第3話:鉱山都市ミスリル
広大な面積を誇るライグローク大陸の征服を目論んだ魔王が、勇者達によって倒されて早1000年。
魔王が散り際に残した呪いは未だ大陸を蝕み続けており、魔物や迷宮を絶え間なく生み出している。
それによりライグローク王国は常に冒険者を募り続け、目覚ましい戦果を挙げた英雄には惜しみなく富を与えた。
大成功さえすれば、一生不自由無く暮らせたり、更なる力を求める事が出来たり、街一つを治める事さえ可能な冒険者。
ゆえに夢を求めて新しく冒険者を志す者は後を絶たず、そんな彼らを導く役割を担うのが、大陸各地の街に存在する冒険者ギルドだ。
荷物運搬の護衛や材料の採取を始め、魔物の撃破や掃討など様々な依頼が斡旋される。
その中で、最もハイリスク・ハイリターンなのが迷宮攻略関係全般の依頼だ。
徘徊する魔物の強さは言うまでも無く、最奥部で待ち構える『創造主』は周囲の魔物を活性化させ、仮に地上に現れてしまったら、街一つや二つ簡単に滅ぼしてしまえる強さの個体も多い。
よってライグローク王国は全ての冒険者ギルドに対し、各地で出現し続ける迷宮の『制覇』を成し遂げたパーティーには、多額の報酬を支払う様にと指示している。
だが毎日多くの冒険者が傷付き倒れ、志半ばで命を落としていっており、今日も大陸は生物の血を啜っていた。
ライグローク大陸の最も西側に位置する、ノーバヒラ地方。
領地を左右に分断するかの如く、縦に連なっている『マクターオ山脈』が最大の特徴である。
別名『ラビリンス・マウンテン』。
出現する迷宮の規模は中堅未満ばかりだが、発生率が他の地域と比べると高い為に付けられた呼称だ。
その為か、やや住みにくい環境ながら、初心者からベテランまで多くの冒険者が活動している。
特に迷宮攻略の初心者は、最初に『ラビリンス・マウンテンで今迄の常識を捨てる事から始めろ』と言われている程である。
そんな『マクターオ山脈』の中央の東側の麓、及び領地の中心部に存在する『鉱山都市ミスリル』。
当初は廃れた村だったが、今や大陸有数の街。
千年以上に渡る資源の採取により、技術が更に発展しない限りは枯れてしまう事が懸念されたが、迷宮の頻出により街は一定以上の繁栄を続けていた。
スギナと『ナイト』が『守護者』と戦っていた場所も、此処ミスリルを拠点にして赴いた迷宮だった。
冒険者ギルド、ミスリル支部。
村や町のギルドだと酒場や宿を兼用している所が多く、辺境の街でも例に漏れないが、『鉱山都市ミスリル』のギルドは周囲の迷宮の多さと深い歴史により、特に兼用している施設は無い様で、建物の造りと広さも大手と言える規模だ。
それに比例してギルド員の人数も非常に多い。
さて置き、時刻は21時半頃。
例の『守護者』が倒された翌日の夜。
朝から昼に掛けては依頼を受けに来る者達で非常に賑わっているが、ギルドが閉まる22時が近付くと冒険者は殆ど残っていない。
確認できるのはテーブルを囲んでミーティングをしている四人パーティーと、受付に依頼結果を報告しているらしき三人組。
そして入り口の方を気にしている二人組、ナミキとリスティエのみであった。
「リスティエさん。あの人は、来るんでしょうか?」
「分かりません。でも、流石に報酬を受け取らないと言う事は無いでしょう」
「受付の人に話を聞いたら、まだ誰にも支払ってないみたいですしね」
「それが今日だと有り難かったのですけれど……」
彼らは昨日、迷宮から脱出すると、洞窟の入り口辺りで野宿をして一夜を明かした。
次に翌日の朝、意識を取り戻したスギナが自分で歩く事を選んだので、足場によっては手を貸しつつ歩き続けた末。
比較的近い迷宮を選んでいた事が幸いし、夕方辺りに街に戻って来れると、宿に直行して疲労困憊のスギナを休ませた後、足が棒に成りながらもギルドに赴き、今の時間まで『ナイト』が現れるのを待ち続けていた。
何故なら『守護者』からスギナを救ってくれた礼を言いたかったからであり、ナミキの強い希望をリスティエが聞き入れた形になる。
だが22時近くになっても『ナイト』が訪れないので、二人は揃って眉を落としており覇気もない。
今後の方針を決める為にはスギナの回復を持たねば成らないので時間は有るが、移動での疲労や刀が折れる等の赤字の影響が強そうだ。
