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東西護神

球宴、勝敗を委ねられたのは東西の守護神に掛かった。


「う~む」


抑え投手というのは基本的には剛速球投手が望ましいんですよね。なぜかというと、やはり打球を前に飛ばさないことを考えると投手の球速をもって、空振りをとっていくスタイルが一番安全。

そーゆう意味では一番速い球を投げられる井梁が、誰よりも抑え投手に向いているのだ。ノーコンさえなければ……。



「東西を代表する抑えが、どちらも軟投派なんですから」

「………違うな。軟投派の極みにいるのは泉だ。上草はな、本格派の抑え投手だ。確かに球速は150キロも出ないが、最高の抑え投手だ」



田中昌と牧。東西リーグの大エース。

それと対となすように、東西リーグの守護神。


徳島インディーズ、泉蘭。RTBオールビー、上草。


「牧は数多くある変化球を自在に操り、基本となるストレートも最高レベル。一方で田中昌は絶対的な球種を4つ持ち、それを寸分も狂わせず投げ込む。どちらも完成されているが、タイプがまったく違う大エースだ」


とはいえ、大エースがノーコンであるわけがないし。ストレートだけ優れているわけじゃない。変化球だけでもない。全てが優れているからこそ、大エースとしての特徴が現れるのだ。



「泉は稀有な、左のアンダースローかつナックルの使い手。上草は本格派の右のオーバースロー。どちらも共通することは同率ナンバー1と言えるほどの制球力。ストライクゾーンで勝負できる者同士」




