最後迄俺
7回表、1アウト。2対2の同点。
今のところ、今日の得点は全て本塁打によるものだ。
「ピッチャー、ベアストーンに代わりまして皐月。ピッチャー、皐月」
2者連続で本塁打で、ここまで打ちあぐねていたベアストーンを降板させたシールバック。
「仕方ないか」
「何か困ることでも!?同点なんですよ!阪東さん!」
「別に困った顔はしてないぞ。同点になってるんだからよ」
当然の判断なんだがな。一歩先に逃げられたな。
ベアストーンの90球目以降から見せる時折、浮いてくるストレートを捉えて同点にするという作戦だった。ここまでは予定通りだが、走者を置いた状況で降板させられなかったのは痛いな。
2番手に出てくるだろう皐月はフォークボールの投手。走者がいれば、自慢のフォークをある程度封じられる。ここから下位打線になる俺達にとっては逆転の走者を置いていた方が勝ち越しがしやすかった。
だが、流れはある。間違いなく、シールバックに流れはある。
「6番、ライト、尾波」
尾波がいるし、1アウトの状況だ。尾波が出塁さえすれば勝ち越しのチャンスはある。
「尾波!」
「阪東さん。なんですか!?」
7回を任されている第一のセットアッパー、皐月。
150キロ近いストレートと、抜群の落差と球速を誇るフォークを武器とする投手。中継ぎ、抑え投手に向きの奪三振に超特化した投手。
ベアストーンとは対照的なタイプである。
中でも皐月のフォークはストレートとそこまでの球速差がなく、SFFとは違い落差が大きいこともありバットに掠りもしない。
大エースである田中昌を除けば、7回以降からは皐月、富士海。そして、上草を相手にすることは計算済み。
実力順に並んでいると言えるが、投手としての性質を考慮されていると阪東はデータから分析している。
「お前は警戒されている打者だ。慎重にバッテリーは攻めて来るからな。間違っても、粋がって早打ちはするなよ」
皐月のストレートとフォークの判断ができるとしたら、ウチの中では友田と新藤くらいだ。見切るより、球を絞って打ってもらった方が確率は良いはずだ。
皐月は奪三振に特化しているが、それはあくまで走者がいない状況だ。落差のあるフォークは盗塁を行なうには絶好球。皐月は牽制は巧いが、クイックはそこまで上手くはない。得点圏に走者を置ければ、パスボールの危険もあるフォークは半分以上の力を封じられる。
「ボール!!」
ベアストーンから変わった後だ。際どいコースを徹底して見ている尾波。
ストライクをとられちゃしょうがないが、判別が困難で当てようがないフォークがある以上、振れば自滅する。
皐月の低めは徹底的に捨てる。ストライクを確実に獲りに来る球を打つ。基本的な打撃で良いのだ。
「!!」
久々に来たと感じる、打ち頃の高めの球。横の変化がまったくない皐月だ、絶対にストライクゾーンを通過する。
バットを振る尾波。これは皐月のフォークと読んでいた。
「ストライク!!」
「っ!!嘘!」
想定した落差よりもさらに下に通過したフォーク。尾波は驚き、野田のミットを確認する。確実に読みは合っていたのに当てられもしない。ストライクゾーンの低め、ギリギリを通過する球だった。
「っ……」
これでカウント2-2か。とんでもないフォークだな。石田より凄いフォークだ。なら次はもっと低めをイメージして……
今の一球で尾波の心理は露呈されただろう。皐月のフォークを打つことばかりに頭が一杯になっていた。タイムをとったところでこのイメージは消えない。フォークを打つという気迫は買うが、それだけの投手じゃない。
カウントに余裕があるバッテリーは当然ながら、フォークは使わない。勝手に尾波が振ってくれる高めの釣り球。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「最後はストレート!フォークを待っていた尾波の裏をかいた釣り球!!」
「仕方ないな。あんなフォークを見せられた後じゃ、バッターにあの高めを見逃す余裕はねぇ」
「尾波が手も足も出ないとなると、これから続く連戦で中継ぎ陣からどうやって得点を挙げるか、気になるところですね」
「それはオールビーも同じじゃろ。シールバックの中継ぎも相当厚いわ」
この後、代打で登場した木野内もストレートにやられてサードゴロに打ち捕られる。完全にシールバックの勢いを止められた。
「ふん、またすぐにでも点獲ってくれるんだろ?」
ベアストーン。6回1/3を2失点で降板。一方で7回裏のマウンドに昇る川北。コントロールが不安定とはいえ、ベアストーンと同じくここまで2失点の好投中だ。
「継投をしなくて良いんですか!?勝負所じゃないんですか!?」
「だろうな」
「動かなくて良いんですか!?沼田や井梁がいるんですよ」
勝ち越しているならその目に賭けるんだよ。だが、こっちは先攻で次の回は8番の東海林から。富士海から得点を挙げるビジョンはまだないし、新藤と河合に回る9回には上草が来る。大量得点は難しい。
そして、残り3イニングを無失点で切り抜けられるか?