姿としても黒のマントで身を包むナミキはまだマシに見えるが、リスティエの長い金髪の乱れと汚れた服装は非常に目立つ。
「ハァ。やっぱり日を改めるべきですかね」
「そうですね。残念ですが今日は……!?」
そんな諦めムードの中、唐突に『ナイト』は静かに扉を開いて現れた。
迷宮で見た時と同じで、フードで顔を覆い隠し、全身鎧を身に着けた姿のままである。
彼は報酬を受け取って帰るらしい三人組みと擦れ違いつつ、ギルドの掲示板の方へと歩みを進めると、『守護者』討伐の依頼が書かれた張り紙を剥がしてから、それをカウンターにまで持って行った。
ナミキとリスティエが予想した通り、迷宮での報酬を受け取りに来たのだろう。
「依頼を確認致します……ノーバヒラ地方、第18迷宮の『守護者』の撃破ですね」
笑顔で接する女性のギルド員に対し、『ナイト』はコクリと頷く。
「それでは戦果を証明できる物を提示して下さい」
『ナイト』は言われた通り、ポーチから『守護者』のコアを取り出すと、ギルド員に手渡した。
「第18迷宮の1体目の『守護者』はアイアン・ゴーレム。そのコアで間違い無さそうですね。撃破おめでとう御座います!」
依頼の達成を称えるギルド員に対し、『ナイト』は何も反応を示さずに立ち尽くしている。
「そ、それではコアの方は状態が良いので、相場で買い取らせて頂きますが、宜しいしょうか? 他に買い取り手が居られるなら、無理にとは申しません」
直ぐに買い手の付く収集品には、予めギルド全体で買取価格が定められている。
それを配慮したギルド員の提案に『ナイト』は再び頷くと、慣れた手付きで数えられた、紙幣による追加報酬を受け取り、差し出された書類にサインをすると速やかに出口を目指した。
ちなみに彼の受け取った報酬は、慎まやかに暮らせば半年は生活できる額である。
「またの御越しをお待ちしています!」
彼の背中を見送るギルド員の笑顔は、少し引き攣っている。
酔っ払いや荒くれ者の対応は日常茶飯事だが、終始無言の冒険者の対応は珍しいらしい。
長身による威圧感に加え、フードと前髪によって表情すら分からなければ尚更だろう。
「お待ち下さい。騎士様」
「……!!」
だが『ナイト』の行く手を遮る者が現れた。
金髪美女の剣士リスティエである。
一応、彼女がリーダーだった様で、ナミキは少し距離を置いて控えている。
対して昨日の様に、唐突に声を掛けられた『ナイト』は少しだけ肩を揺らした。
「わたくしはリスティエと申します。昨日の事で、是非とも御礼を申し上げて置きたいと思いまして……」
(リスティエさん、流石に苗字は名乗らないか……)
笑顔で告げるリスティエの美しさは、長旅による薄汚れた姿ながらも損なわれてはいない。
むしろ冒険者さながらの魅力を感じると言える。
対する『ナイト』は相変わらず無反応だったりするが、リスティエは内心不安を感じながらもペコりと深く頭を下げた。
「わたくし達の仲間を、『守護者』から救って頂き、本当に有難う御座いましたッ」
特に謝礼金などは用意していない。
極度の疲労によって、そこまで気が回っていなかった。
とにかく礼を告げなければ、ナミキとリスティエの気が済まなかったに過ぎない。
互いに、仮に要求されたら用意する性格だとは言って置こう。
(次は、騎士様にナミキを――――)
頭を上げたリスティエは、続いて『ナイト』にナミキを紹介しようと考えた。
だが『ナイト』の反応を見て、表情が一瞬で凍り付いた。
何とナイトは右の拳を握りしめ、歯をギリギリと食いしばり、肩を小刻みに震わせていたのだ。
誰がどう見ても『怒り』を抑えている状況であり、自分を見下ろす『赤い瞳』から、凄まじい殺気を感じる。
「ひいぃッ!」
助けて貰った立場上、失礼の無い様に心掛けていたつもりだった。
それなのに『ナイト』は何故か激怒。
まるで訳が分からず、恐怖でペタンと座り込んでしまうリスティエ。
彼女のメンタルの弱さが懸念されるが、疲労の蓄積が強く影響していると言える。
だが座り込んだ事で状況が好転する訳では無く、リスティエは『ナイト』を涙目で見上げるしか無かったが……
「あ、あのッ」
ナミキの右手が、再び空しく伸ばされる。
