不必要人
「減俸」
それは全国シリーズが行われる2日前くらいの話だ。
すでに全国シリーズに出場する選手達は決められていた。
「君には期待していたが、残念だ」
「……今日は、ありがとうございました。布宮社長」
「来年、君と会う時は良い言葉を使いたいものだ。もう下がりなさい」
全国シリーズに出場するメンバーはこちら。
先発投手:
神里、川北、久慈、須見
中継ぎ・抑え投手:
安藤、井梁、沼田、吉沢、ケント、植木、二木
捕手:
河合、栗田、福岡
内野手:
新藤、嵐出琉、旗野上、林、日向、東海林、岡島
外野手:
友田、尾波、本城、木野内、地花、千野、滝
以上、28名の選抜である。
阪東が今シーズンの結果を踏まえての選抜。1軍に居た選手、2軍にも行き来した選手を吟味して選んだ。
先発が4枚。短期決戦を制することができそうなエースはいない。それよりも自慢の中継ぎを厚くすることを決めた阪東。強力オールビー打線を相手に延長の視野はいれていない。その前に勝つ。
打線はペナントレースで活躍した河合と新藤を中心にし、代打陣と代走要員を目的とした編成だった。
そーいったこともあり、この中に選ばれることがなかった選手もいるのだ。
「はぁ~~……2000万円の減俸かー」
昨年、先発の枠を勝ち取った4番手投手、戸田もその1人。
プロ3年目。落差のあるフォークを武器としており、昨年はそこそこの成績を得ていたが、今シーズンは先発で5勝どまり。防御率も散々であり、谷間投手として失格の烙印まで押されてしまった。
途中加入した須見によって居場所を奪われ、来年は一軍にいられるかも怪しい。
今、戸田のように全国シリーズを外された者達は契約更改を行なっていた。全選手が同時にやってくると何かと時間が掛かるからだ。
不必要な選手の年俸を先に削っておく方が、主力選手の要求がのみやすい。良い選手と悪い選手の格差があるからこそ、這い上がる意思と結果を持ってくれば高給取りになれるのは当然だった。
「ん?」
「よー、戸田。お前も今日が契約の日だったか。メンバー落ち同士、減俸されようなー!」
「海槻か」
本社のエレベーター内で出会った、自分と同じく先発投手を務めていた海槻。
今季は戸田よりも勝ち星を重ねた7勝であるが、防御率は自分より酷かった。シールバックというチームは打線が売りなため、先発投手が崩れたとしても勝ち越せているパターンもままある。
「2000万円の減額だった」
「ひぇっ!?2000万って……相当、減らされたな」
「ああ。ショックが大きいよ。税金、どうやって払おうかな?」
「お、俺は500万円の減額で済んだけどな。運良く勝ちやがったなって、布宮社長に嫌味っぽく言われたよ」
シールバックの中継ぎの強さもあって、先発は5回を投げきって勝利投手の権利さえとれば、すんなりと勝ち投手になることがある。
しかし、勝ち投手だけを見てくれる球団ではない。
「!ってことは俺の方が年俸が上になったか。はっはっはっ」
「…………笑っていられるのか?海槻。200万円くらいの差だろ?」
「うっ」
「来年、俺達が1軍にいられるかも怪しいんだぜ」
戸田は今日、大きく年俸を下げられたことよりも来年、自分の居場所があるかが不安でしょうがなかった。
ペナントレースを制したチームにいながら年俸を下げられるということは、チームの役にはたっていないという評価だ。それと問題なのがいくつもあった。
「久慈さんが投手転向になって、須見さんも加入。先発の枠、減っているんだぞ。中継ぎに今更いっても、吉沢さんや植木さん並に安定した投球なんて俺にはできないし」
「うっ……」
「それと話によると、パリッシュとコールドバーク、……あとマルセドさんまで戦力外として扱うみたいだ。きっと来年は弱点である先発を強化するため、外国人投手を獲ってくるんじゃないか?」
「や、止めろーー!」
