004 妖精姫(義妹)
ベルマン家は先祖に妖精族の女王がいる。妖精は手の平に乗るほどの小人サイズだが女王は人間と同じ大きさだ。どうやって誕生するのかというと成長と共にサイズが大きくなっていくらしい。
しかしその大きくなっていくは妖精にとって不幸である。体が大きくなることで必要となる食料が増え妖精のコミュニティの負担が増える。また大きくなることで外敵に狙われやすくなる。最終的に大きくなった妖精は育ち切る前にコミュニティから追い出されて野垂れ死ぬ事になる。
ご先祖の妖精もこうして追い出された口だった。だが幸運にもベルマン家の初代当主となったご先祖に拾われて一命を取り止めた。当時はまだ国というものがなくいくつかの豪族が覇権を争っていた。ご先祖の住んでいた村は王家の先祖が率いる豪族に吸収された。その時ご先祖は保護した妖精の分の食い扶持を稼ぐために兵として志願した。その事を知った妖精はご先祖に『小さな妖精の加護』をかけたという。この加護のおかげでご先祖は戦場で大活躍して当時の長の息子で後の建国王となるベア1世の側近に取り立てられた。
それからベア1世の元で働きながら自分も勉学に励みベア1世が長になる頃には彼の右腕になっていた。その後、ご先祖はサイズが人間の大きさになった妖精と結婚してベルマン家を作り、今の繁栄につながっている。ここまでの話は割と有名で絵本や恋愛小説の題材にもなっている。
しかし有名と言う事は自分も同じ事をしようと考える者も出てくる。心無い人間や隣国の密偵が妖精を狙って森を荒らした。同時のベルマン家の当主はその事を知って怒り王様にお願いして妖精の住む森とその周辺をベルマン家の飛び地にしてしてもらい妖精族の保護に努めた。そして体が大きくなって追い出された妖精(便宜上『姫妖精』と呼んでいる)が現れた場合ベルマン家の養女として迎えることになっている。ちなみに妖精族は男性と女性がいるが、体が大きくなるのは女性の妖精しか確認されていない。
その姫妖精が見つかったという報告が届いたのは僕が『ベルマンビーム』を教わった数日後の事だった。
「という訳でアレク、お前に妹が出来る事になった」
知らせを受けた父上がそう僕に説明した。妹か、王都に父上の第2夫人がいてそちらとの間に弟がいたけど有った事も無いから実質僕は1人っ子として育ってきた。前世でも1人っ子だったから兄弟との接し方は良く分からない。
「私はこれから姫妖精を迎えに行く。いい子にして待っているのだぞ」
「その事ですが、父上僕も一緒に行ってもいいですか?」
家族になるのなら一緒に迎えに行きたいし、ベルマン家の本家が有るベルマンの街の外に出るいい機会だ。
「そうだな、ディアナも連れて3人で旅行も悪くないな」
ディアナというのは僕を生んでくれた母親の名前だ。月の女神の名前と同じだで出身は隣国の月の国らしい。仲が悪いはずの隣国の女性とどうやって知り合い、結婚したのか。興味はあるのだけれども両親は笑って教えてくれない。因みに外面がよく他人には完璧な淑女を演じて見せるが身内と認めた相手には爆笑…もとい笑い顔を見せる2面性を持っている。
ベルマン家の当主家族がそろって移動と言う事で大所帯で僕達はベルマンを出た。そして思った。領地間の落差が激しいと。
例えば街道。ベルマン領の街道を進んでいる時はよかった。しかし他所の領地に入ると街道の幅が違っていたり荒れていたりする。街道の整備は治めている貴族の管轄なのだが領主によって街道の差が激しい。さらに関税も違うので物が同じでも領地が違うと値段も違っていた。特に隣り合っているのにパンの値段が倍くらい違っていたのを見た時、怒りがこみあげてきた。
パンの値段が高くて貧乏暮らしをしている領民がいた。もし隣の領地と同じ値段でパンが売られていたのなら彼らはもっと裕福な暮らしができたであろう。一介の貴族の子供に何ができるのかは分からない。でも何かできることが有るかも知れないとこの時思ったのだった。
ベルマン領の外の事を知っていろいろと考えているといつの間にか目的地である妖精の森の近くの村に着いていた。この村はご先祖の生まれ故郷で小さな田畑のよる農作とベルマン家の援助で成り立っていた。経営は赤字なのだが歴代の当主は誰もこの森を荒らそうとはしない。先祖が妖精族なのだろう、ここに来るとこの森が大切に思えてくるのだ。僕も始めてきたはずなのに何故か懐かしさを感じている。
「はあ、居なくなっただと!」
