奥様応援
入団して初めての全国シリーズを経験する。
「ふん」
ま、どーって事はない。俺達も、向こうも、リーグを制覇した。そんだけ。
リーグ成績は関係ない。先に4つ勝ったチームが優勝なんだ。そう阪東が言っていたように結果を出せばいい。
「スーツ姿が似合わないわねー。あいっかわらず」
「五月蝿い。俺も知ってる」
巨漢である河合にとって、スーツ姿は違和感でしかなかった。鍛え上げられた肉体が、スーツという屋内向きのファッションを崩してしまう。
「ふふっ、だから早く。あなたのユニフォーム姿が見たいわ」
「洗濯に……刺繍までしてくれたのか……」
「当然でしょ!あなたの妻なんですから!2児の母でもありますし!」
家でこうして気軽に話す人。それが河合の嫁さん。
地元の漁師でもあり、マグロの一本釣りをやったり、河合と同じく豪快な姐さん気質な人物だ。稀に本拠地では河合を応援しに来ており、シールバックの応援旗を振り回していたりするなど。河合と気が合うのも納得がいく破天荒かつ、暴れん坊な奥様。
家での河合はわりと大人しい。
「お弁当!」
メチャクチャな量のお弁当を作ることとしても有名。しかも、一流コックを唸らせるほどの腕だ。主婦としての能力は抜群に高い。
旨いからこそ、全部食えることができると河合も言っている。
「全部応援するんだから、優勝しなさい!」
「言われるまでもねぇ」
「パパ、頑張ってーー!」
「任せておけ。特大ホームランを打ってくる」
こうして、河合正幸は敵地へと乗り込んでいく。
「あ、あなたー!」
「っ!……な、なんだい?」
一方で新藤は家で嫌な予感がした。
「その……。私、手作りの弁当をお作りしました」
「そ、そうなんだ」
新藤の奥さんは……料理が下手である。だからどうしても、受け取ったお弁当に嫌な予感がしてしまった。
とっても可愛いじゃん、って、結婚する前ではきっと許して思う。でも、ダメだ。飯がまずいって本当にきついぞ!!生きる気力が奪われる!!焦げて固い肉と、生っぽい魚を食べた時、命を無駄にしてすまないという気持ちが沸きあがってくる。
「か、河合さんの奥様に弟子入りして……まだ小さめです」
「ち、ち、小さめ!?これが?えっ?」
小さめですと言われて……なんで重箱みたいな物が出てくるのだろうか?
河合の奥さんって河合と同じく自分の感覚で生きているから、教えるのが極めて下手、あるいは苦手なんだよな。
新藤は恐る恐る重箱の蓋を開けた。この中身が全部、いつも通りの冷凍食品の塊だとしたら平和だった。
「…………これは」
「はい」
海鮮炒飯です。
「いけるの?全部、手作りみたいだけど」
「鮭はちゃんと焼きました。ワカメも質の良い物をもらい、イクラはトッピング、醤油と塩も……その、全部。河合さんから頂いた物です。あとレシピも」
だからって重箱一杯に海鮮炒飯はないでしょ。
河合の家じゃないんだけど。ここは新藤の家です!あいつ、食いすぎだろ!
新藤は震える手でスプーンを握って一口頂いた。
「………」
「ど、どうですか?」
「!お、美味しい。(不味いと思って少し飲み込んだのを後悔した)」
「ほ、本当ですか!?」
「いけるよ。こんなに食えるか分からないけど」
初めて夫に料理が美味しいと言われる至福。練習してようやく達した一般レベル。……にしても、高級そうな食材を使ってようやく並の味が出るのだから、相変わらず料理がダメな人だ。
とはいえ、新藤は嫁のその可愛い笑顔に癒されながら、少し早い昼食を頂いていた。
「では、毎日海鮮炒飯をお作りいたしますね!」
「その。レパートリーを増やしてくれないか?さすがに飽きるよ」
こうして、新藤暁も敵地へと乗り込んでいく。
一方で空港で家族を待っている男。
「……!こっちだー!」
「Oh、RANDEL!」
嵐出琉は全国シリーズ行きを決めた事を奥さんに報告。奥さんもまた、この時期に仕事をいれずに来日する予定だったそうだ。
「本当だったら日本旅行でしたが。あなたの勇姿を見られるなら最高の旅ですわ」
「それが現実となる旅にするよ。期待してくれ」