プロ野球選手になることはとても大変なことであるが、そのプロで活躍するための人数は最低9人いればこと足りるのだ。
ハッキリ言って、戸田や海槻からすればプロ野球選手が多すぎると言えるのだ。競争の激しさはプロになることよりも辛かった。
「今から練習するんじゃなく、本気で監督やコーチに縋ってでも、一軍にいなきゃクビにされちまう。干されたらもう終わりだ」
「辛い話だな」
優勝したチームだからといって、昨年のままというわけじゃない。
外国人選手はその枠の影響もあって、活躍できなければ即クビにされる。布宮社長なんてその典型的な経営者だ。
神里はFAを取得したら、まず間違いなくシールバックを出ていくだろう。また、川北もチームトップの勝ち星を挙げたとはいえ、もう年齢は40に達した。計算できる投手としてはカウントされていないだろう。久慈の場合は投手よりも、尾波級の打撃を持った投手であるため、計算し辛い。
来年の先発陣の強さが未確定であるのは確かだ。
戸田と海槻はなんとしても、来年は一軍にいなきゃ間違いなく、クビにされる。
「ドラフトも外国人も、先発できる投手を選んでいくだろうな」
「ライバルが多いなーー。でも、ドラフトは今年1位のおかげで不利なんだ。良い投手が入ってくるとは思えないな」
「楽観的だな。言っておくが、今年活躍した3人の先発が来年だけでなく、再来年も残ったら俺達はおしまいだ」
「うっ………」
戸田は危機感を煽っていく。
大卒で入団し、3年目。「タイトルの一つにでも名が入らないのか?」と、布宮は自分の実力をえらく過小評価していた。確かに、何もなくて自分の実力が本当に疑わしくなる。勘違いだったかもしれない。
プロの世界は辛い。
「トレードでも志願してもみるか?一緒に他球団にいかないか?」
「はぁっ!?」
「ジョークだよ。……ああ、ジョークだ」
野球が好きだから。
まだ、シールバックの一員だ。神里ほど、このチームを嫌っているわけではない。というか、俺達は選り好みできるだけの力がまだない。だから、強い流れの中で食い下がらなければいけない。そーゆう道に向かって、自分は志望届けを投げ込んだのだ。
「トレードを志願したところで、獲得したい球団なんてあるか?」
「俺は東リーグだけは行きたくねぇな。オールビーなら話は別だけど、あそこは完全に1強じゃないか。かといって、西リーグで投手が困ってるのはダイメトルズか十文字カインくらいか」
自分に目をかけてくれる人はそういない。
なんとか、なんとか……。来年、どこでも良いから懸命に、周りに向けてアピールしなければならない。笑われるくらい、必死にやりたい。
「野球好きだもんな」
「もちろんだろ。好きじゃなきゃ、今もやっているわけねぇ。これだけしかやるわけない」
まだ、戸田と海槻が若いからという理由に過ぎない。
生き残り競争に参加することすらできなくなった者もいた。
「お前は戦力外だ」
「……結構、今年は頑張ったんですが」
「かもしれんな。お前はそう思っているし、お前はそうなのかもしれない。しかし、私をトップとしての言葉だ。お前は要らない……それに変わりはない」
二軍で燻っているベテランは容赦なく切り捨てる布宮社長。来季のドラフトや大型トレード、外国人補強、育成プラン、なによりの経営利益のため。
赤しか見えない選手は捨てていく。
シールバックの便利屋投手、清水の戦力外通告はとても大きなものだった。
「今年トレードで来た須見がお前の穴を埋めてくれた。中継ぎとしては言うまでもなく、吉沢や植木、ケント等がしっかりと仕事をしている」
「1軍で、28登板を評価してくれませんか?イニングだって喰っています。谷間の先発だってやってきたんです」
「君がまだ上がり目のある歳ならば考えただろう。だが、もう30なんだろ?スピードもロクに出せず、生命線はゆっくりなスローカーブだけ。素人の私から見ると、君には華やかさが足りない」
過去の実績をいくらアピールしても、この社長には通じない。