妖精の森を前にしてその神秘性に心を打たれていると父上の叫び声が聞こえてきた。
「母上、一体どうしたのですか?」
「ああ、アレちゃん。保護していた妖精が居なくなってしまったの」
どうやら僕たちが到着する少し前に保護した妖精が居なくなってしまったようだ。父上は捜索隊を編成して探しに行ってしまった。ただ抜け出していなくなったのならとにかく、誘拐されたのなら一大事だ。父上たちは誘拐を懸念して捜索を始めている。大きくなったとはいえ妖精は小さいのだ。隠し場所はいくらでもある。
アニメやラノベに出てくる妖精の姿を思い出してそう思うと、ふと思いついた事が有った。そこで近くにいた村人を捕まえて聞いてみた。
「食料庫に案内してくれないか」
と。そして予想通り妖精はいた。食料を食い散らかして。アニメやラノベに出てくる妖精は食い意地が張っていたからもしやと思っていたら、やっぱり食い意地が張っていたのだった。体の大きさは子供が抱きしめられるくらいの人形の大きさで見た目の年齢は5歳くらいだろうか。背中には透明な虫のような羽がついていて頭には触覚が生えていた。
倉庫の真ん中で食料を食い散らかしていた妖精は僕と目が合うと目からビームを撃ってきた。魔力の差から直撃しても平気だけれども一応防いでおこう。
「サークルシールド」
『サークルシールド』は盾の魔法陣を出す魔法だ。この世界では魔法文字と呼ばれるものが存在して魔法陣に組み込んンで魔法の威力を増強する。また魔法文字を直接道具に彫り込んで様々な効果を与えたりもする。この2つの存在を知った時ふと思ったのだ。魔力で空中に文字を書けるのなら魔力で空中に魔法陣や魔法文字を書けないのかと。
そして研究の結果空中に魔力で魔法陣を作る事に成功した。そこから『空中に決められた魔法陣を出現させる魔法』を僕は開発した。内緒にしていたけれども父上の懸念通り僕は独学で魔法にたどり着いていたのだ。
その盾の魔法陣でビームを防がれた妖精は侵入口であろう通気口から逃げようとした。ここで『ベルマンビーム』を撃って牽制すると怖がられるのでここは逃がして出口に先回りすることにした。
外に回ると食べ過ぎて大きくなった妖精が出口ではまって動けなくなっていた。
「やれやれ、助けてあげるから大人しくしていなさい」
僕がそう言うと妖精はびっくりして大人しくなった。僕は妖精の周りを調べると、無理やり引っこ抜くのは危険と考えて壁に『柔軟』の魔法文字を魔力で書き込んだ。魔力で書かれた文字は時間経過で消滅して効果を失う。しかし簡単に効果を付与できるうえに消そうと思えば簡単に消せる。使いどころを考えれば便利な技術だ。
「ありがとう」
はまってしまった壁が柔らかくなったので妖精は自力で抜け出した。そしてお礼を言うと不思議そうに僕の周りを飛び回り最後にスンスンと匂いを嗅いできた。
「仲間?」
どうやら縛の中に流れる妖精族の血に気づいたようだ。
「そうだね。『同じ』じゃないけど『仲間』だよ」
僕がそう言うと妖精は嬉しそうに僕の周りを飛び回った。
「大きい仲間、嬉しい。1人、嫌」
「僕も嬉しいよ。今日から君は僕の妹だ」
「妹?家族!」
どうやら信用してくれたようである。今まで張りつめていたのが解けたようだ。
「疲れた、眠い」
妖精は緊張が解けたのかそう言ってふらふらした。落ちると危ないので両手で抱き寄せると妖精は嬉しそうに笑った。
「えへへ、抱っこ」
そうか、体が大きくなったから抱きしめて貰えなくなったのか。まだ幼い子供なんだ、ずっと甘えたかったのだろう。
「ゆっくりお休み」
僕がそう言うと妖精は静かに寝息を立てた。さて、妖精は無事に保護できたし父上に知らせないと。そう思って踵を返すと案内していた村人が驚いた顔をして立っていた。
「坊ちゃま、妖精の言葉を話せたんですね」
妖精の言葉?そう言えば妖精はこの国の言葉とは違う言葉を話すと本に書いてあった。女神さまから与えられた言語チートのおかげで普通に話せたのか。
「先祖返りだから分かるのだよ」
とりあえずそう言ってごまかしておこう。
「そうですか。村も者は誰も妖精の言葉が分からなかったものですので」
「誰も分からなかっただと!」
僕がそう言ったので村人が怯えたけれども無視した。この子は自分よりも大きな存在に捕まって言葉が分からないまま閉じ込められていたのか。だからこんなにも簡単に僕に懐いたのか。ずっと怖い思いをしてろくに眠れなかったのだろう。可哀想に…
安心して眠る妖精を見て、これからは僕が守っていこうと決意したのだった。