観客接待
5回裏、西リーグは大鳥がマウンドに上がった。
8番の白原から始まるオールビーであった。逆転したとあって、大鳥のピッチングは気合も入っていた。河合とのミスマッチを感じさせていなかった。
「ホモリン!」
ネクストバッターズサークルに入っているホモリンに声を掛ける鈴一。
五十五が自分で取り返したいから、チャンスを作って欲しいと言っていたわけだが……。自分がヒットを打っても後続が続かなければ回せない。最低1人は自分の前で出したかった。
「四球でも良いから塁に出てくれ」
「!う、うっす!」
ホモリンは鈴一の大ファンである。いや、非公式であるが鈴一の嫁とも言われている。鈴一と言葉を交わせるだけで脳内物質が分泌されるほど、ヘブン状態に達する。
8番、白原はスライダーをひっかけて内野フライに打ち取られる。
1アウトで9番、ホモリン。鈴一のご命令を忠実に実行するべく、球宴にあるまじき粘り打ちを披露。しかし、その技術には玄人視聴者は魅了される。
「ボール!フォアボール!」
ホモリンが11球粘って、四球を選んでみせる。
走者を置いて。最強打者の一角、鈴一が打席に入った。その真剣かつ隙を感じさせない視線と構え。最高の打撃フォームと思わせる威圧感。神の領域に達しているほど。
「っ…………」
こんな化け物を相手にしていたのかよ。牧や石田は……。
投げる前から大鳥が一歩退いたのは鈴一のキャリアも含め、その才と努力にある。剥き出しというレベルではなく、神々しく光っている。
自分だって鍛え上げたスライダーがある。この球で鈴一と真向勝負をする。左打者を多く切ってきた、強力なスライダーを決して待っていたわけではなく、鈴一は自然体に打ち返す。
守備も抜群に上手い大鳥が一歩も反応できないほど、鋭く横を通過するライナー性の当たり。
「鈴一、今日2安打!打者のお手本のようなセンター返しでチャンスを広げます!!」
才能も、努力も、超越しきった存在。
それらが行なうのは愚直な基本のみ。しかし、基本を追求したからこそ、それを止めるのは難しい打者。どんなコースも、どんな球種も、不得意としておらず、ストライクゾーンでのヒットはもちろん、ボールゾーンでもヒットを量産している。もっとも三振がとれない打者としても有名。
コンッ
2番、伏世。球宴ながら手堅く送りバントを決める。
なにせこの逆転の機に回る強打者達に観客達、オールビーのファン達は楽しみなのだ。
「3番、サード、流合」
その性格は友田や小田といった天才達に近い性格。
「五十五、お前が決めるんだろ?」
「うん」
「四球じゃー……ださいよな?」
「うん。だが、逆転は俺がする。3アウトもダメ。ファンは流合の四球は見たくないぞ」
「しょうがねぇな。流合流の打撃を披露してやるか」
魔術師のようなバットコントロールを持つ流合。サイコーのファンサービスを魅せる気配。
「良いところは譲ってやる」
ここまでノーヒットである流合であったが、この打席の集中力は一段と増していた。その気になれば牧からも一安打打てたと、ハッタリじゃないことも宣言しただろう。
鈴一と五十五は左打者に対し、流合は右打者。
大鳥のようなサウスポーを極めて得意としているわけではない。左右関係なしに打てる安定感。そのほとんどが感覚でやっているとしか思えない。天性の打撃感覚。
球宴は夢だけどよ。いまいち、俺は燃えてこないんだよな。投手も真向勝負が当たり前って……回が少ないからといって無理はするなよ。
そりゃ野球人気のためにやるのも分かるがよ。俺は勝つために野球をしているんだよ。玄人向けも、一般向けも、するような選手じゃない。
早くペナントレースに戻ってくれねぇかな?