まだ子供はいない。昨年は色々とケチがついて、年俸が下がってしまったが。今年はきっと評価してくれるだろう。それが決まったら……。
「オフシーズン、どこに行きたい?」
「そうね。トルコやヨーロッパを観に行きたいかな。あそこはまだ足を踏み入れていないし」
夫婦揃って旅行好き。優勝旅行は行くが、全国シリーズが終わったら残りの年を全部奥さんのために使いたい嵐出琉。夫婦で全世界の国々を周りたい夢があった。
メジャーで活躍する夢を抱いていた選手時代。とはいえ、自分よりも打てて守れる選手を多く見てきた。自分なりに努力し続けて、勝っても来たわけだが。それでもスタメンにはなれない。いくら優秀な選手であっても、結果がなければ金にならない。また、出番なんてこちらよりも少ない。
およそ1シーズンだけ、メジャーの荒波に呑まれながら活躍した。
それで満足してしまったんだろう。選手として、自分はよくやったって今でも満足してしまった。
あとはこの野球選手としての力で生きていく道だけ。金が必要になった時に、シールバックとの契約がやってきた。メジャーでただチャンスを待つよりも、日本に来て、チャンスを掴みたかった。自信もあった。
「ふぅ」
「どしたの?」
「いや。俺の前にいる打者2人ばかりに、目をやらないでくれよ」
嵐出琉クラスの実力者ならば、野球には9人も空きがあると思っている。
シールバックは大砲揃い。その大砲がもっとも活かされるのはやはり、一塁というポジションだろう。
4番でファースト……良い響きだ。打ちそうな感じがする。
自分もメジャーで鍛えてきた打撃を武器にシールバック打線を牽引していきたかったが、まさか異国の人間が自分よりも打てるとは来日当初は思ってもみなかった。奥さんが自分の打撃より、あいつ等に魅了されることとなったら、……いや、なってたまるか。
「行こうか」
ポジションが被らなくてホントに良かった。打撃は奴等の方が上かもしれない。
新藤がセカンドを守れて(かなり守備範囲が狭いが)……河合が捕手を守れていて(キャッチングが下手で一塁コンバート案が消えた)……尾波が外野なり、サードも守れて(足が速く、成長する見込みがあるから)……。友田がやる気なくて(一塁って、毎回守備機会あるから嫌だとのこと)。
やっぱりこう……。打撃ばかりに集中しなくて良かったと思った。一番のウリは打撃なんだけどさ。
メジャーではそれほど目にやってくれなかったが、守備は良かった。足もあった。肩だって強い。そして、打てるんだ。
一塁しかできなくて悪かったが(サードも少しはできるぞ)、その仕事を完璧にこなす。これが俺の野球道。スタメンフル出場が見込める選手こそ、一流だろう。ずっと道を歩み続けてよかった。
「あぁ~、緊張してきたぜー。全国シリーズだぞ」
「つかの間の休暇。厳しいペナントレースを制したというのに、何してんだよ。俺達は……」
まだ若手に入る部類。とはいえ、高卒で入団して6年以上だ。
もうプロの世界を嫌でも長く知っただろう。
「俺、打てるかな~。友田みたいな、無関心だったら緊張なんてしないんだろうけど」
「打たなきゃ仕事にならない奴は大変だな。俺は元から打てねぇから気楽だ」
尾波と旗野上。仲の良い高卒プロ入団組み。意外なことに、同じ若手で本城や地花とはあんまり絡まないのだ。ついでに友田ともだ。
理由としてはやっぱり2人の仲が良すぎるからだろうか。
「緊張するなら練習でもするか?手伝うぞ」
「止めてくれよ~~。ぶっちゃけ、色々と打順を変えられたおかげで、プレッシャーがハンパなかったんだ。休ませてくれ。つーか、ラーメン食べ歩き中じゃねぇか。動ける気がしねぇ」
尾波の年俸は正直少ないと相棒の旗野上は思っている。
シールバックのクリーンナップとは、それだけで凄いことなのだ。
「旗野上。どうしてお前は捕手をやらされたり、ショートやらされたり、セカンドやらされたり、センターやっても、平気でいられるんだ」
「守備固めだからな。いつもボールが来るわけでもねぇし、勝ってる状況が多いから気が楽なんだよ。俺はエラーしなきゃいいだけだし。スタメンでもそー思っている」