先に登場するのは無論、上草。


「あれ?このまま、終わったら僕の出番がないんじゃない?」



スコアボードは7-9。しかも、9回表。肩を作っている泉はとても当たり前のことを思った。



「同点にできないの?僕も最強打線と戦いたいんだけどな」


牧と田中昌が投げ合ったというのに……。

東西守護神対決はどうやらないようだった。このまま、負けている状況で進んで行けば泉の登板はなし。



「あ~~?別にいいじゃねぇか!泉!スライド登板でもいいだろ!」

「荒野さーん。僕、肩作ってるんですよ。なんとか同点にしてくれませんか?」



打順は4番、河合からである。

荒野にも打順が回るわけだが、彼が一発打っても届かない。そもそも、


「上草相手に1打席だけで打てるわけねぇーだろ」


荒野はほぼ諦め状態。7回、8回の好機を活かせなかったのが明らかに痛かった。上草相手から2点。



「4番達が情けねぇーな。仕事しろよー。客が退屈してんだろ」

「今日ノーヒットの小田には言われたくねぇーよ!MVPは渡さねぇぞ!!セナ譲になに言われるかわかんねぇーんだ!!」


とはいえ、徳川には分かっているだろう。自分が一発打っても負けている。河合が塁に出て同点弾を放っても、決定打を誰かに打たれればそいつにMVPを持っていかれる。


「どいつもこいつも勝手ばっかだな。嫌いじゃねぇーけど」



河合も、徳川も、荒野も。実は初対決である。

東リーグの最高投手。田中昌とは違って大エースとして君臨するわけではなく、9回を任される最強の守護神。



「ピッチャー代わりまして、上草」



場内が盛り上がる。最高の投手交代であった。


「おおおおぉぉぉぉっ」

「待ってたぜーーー!!」

「俺はお前を見に来たんだぞーー!上草ーー!」


オールビーが強すぎるため、守護神が登板することは極めて稀である。皐月、富士海などの強力な中継ぎもあって、セーブ機会も極めて少ないし、そもそも登板も少ない守護神。

絶対に投げると知るのは球宴しかないだろう。

9回を待っていたファンは大勢いた。



「1回しか投げないのに…………」

「田中昌。守護神ってのはそーゆうもんだ」


この盛り上がりは自分が牧と投げ合った時ほどである。

向こうは泉がスタンバイしているが、こちらが勝っているため泉が投げることはなかった。


「"上草神薬ゴッドエリクサー"」


彼が投げるときの名称である。

不老不死。無安打無失点にする投球。胃が痛み出す最終回の攻防で、全ての痛みを振り払う薬という異名。絶対的な安心感がある理由だ。

上草の何が凄いか?無論、実績は言うまでもなく。その実力の根本は読むことが不可能な精密機械の投球にある。



「4番、キャッチャー、河合」



河合が初めて体感する投手。



キィィンッ



その初球のストレートを当てる。フルスイングがしにくい内側一杯のストレートをまずは当てた。球速は143キロとプロレベルとしては普通の速度であるが、



「なんだこのストレートは?」



牧、田中昌とは違うストレート。奴等のストレートはガンガン来るのに対し、上草のストレートは投げられてからミットに収まるまでの間がほぼ同速でくる。

初速と終速の差がまったくないストレート。

ずば抜けた速度で放たれるストレートとは違うもの。スピードに反して高回転が掛かったストレートなのだ。

井梁も上草と同類を投げるのだろうが、井梁は初速が速すぎるからバットに当てることは困難。しかも、意識し辛い。泉のキレがあるストレートの方が頭にはしっくり来る。



「!」


2球目から上草の凄さをより知る河合。

それは1球目と2球目で投げるフォームが完全に合さりあっていることだった。

投げられた瞬間。ストレートが来ると、そのフォームからも投げられるボールの速度からいっても、体が反応していた。



「!?」


ゆっくりとそのボールは落下していく。球の回転が今度は少ない。

上草の伝家の宝刀。フォークボールであった。


「ストライク!!」


これが絶妙な落差でギリギリストライクゾーンを掠める。

137キロのフォークボール。ストレートとフォークの見分けが困難なフォームであるだけでなく、そのボールの速度と制球力でさえ、ストレートと変わりないのだ。

投手がしっかりとフォームを固めているのは当然なこと。投げる球種によってフォームに違いが現れることは打たれる原因の一つでもある。また、負担が掛からず、最高のボールを放るためにも、フォームの確認と固定していくことは大切なのだ。



「なんだこいつは?」



西リーグの守護神。泉の持ち球はストレート、スローカーブ、ナックル、チェンジアップと、それなりに多彩である。(牧と比べるとあれだが)

しかし、投げられた瞬間かその手前ですぐに何を投げたかが分かるほどの球速差があったりもする。ナックルにいたっては顕著である。

泉はそれを武器に抑える軟投派の守護神。球速差を武器に打者を翻弄するタイプの投手なのだ。


だが、この上草は違う。



「!」


どっちが来るんだ?



投げられたボールがもう少し打者に来ないと、ストレートかフォークか分からない。フォームからリリースまで、究極に同じにした動作。ただそれだけでこれだけ打てなくなる。

最強のコントロールとは、厳しいコースにボールを投げ込むだけにあらず。

予備動作、フォームの誤差、リリースポイント、変わらないリズム、……それらを通してなおボールを正確に投げ込むことにある。いや、それができるからこそそこまでに達する投球ができるのだろう。



「!」



上草のフォークはただのフォークではない。2球目のフォークは短く落ちるものであり、振ってきた打者からゴロを打たせるもの。3球目のフォークはあろうことか若干、右に曲がりながら落ちるシンカー気味のフォーク。



「ストライク!!バッターアウト!!」



河合が見逃し3球三振。まったく手が出ない。

様々なバリエーションがあるフォークは打者を惑わせ、迷いを生ませる。


上草はフォークしか変化球を投げないが、フォークを何種類か持っている。それが分かるのは投げる上草だけだろう。フォークを待ったとしても、差し込むようにやってくるストレートを打ち上げる。



「くそが!」



徳川はフォークを待っていた。しかし、それは追い込まれたらフォークが来るだろうという、経験的な読みからだ。自分が打つその瞬間まで球種が分からなかった。簡単にストレートを打ち上げて2アウト。



泉とは違う守護神であるが、泉と並ぶ難攻不落。



「いや、それ以上じゃねぇか?」



ラストバッターとなった荒野。

せめての一発を狙うが。読みがまったく効かず、フォークの軌道も速度もコントロールする上草からヒットを放つことすら無理なこと。



「!」



最後は上草の中でもっとも落ちるフォークの前に荒野もまた3球三振に終わってしまう。3人の打者、それも西リーグ最高クラスの4番の3人が何もできずに凡退し、その内2人が3球三振。



恐ろしく速い球は投げないが、異様かつ速いテンポでストライクをとりにいくことで打者の読みをより混乱させる。考える暇を与えないテンポのよさも、上草の武器であろう。

泉とは決定的に違う点を挙げるのなら、打たせて捕るタイプの守護神が泉であるのに対し、たった2球種のみで奪三振の山を築き上げる。極限のコントロールで打者から三振をとっていくタイプの守護神が上草。


「ゲームセット!!」



西リーグ選抜、敗退!全員が本気を出したかは不明なところもあるが、西リーグの選抜が敵わない強豪チーム。それがRTBオールビー。

文字通りかつ結末からいっても、史上最強チーム。



打撃、走塁、守備、投手。野球の全ての要素でトップに君臨しているチームだ。



「プロ以上だ。レベルが違い過ぎる」


たった1チームがこれほどの戦力を保有している。

西リーグの面々が、本当に力の差を思い知ったことだろう。全国シリーズまで9連覇というのも納得がいく強さ。総合力も個人の力も、チームワークも結束されている。



ただ、オールビーも知らない男だけは、徹底的に情報を解析していた。



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