誠意見せて面白いことするか。
カーーーーンッ
流合の打球は、流合がイメージしている打球とほぼ同じである。
バットと一体化しているような見事な打撃センス。弾き飛ばした打球はライナーで、あろうことか大鳥のミットに直撃したのだ。
「ピッチャー強襲!!」
弾かれた打球はサードの手前へ転がる。三塁走者のホモリンは、この打球に走塁を躊躇した。ホームに突っ込んでも刺されてしまう当たり。
「くっ」
守備が上手い大鳥だ。すぐさま弾いた打球を処理し、一度三塁走者を確認する。そして、一塁へ送球。それでも流合は悠々と一塁を踏んでいた。得点圏の状況で、安打を放ちながら得点をとらない。
大鳥が弾くところまでイメージし、悠々と実現させてしまう恐るべきバットコントロール。球界一の打撃、それは本塁打だけとは限らない。
「上手いだろ。鈴一でもできねぇよ」
打点挙げてないけどな。
「逆転は五十五の仕事だろ。あいつの好きな満塁だ」
技術溢れる打撃を魅せる流合に対し、強打の極みに達するパワーを誇るのが五十五。球界きっての怪物の登場。
「4番、レフト、五十五」
球場がこの時、異様な盛り上がりをみせた。満塁という最高得点を叩き出せる機会だからか?
「予告だ」
そう、球宴だからこそエンターテーメントを追求した行為。
やられる側からすれば屈辱。真っ当かつ純粋な怒りが沸いてい来る。
「五十五のホームラン予告だーーー!!」
「盛り上げてくれるぜ、オールビーの四番打者は!!」
「いけーー!一発逆転だーー!」
逆転するには2点あれば十分である。2塁走者が鈴一ならば、よほど速い打球でなければ単打で逆転ができる。
しかし、そんな小細工はしない。五十五にとって、流合も鈴一も。打撃でやっていることは小細工にしか思えないのだ。
「ホームラン以外、興味はない」
打率とは立った打席の中で生まれた安打のことである。それをさらに詮索して生まれた確率。長打率、本塁打率がある。
五十五の長打率は8割。本塁打率、10.00。簡単に言うと、10打席あれば、1本は本塁打になる。また、ほとんどの安打がツーベース以上になる。
積極果敢な打撃意識に加え、走塁意識、守備意識もある。
「身体能力が別の意味で化け物だからな~。あーあー、可哀想によ」
1塁上で、早いとこホームランを決めろっと、アクビをしながら待つ流合。
オールビー屈しの長距離砲であるが、流合よりも足が速く、守備も良く、肩も強い。鈴一がいるせいで目立たないが、身体能力のパワーは相当なもの。
動体視力、想像力、常にMAXのプレーを引き出せる爆発していて安定している精神力。重圧の掛かった場面で最高のプレイを常に可能にする、勝負強さも精神が弱ければできるわけがない。
己が100%の力を発揮することを信条とし、試合時の全力プレイで打線を奮起させ続ける。怪物、怪獣、それらをキッチリと現した選手。
「!……やってしまった」
投手が感じる五十五の威圧感。
精密機械ぶりの大鳥が見せてしまった失投。五十五から逃げ切れないスライダーだった。
豪快なバット投げが、五十五の気持ちを周囲に悟らせないだろう。予告して本当に叩き込むとは恐ろしいほど、メンタルの強さ。練習によって身につく、肉体と技術だけでは現れない一発。
「決めたーーーー!場外!!場外満塁本塁打で一挙逆転!!推定飛距離、160mは超えている!!」
この試合。
徳川、荒野など。本塁打を放ったわけだが……。彼等とは違い過ぎる長打力の差をみせつける五十五。
本当の本塁打とは、コレだ!と訴えるには十分な一撃だ。
「おー、ナイス!さっすがだぜ!」
「…………」
「?どうした、五十五?」
「いや、すまない流合。ホームラン予告からのホームランまでは良かったんだが……。せっかくの球宴なのにホームランボールを観客に渡せない結果にしてしまった」
