので、言い訳や弁解をする以前に、敵意が無い事すら相手には伝えられない。
最初に辿り着いた村では散々だった。
彼は『ダークエルフ』が恐れられている事を知らなかったので、何も考えずに村を探索した結果。
何時の間にか周囲から人が居なくなっていたが、当然自分の所為だとは気付かないので、魔物の襲撃か何かと勘違い。
よって逃げ遅れたと思われる者を助けようと近付いた際、必死で命乞いをされて初めて原因が自分だと分かった。
同時に、よりによって恐怖の象徴である『ダークエルフ』と酷似したキャラメイクをしてしまった事を悔やんだ。
実際の種族は『エルフ』なのだと、全力で首を横に振って敵意を否定したいが、ゲームと同じ世界では無い時点で、その確証が得られない。
かと言って殺したくも殺されたくも無いので、以降は初期装備の『魔法のフード』を被って目立たない様に過ごす事にした。
当然、大騒ぎになったらしい大陸の東からは全力で離れ、西へ西へと進んでゆき『鉱山都市ミスリル』にへと辿り着いた。
重宝した『魔法のフード』は命名したに過ぎず、実は普通の被り物なのだが、ゲームの時の仕様か、長耳を物理法則を無視して覆い隠してくれた。
それにより、人間以外の種族も多い社会ゆえに、厄介事に首を突っ込まなければ普通に街を見て回る事ができた。
他人の会話や店の商品名をヒントに、何とか自分の名前とランクは書けるようにも成ったので、冒険者ギルドへの『仮登録』も済ませた。
だが会話が出来ない『ダークエルフ』なので、クライアントと話す必要の有る依頼は受けれず、パーティーを組める筈も無く諦めていた。
更には他の文字が書けないので正式な登録を済ませられず、ランクを上げる事すら出来ないが、見た目が『ダークエルフ』な時点で希望を持つのは無意味だろう。
よって彼は今回の『守護者』討伐の時みたく、ギルド員が描いたと思われる下手なイラストと、学習した僅かな文字の知識を元に、掲示板に貼られていた依頼を先に達成させ、事後報告で報酬を直ぐに受け取れる方法を中心に資金を稼いでいた。
コミュニケーション関連の縛りは厳し過ぎると言う次元では無いが、実力だけは飛び抜けているので、金銭面に関しては問題無かった。
殆どの冒険者が手も足も出ない魔物を、スキルも使わず単独で圧倒できる時点で、考えるまでも無く出せる戦果なのだから。
――――そんな『フロスト』の最終目的は、本来の自分が何者かを知る事。
普通なら真っ先に『元の世界』に帰りたいと思うだろう。
だが過去の記憶が無いので、自分が帰るべき故郷が何処かすら分からず、そう言う気持ちには至っていない。
今の姿の『フロスト』についても、ゲームとしてのキャラは理解しているが『喋れない』設定など無かった筈だ。
そうなると『ライグローク大陸』に元から居た『フロスト』が何か問題を抱えており、自分の魂が入った可能性も否定できない。
現代日本で生きていた自分が『この世界』で目を覚ましたのにも、必ず何かしらの理由が有るだろう。
だとすれば『フロスト』が自分に変わる前に何をしていたかを知る必要が有り、今の状況に陥った手掛かりを少しでも手に入れたい。
その為には、とにかく金を稼いで必要なアイテムを入手する必要が有るのだ。
目立てないし喋れないので質素な生活には慣れてしまったが、ボロ宿に泊まる理由の半分は節約の為である。
残りの半分は、まかり間違って『自分の耳』を誰かに見られたら困るからなのは、さて置き。
強力な身体能力ゆえに量産品の武器は直ぐに駄目にしてしまうので、更なる節約の為に此処ミスリルの武器には地名的に期待していた。
(まだまだ先は長い……か。仕方無いよな、三ヵ月しか経ってないし)
『フロスト』は慣れた動作で全身鎧を装着すると、ポーチから取り出した紙幣の束を見て溜息をつく。
始めは溜息でさえ注意しなければ頭痛に襲われたが、順応とは恐ろしいモノだ。
しかし迂闊にくしゃみすら出来ない体なので、常に強張った表情が消える事など無かった。
(これ以上溜まったら、どうするかな……今は預ける所すら無い)
彼の持っている紙幣の束は、ざっと百枚を超えている。
一枚一万ゴールド、一ゴールド約十円なので、一千万円以上の価値の金を手にしている事になる。