「守護神みたいな気持ちか?」
「守護神と守備固めを一緒にすんなよ。俺の方が1000倍、気が楽だ。安藤さん、シーズン終盤はやつれていたし、井梁も心がぎすぎすにやられて、沼田もリリースポイントと腕の振りが少し狂っていた」
「そ、そんなところまで見てたのか。俺、全然分からなかったぞ」
「目につくんだよ。不調気味の選手が心配でね」
捕手としても活躍した旗野上。情報量、観察眼、リード力、キャッチング技術、強肩を含めて、シールバック最高の捕手でもあるが、河合という最高の4番打者を使うためにスーパーサブに回っている。
「ハッキリ言ってな、投手達はお前等のことを相当嫌っているぞ。守備が下手すぎるんだよ」
「うぐっ」
「せめて打たねぇと役に立たないって、神里だけの言葉じゃねぇんだ」
旗野上が捕手としてマスクを被り、なおかつショートなどについても絶大な守備力で投手を助ける選手は、当然投手達からの信頼は厚かった。
「今は付き合ってやる。好きなラーメン食おうぜ。お前がチームのために打撃ができるから、河合や新藤さん、友田、嵐出琉さんがノビノビ打者としてやれたのは事実だろう」
旗野上は基本的に守備固め。試合の後半で出場する選手。一芸に秀でているからこその、スーパーサブなのだ。
勝っている状況でなければ自分の価値は分かってもらえない。尾波にはまだあと7試合はやってもらわなきゃならない。ラーメンぐらいで良いのならいくらでも付き合ってやる。
「そうか。俺がそこまで評価されてるのか」
「当然だ。正直、ラーメンで良いのか?本当によ……」
旨いラーメンだから文句を言い過ぎたら、店側から言われるだろう。ラーメン旨いな。
「RTBオールビー、かなり強いけどよ。俺は4割ぐらいで勝てる相手だと思っている。(俺は打たないから気楽だけど)」
「?じゃあ、厳しいんじゃないか?せめて、五分と言ってくれ」
「アホだな。阪東さんも言っていただろう。7連戦で4回先に勝てば良いんだ。確率が0じゃないし、40%あれば十分俺達が戦える相手だ」
とはいえ、勝つには守りだけじゃダメだ。
どーいう作戦があるか、まだ全容は聞いていない。守りは投手と俺の仕事。
勝つために相手より点を獲らないと話にならない。そのへんの作戦や、情報を提供してくれないものだろうか?
2人で有名なラーメンを食べ歩き、二人も準備万端。
「付き合ってください!!」
「本城くんね」
そして、ペナントレースを優勝で終えて。本城は一世一代の告白をした。今年2回目。
「それでもダメです」
「ええっ!?」
「だって、スタメンになってないじゃない」
「でも、でも……僕が一番今シーズン!レフトを守ったんですよ!僕がスタメンです!スタメンでした!」
好きな定食屋の娘に再度挑戦する本城。
「僕がどんな選手か。分かってもらうための、婚約指輪です!」
「え?勝手に話が進みすぎているような……」
「受け取ってください!」
指輪を購入し、これをなんとか渡す事で自分がどれだけ凄い選手か。言葉要らずに分かってくれるはず。
中にいる小さくも輝く指輪と、直筆のメッセージカード。
『私は億プレイヤーになって、あなたを幸せにします』
「…………」
「ど、どうですか!?絶対!僕は、億プレイヤーになります!出世払いであなたと、け、結婚を前提に付き合いたいです!」
「……えーっと」
「あのお返事を!……返事をすぐに……いや、全国シリーズが終わるまででもいいです!」
少しテレもあった娘さん。しかし、プロ野球選手とあっても、こんな不安定な男とお付き合いするのは家族が許さないだろう。
なんていうか、言い出し辛い。
「と、とりあえず本城さん。あとでご連絡します」
「は、はいっ!」
「この指輪はまだ持っていてください。でも、この手紙はもらいます」
「え?え?そっちで良いの?」
「この直筆契約書、破られたりしたら大変ですからね!」
この時、本城はあのふざけたお店の店員さんをかなり崇めたそうだ。
内容はとても自分を追い込みまくるものだが、この文が彼女の目に止まり、手を動かしてくれた。これは……なんだか好印象!