結局『ナイト』は一言も発する事なく、リスティエの横を早足で通り抜けると、冒険者ギルドを出て行ってしまった。
その場には失禁寸前だったリスティエと、傍で立ち尽くすナミキが残された。
「大丈夫~? お姉さん」
「貴女は……?」
「アタシはブラウって言うの。それよりも立てる?」
「す、すみません」
何が『ナイト』の癪に障ってしまったのか、そのままの体勢で考えていたナミキとリスティエ。
そんな二人の側に、先程までミーティングをしていた四人パーティーの一人である、『獣族』の女性ブラウが声を掛けながら近付いて来た。
リスティエは彼女から差し出された手を掴み、ヨロヨロと立ち上がる。
視線を移すと赤い髪の戦士アディス・眼鏡の聖職者エリードの姿も有る。
彼らは第18迷宮を攻略中の筈だったが、Bランク以上の冒険者にも成ると、コストの高いアイテムを活かして手軽に街を行き来する事も可能なので、『ナイト』が気に成っていた彼らもギルドを訪れていたのだ。
ややランクが下がるライバル・パーティーは迷宮内で野宿をしているかもしれないが、そんな下積み時代を乗り越えてこそアディス達の今が在る。
しかし彼らでさえAランクの道は険しいので、強化無しで圧倒的なパワーを持つ『ナイト』に興味が湧いたのは必然だったかもしれない。
彼に関しての有用な情報が手に入るならば、例え今回の帰還が響いて迷宮制覇の先を越されてしまっても後悔は無いだろう。
それよりも問題なのは『ナイト』の無口っぷりであり、話を聞くのは下手な依頼よりも難しそうだ。
彼が格上の冒険者だったとしたら尚更であり、アディスとエリードは互いに首を傾げて言う。
「随分と愛想の無い奴だったな」
「交流は難しいかもしれませんね」
「ひょっとしたら、人間じゃ無いのかもな」
「有り得ますね」
「それなら、他の種族を嫌ってたら詰み……か」
「これも神の試練でしょう」
此処には人間と獣族しか居ないが、この世界にはエルフとドワーフを始め、『魔族』や『龍族』等の亜人種も存在する。
国の法律で彼らを蔑む事は全面的に禁じられており、長い年月によって種族同士の蟠りも減っている。
冒険者視点としても、肉体のポテンシャルの高さから、駆け出しであろうとスカウトする大手のパーティーも多い。
だが他種族との関わりを避ける者も少なからず居り、『ナイト』がそれに該当する可能性が高いのだ。
「サムライのお姉さんの容態は大丈夫なの?」
「問題無さそうです。お気遣い感謝します」
目の前の人間と話す『獣族』の様に、人懐っこい種族だったら容易に話せたかもしれないが……
「兄貴ッ!」
「どうした? フィドル。まだナンパか?」
「違いますよ! コレを見て下さいって!」
アディスの思考を、仲間の魔術師が遮る。
彼は何時の間にかカウンターの方に居て、ギルド員に閲覧可能な1枚の書類を見せて貰っていた。
それは本日此処を利用した者の簡易リストであり、ギルド員の手により上から箇条書きで時間・名前・ランクが記されている。
他の書類は原則的に見る事が出来ないが、パーティーメンバー同士の行き違いを回避する為に、このリストは常に確認できる。
即ち、直接『ナイト』と話が出来ないのであれば、リストを見る事で名前とランクを確認してしまえば良いのだ。
よって何故かフィドルが慌てているのを気にしつつ、アディスも歩み寄ってリストに目を通すと、衝撃的な事実が飛び込んで来た。
「あの騎士……Eランクだと……!?」
冒険者ランクE。
要は最低ランク。
全ての冒険者達はEランクから始まるのだが、あれ程の実力を持ちながら最低ランクだとは予想外。
「姉ちゃん、書き間違いじゃ無ェんだよな?」
「は、はい。私も驚きましたね……」
まるで意味が分からず、アディスとフィドルは勿論、それを聞いたナミキ達も驚きを隠せない。
『守護者』を一撃で粉砕する強さの冒険者が、此処に居る全員よりもランクが下なのだから。
Eランク冒険者など、本来アディスの様な人間の眼中には無いが、彼の興味を更に引いたのは間違いなかった。
「ハハッ。フロスト……か」
そして今アディスが呟いたのが、無口な『ナイト』の名前だった。
主人公の正体は次で細かく書こうと思います。