精巧に作られたそれは、持ち歩き易さを重視して欲しいと言う、冒険者達のニーズに王国側が応えた結果だった。
だが『フロスト』の目標金額は安く見積もっても一千万ゴールドを越える。
全ての荷物を持って各地を転々としている彼にとって、所持金が嵩むのは厄介なのだ。
そんな『フロスト』が手に入れたいのは、どんな呪いでも解けると言う薬や、自分の姿を一時的に変えれると言う杖などの魔法アイテム。
大きな街の店に行けば、高ランク冒険者が迷宮で手に入れて来た高額の商品がゴロゴロ並んでいる。
それらを片っ端から買って使ってみれば、一つくらいは喋る事を可能にしてくれるかもしれない。
コミュニケーションさえ出来れば、敵意の無さを伝えられるし、文字の勉強にも集中できるので、ギルドに本登録が行える。
必然的に自分の記憶を取り戻す手掛かりも探し易くなるだろう。
(まァ今日はミスリル武器の出費が多そうだし、また稼いでから考えるか……)
何はともあれ、前途多難だ。
喋れる様に成るだけで何年か掛かるかもしれないが、このままで済ます気は無い。
自分は必ず記憶を取り戻して……贅沢を言うと、パーティーを組んだり女の子を侍らしたりもしたい。
相変わらずの仏頂面で邪な事を考えつつ、『フロスト』はポーチに金を戻すと、立ち上がってフードを被り部屋を出て行った。
先ずは鍛冶屋で頼んでいたミスリル製の剣を受け取ってから、再びギルドに赴いて稼げそうな依頼を探すのだ。
下準備は此処三日間で済ませて置いたので、後は何時もの様に戦うのを繰り返すのみである。
(それにしても、相変わらずダメだったなァ……)
自然と身に付いた『人避け』を意識しつつ、鍛冶屋への長い道のりを歩む。
そんな最中で、彼は先日の自分の行動を思い返していた。
先ずは『守護者』と戦う侍を助けた事。
近場の割には討伐報酬が高かったので期待していたが、美味い話にはライバルも多かった様で、凄まじい冒険者の数で帰りたくなった。
しかし女侍が戦う様子には興味が有ったので目立たぬ様に見学していたが、殺されそうに成っていたので慌てて助けてしまった。
本当は何もする気が無かったが、誰も助けようとしないので行くしか無かった。
暗黙のルールについては自分も知っていたが、此処まで徹底されているとは予想外。
仮に多くのハンデを抱えてなかったら、もっと早い段階で助けに入っていたに違いない。
『守護者』の撃破後は皮肉にも、暗黙のルールによってか冒険者達に絡まれなかったが、金目の物を吟味していたら声を掛けられてしまった。
まだ幼さの残った、盗賊風の少年だった気がする。
残念ながら聞き流せる類のモノでは無く、明らかに自分と会話したい様子だったので、あの時は逃げるしか無かった。
更には人が居ない時間を狙ってギルドへ報酬を受け取りに行くも、今度は金髪美人に行く手を塞がれてしまう。
何と仲間を助けた礼を言ってくれたのだが、『フロスト』にとっては嬉しい反面、迷惑でもあって複雑な心境だった。
人との触れ合いには飢えているので、彼女のような美人に話し掛けて貰えるのは嬉しいが、何も喋る事が出来ないので受け応えが出来ずに悔しい。
よって、あの時は何でも良いので言葉を発しようと必死に努力していたが、結局は逆に相手を怖がらせてしまったに過ぎなかった。
例え『ダークエルフ』だろうと、喋る事さえできれば幾らでも弁解できると言うのに、結局黙って立ち去るしか無かったのだ。
だが今回は後の祭りとは言え、久し振りのコミュニケーション(無言)で、一つ学習する事が出来た。
次に同じ様な状況に陥った場合は、喋ろうとはせずに行動だけで自分の気持ちを示す。
仮にそれすら駄目だったとしても、また別の手段を考えて次に臨めば良いだろう。
そんなポジティヴな事を無表情で考えつつ、『フロスト』は目的地に向かって歩き続けていた。
(や、やっと見つけたッ! 間違い無い……!!)
一方、今の今まで『フロスト』の姿を探し続けていた人物が居た。
礼を言いそびれてしまったナミキであり、彼は三日間ミスリル全域を探し回っていた。
些細な過失と受けた恩を忘れない純粋な少年。
誰よりも柔軟な心を持った若き冒険者が、望まずとも確実に、新たな英雄同士を引き合わせていた。