「今はゆっくり家に戻って休んでください。全国シリーズがあるんでしょう?」
「は、はい。気を遣ってもらって」
「活躍すればきっと、年俸が上がりますよ」
「!!そ、そうですね!絶対に活躍します!レフトにいるので見ていてください!」
「はいはい。期待してますよ。応援も行きますから」
本城は足早に、それも興奮しながら店から去っていた。なんていうか、台風みたいな人だと思う。家族にも良い報告をしたいものだ。うんきっと、こーゆう付き合いはきっと許してくれると思うんだけど……結婚まで行くとねぇ。
「姉ちゃーん。なんか店が騒がしかったなー」
「あら、当麻。ゆっくり寝てるんじゃなかったの?2階で休んでいて良かったのよ?全国シリーズに出るんでしょう?」
「いや、なんか聞き覚えのある声だったからな。はて、誰だったかな?」
本城はまだ知らない。世界がこんなに狭いだなんて、2人も……娘さん兼お姉さんも思っていないだろう。
「ん?何を持っているんだ姉ちゃん。手紙?」
「ただのメッセージカードよ」
「『私は億プレイヤーになって、あなたを幸せにします』……はぁ~~?誰だよ、こんなことを書く奴。俺と同じプロ野球選手か?なめるなよ、プロをよ」
「当麻もプロ野球選手だもんね。辛さを知っているから気が合うかもね」
「スタメンになるだけでも大変だぞ。俺は投手で入団したのに、今は外野手になって生き残り競争中。そーゆう矜持もなきゃいけねぇ世界なんだ。俺はこーゆう、プロを甘く見てる奴が嫌いだ」
「それはそれで気が合っていると思うわ」
「は?どーゆうことだよ、姉ちゃん」
この定食屋。別に表立って公表することはなかった。なぜなら、彼もまた一軍半の選手。スタメンを獲得したわけではないし、タイトル争いにも縁がない。
まだまだ期待の若手状態。本当に活躍したらその名前を使いたいと思う。
「全国シリーズで活躍したら、ちゃんと報告するわ」
「分かったよ」
本城と共に戦う者同士だから。
……うん、今年のシーズンが終わるまでは言うのは止めよう。応援しているよ、本城君。それと、当麻も。
「あ、あの!」
一方で本城はお礼を言いたくて、指輪を購入したお店へと直行した。
あの店員がまだいるかどうか分からなかったが、ここしか彼女を知らない。僕の事を覚えてくれているか怪しいが、彼女は確かシールバックのファンと言っていた。
「あら、本城さん。どうしたのですか!」
「い、い、一世一代の告白が……う、上手くいったみたいです。そのお礼に来たんです。手ぶらなんですけど」
その人はいた。確かにお店にいたのだが、なんだか様子が変だった。
あれ?どうして、彼女は私服なのだろうか?まぁ、私服も結構可愛いね。
「今、彼とデート中なんです。お買い物です」
「え?そうなんですか。なんだかすみません」
「来年、彼と婚約するんです。それで指輪を買おうって……あ、今。彼氏が来ます。おーい!あなたのお友達ですよー」
「え?」
なんていうか。そうなのかって……。
とても間の悪いときに訪れてしまったと本城は思った。しかし、それはあまりにもタイミングが悪かった。
「話、聞こえたぞ。本城~」
「え?」
「というか、ちょっと前から知っていたんだ。彼女を通して」
………え?
「友田くん」
なんだってーーーー!!?
な、な、な、な、な、なんだってーーー!?
本城、混乱する。しょうがない。
「俺の彼女。いるって知らなかった?本城」
「シールバックのファンですよ。新藤さんが好きなんですけど、あの人は結婚してますし。それに友田くんとは高校時代から付き合いがあるの」
「ちなみにプロ入りを決めた理由は、声掛けたスカウトがたまたま、シールバックの担当だったからだぞ。彼女が好きな球団だから」
「え?……じゃ、じゃあ」
「お前が告白する話も聞いているぞ」
ええええぇぇぇっ!!?ちょ、……ええっ!?なにこいつ!
本気でどうして!?なんで!?いつも僕の邪魔をしているなんて!
「告白、上手くいったんだって?それはとても大変だな。億プレイヤーになれるといいな。させる気にはならんが」
「うぐっ……なってやるさ。スタメン奪取だけじゃない。お前を超えてやるよ」
「凡人は大変だな。ライバル意識がないと活躍もできなくて」
そうだ。高い目標がある。自分より年下で糞生意気でも、野球だけは超天才のこいつを倒さないと億プレイヤーになることよりも、僕の野球人生が否定される。
仲間だけど、……ライバルの1人。最大のライバルと認めている。
「ところでどんな指輪を買ってくれるの?」
「あの4000万ぐらいの指輪でいいんじゃない?綺麗じゃね?安いから大丈夫だぞ。本城の年俸くらいだもん」
「っ……(僕は300万の指輪で満足してしまったのに)」
いきなり勝てなそうなことを言うんじゃない友田ーー!ちくしょーー!
絶対に億プレイヤーになって、友田も羨むほどの豪邸を彼女にプレゼントしてやる!立派な家庭を築いてみせる!!