過去は過去だと言い切ってしまう、強くてしっかりとしたフロント側のラスボスだ。
「泥臭い奴は泥みたいな臭いしか発しない。それを金に置き換えるのは大変なんだ。まったくホントに……」
突き落とす言葉だ。ピンチの場面で登板するより、胃がキリキリする。
結果が足りていないからこんなことを平然と言われてしまう。納得したくないが、現実は納得して欲しいと言っているのだ。
しかし、こんなに強く理解を訴えなくて良いだろう。
「分かりました。納得できました」
「……まさかトライアウトを受けるのかね?」
「ええ。私はまだ野球ができると思っています。確かに"素人"の言うとおり、泥臭い投球しかできない。ただ、9回まで投手陣は投げないと試合は終わりません。プロのマウンドに立てる私にも希望があると思いこんでいます」
最後の最後で、清水は布宮を常識的に言い返してみせた。投手として、選手としてまだ終わらないことを誰かに言ってやりたかったのだ。昔から。
キツイ言葉で折れるようでは推薦状なんて作らない。少し惜しいことを布宮は思った。
「そうか。では"素人"の1人が、他球団に推薦でもしておこう。それを信じてくれるかは"素人"だから分からんがな」
トライアウト。
戦力外通告を受けた者達が受けるプロテストのようなものだ。とはいえ、形式上であることが多く。裏でこっそりと契約を確約させてたりもしている。ようは最終確認といったところだ。
獲得する球団にとってはかなり年俸を抑えられて選手を獲得できる場。
「しかし、プロ野球選手を続けるか」
「?」
「一体何年持つんだ?これは嫌味じゃないぞ。素人の目線でも、野球選手に希望が見えんのだ。プロ野球選手という経歴は華やかだが、プロ野球選手ほど稼げる仕事なんてそうはない」
それは新藤とか河合など、スター選手に限りの話だ。
ほとんどの選手は生活するためだけでかなり精一杯なのだ。
「ああ、つまりだ。仕事はプロ野球選手のままで良いのか?」
選手の進退もまた、フロント側が助ける。それも仕事だ。
こーいったところで手腕をみせれば、選手達も後を考えることなくノビノビとやってくれる。
「仰るとおりかと。まだ、30。3年くらいはまだプロ野球選手として、フラフラさせて欲しい。それぐらいならまだ許せる段階でしょう?」
「遊び人のような言葉だな。よかろう。私が、シールバックがまだ、君が野球を辞めるその時まであるのなら、困ったら尋ねてくるといい。番号はそっちで控えておいてくれよ」
どんな大選手だって引退するのだ。
その時。当たり前だけど、何もない。頼ったとき、手を差し伸べてやるのもバックに付いている企業の勤め。
後ろを助けることで企業のイメージも良くなるというもの。良い人材をより確保するためのバックアップ。
「野球に関わらず、やっぱり認められた人は良い人材だ」
正直、実績がたとえ低くても、彼等に仕事を分け与えるのは簡単だ。
なぜなら仕事の方が人の数よりも多く、質もあるからだ。人を雇わないのは損失にもなる、だから雇わないだけ。5人分の仕事ができる人間を雇えば、4人分の人件費が浮く。
努力してきた人間かどうか、また仕事に対して真っ当に打ち込んでくれるかどうか、歳をとった者を見れば結果だけで簡単に分かる。楽な吟味と審査だ。
できる人間が必ずしも努力しているわけじゃないが、良い人間というのは努力している奴。つまり、仕事に向いている奴。
良い企業に勤めようとする努力は買うが、……勤める先の事まで考えて欲しいと、新入社員達に思う布宮。
仕事ができる人間を当然雇いたいが、それ以前に仕事を継続してくれる人間であって欲しい。一つのことに打ち込んできた人だって、素直に正直にその言葉を吐いて欲しいものだ。
「勝ってくれよな、シールバック」
布宮もまた、利益というものが目当てであるが、勝つために愛でも金でもやってやろうと思っている人間だ。