小さな球場では五十五は頻繁に場外へ打球を運んでいる。とはいえ、ここが凄く狭い球場ではない。基本的に五十五が飛ばしすぎなのだ。
「そんなくだらないこと考えるな!昔それで、40打席0本塁打なんぞくだらない記録出しやがって!」
「いや、それはその……」
「スタジアムに足を運んで来てくれる奴だけがファンか!?球場の外にもファンはいるんだよ!その内、場外にもお前の打球を捕りたい馬鹿が現れるさ!」
「そうか。なるほど、そう切り替えればいいんだな」
試合は再び、オールビーへと流れがいきそうだった。
あれだけボールをカッ飛ばす奴がいれば投手は萎縮するし、守備陣に掛かる重圧もヤバイ。ファンの熱気も増すというもの。一度の最大の得点は4(しかも、前の打者の出塁が前提)であるが、長打というのは何よりも眩い輝きがある。
「無理すんな、新藤。お前には勝てねぇ」
「うん?」
「らしくもなく張り合うな。だせー、センターフライに終わりやがって」
「ふふふふ、いやだって。私だって打者だよ?あんな打球を見たら、戦うのが打者だろ?」
前の回は曽我部のタイムリー後、曽我部の盗塁死で終わっており、新藤からのスタート。河合の言葉通り、新藤はセンターフライに打ち取られる。
「お前はどっちかって言ったら、流合と似てるだろ。右打者同士だからな。五十五と戦うのは俺だ」
華は一発だけだろうか?
まだ五十五が放った特大の満塁弾の行方を捜してだろうし、一体どこに落ちたのか気になっていただろう。
打球の軌跡は重ならなかったが、その飛んでいく速さとノビに弾道。それらは五十五と互角と認めるべきところ。
「ひゅ~……すっげーな。五十五並に飛ばすとは……」
ライト、鈴一が一歩も動かず。ゆっくりと後ろへ振り向いている間。まだ打球は高く上がっていた。
打ち上げられた花火の景色は五十五と、違っていても強烈に残る色であった。
「河合!!場外ソロホームランで追い上げるーー!その飛距離、先ほどの五十五に負けていない!推定飛距離は同じく、160mでしょう!!」
ぶち抜けた長打力の競演。
どちらにも、同じだけの得点を与えてやりたいほどのインパクトであった。
「…………うん。やるなぁ。新田の穴埋めじゃないのか?」
「ふん。アーチストはテメェだけじゃねぇぞ」
長距離砲同士の睨み合い。走りながら河合はレフトの五十五に、五十五もそれを望むようだった。
「なんて奴だ。俺もキングランドさんも、そこまで飛ばせねぇぞ」
五十五と同レベルの長距離砲がいるなんてな。
「カッコイイ場外アーチだな」
「ふん」
「……おい、無視かよ!俺とハイタッチしてもいいんだぜ!一人は寂しいだろ!」
サードを守る流合がお茶目っ気で、河合にハイタッチを要求したがスルーされる。どこか掴めない男だ。
オールビー全体が河合の一発に動揺しただろう。それだけ飛距離とは結果に現れない武器となる。流合がいち早く、メンバーのガス抜きをみせるハイタッチミスに内野陣を落ち着かせた。
「酷くねぇか?せっかく、相手がホームランを祝ってやったのによ!河合、たった1点しかくれないんだぜ!可哀想だからハイタッチだけでもと、気分にさせてやりたかったんだぜ。この俺がよ~~」
「流合さん……」
「確かに1点で済んだな。あれが1点で済んだのは確かだ」
この言葉と間の取り方は絶妙であった。
五十五の満塁弾のおかげで差はまだ安全と言える、2点差。
こっから双方、嵐のような打撃戦が一旦止んだ。下位打線と上位打線の差があると言って良いだろう。
7回を井梁が、剛速球を武器に出塁こそ許すもノーヒットで抑える劇場を展開。
一方でオールビーは皐月が自慢のフォークボールで1安打に抑える快投。
8回も屑川がホームに触れさせず、オールビーの富士海もまたピンチを作っても乗り切ってみせた。打者だけでなく、投手にも怪物がいることは確かだ。