「9番、ショート、ホモリン」
川北を2戦目にしたのは彼の完投する能力を買ってのことだ。彼以外ならば間違いなく継投する場面。
ここは沼田、井梁、安藤という信頼できる中継ぎを使うべきところだ。
「……………」
昨日は二木という秘密兵器がいたから先手を打てた。しかし、二木の存在がばれている以上、もう小細工は通じないのは目に見えている。0点行進で行けるのなら継投。……継投だが……。
勝負を決めたいと、焦る場面だ。ここで継投することは今後を左右する時。
吉と出るか凶と出るか。今日勝てる確率がわずかに高いとはいえ、負けることだってある。同点の場面での1失点はもう致命傷。
野球は確率に近いスポーツだが、祈りが必要なスポーツじゃない。得点を挙げられるか、未知な状況での勝負による敗退は大きく後ろを左右する。
「代えん。川北に、この試合は任せている」
「で、でも……」
「俺を信じてくれ!川北を信じろ!」
頼むぞ、川北。こっちがリードするまでなんとか持ち堪えてくれ。強力打線を持つ、オールビーとの7戦中、4勝を挙げるにはどこかで誰かの完投が必要になる。強力な中継ぎ陣を休ませられるのは川北しかいない。
エースじゃなく、投手の大黒柱として今シーズン支えた。完投する力を見せてくれよ。
阪東の期待を知ってか知らずか。川北にとっては先発投手は完投こそが求められる力と考えている。誰にもこのマウンドは譲りたくない。その気迫あって、この長いプロ生活を乗り切れていたのだろう。
9番、ホモリンを相手に未だ衰えないストレートで奪三振を獲り、1アウト。
「いいぞーー!!川北ーー!!」
「そのまま押していけーー!」
同点になったことでベンチも、応援団も大いに盛り上がる。今日も勝てるかもしれない。ここが一番の難関。
「もう打たせねぇぞ!天才野郎!!」
この試合、すでに3打数3安打の大当たり。ついにその実力が露になった天才。
「1番、ライト、鈴一」
川北の猛り、怒り。それらとは正反対に冷静に、今までに奢ることなく、満足することなく、打席に入って構えをとる鈴一。
「ここまで3安打!内野安打1本、クリーンヒット2本。盗塁2つ!」
「川北を完璧に攻略しているな」
「昨日は勝ち越していたから、井梁にスイッチしたがな。ここはなしか」
「勝つならここは継投ですよ。川北が不利なのは明白です」
球数という面ではすでに110球を超えている。感情で疲れをごまかしているようだが、そんな小細工は鈴一には通じない。すでに力量差が見えている。
それでもなお川北は根性を中心に投球していく。
「うらああぁぁっ!!」
おそらく、鈴一の全盛期は今だろう。しかし、感じねぇ。ここまで打たれてもまったく感じねぇ。
俺が鈴一に負けるところが分からねぇ。
「ストライク!!」
今でも若い奴には。いや、どんな打者にも負ける気がしねぇ。
マウンドは誰にも譲らないを第一に俺は投げてきた!!
「おりゃああぁぁ!!」
川北の、魂の全てが詰め込まれたような投球。人間の体力の未知を見た者は多い。この試合、最速の147キロのストレートが記録し、打ちにくいアウトローへと決まっていた。間違いなく、鈴一を殺しに来た渾身の一球。
パキイイィィッ
打球はライナー性。セカンド、新藤の頭上を超えていく。長打コースに運ばれる。
「いったーーーー!!右中間を真っ二つ!!鈴一!快速を飛ばして二塁へ向かう!!」
「いや、それ以上だ」
「間違いなく蹴るぞい」
センターを守る千野。(本城の代打で出された木野内はレフトに就いている)
友田よりも遥かに良い守備をする千野が打球を処理し、送球するも。すでにもう手遅れ。友田、杉上クラスの走塁を誇る鈴一は止めようがない。
「スリーベース!!今日これで4打数4安打!!川北、また打たれました!!」
これが1アウト2塁であればまだ川北が持ち堪えられる可能性はあった。しかし、これ以上の失点を避けたい場面でのスリーベース。打席には2番、伏世。
渾身の一球を完璧に打たれ、根性が空回りしていたのも事実。また、川北が警戒していたのは次の流合と、今日2ランホームランを打たれた五十五であったのは仕方のない心理だ。
鈴一の長打が均衡に保たれた流れをぶち壊し、オールビー打線を目覚めさせた。
ストレートやカットボールなど、関係ない。伏世は今日の川北の制球難を利用し、好球必打に徹した。後ろが安心できる流合だ。四球は出したくないという心理が働くのは当然。
甘く入って来た球だけを打つ。
「いったーーー!伏世、ライトへのタイムリーヒット!!オールビー、すぐに勝ち越した!!」
この1失点がもたらした事は大きい。
その後、伏世の盗塁を挟んでから流合、五十五、の連続タイムリーヒット。松嵩をなんとか打ち捕るが、6番、野田に2ランホームランを浴び、この回5失点の大炎上。
それでも川北はマウンドから降りなかった。
「最後まで投げさせろ」
「……そうするつもりだ」
本人の志願もあったが、阪東もそのつもりではいた。
今日の敗戦は川北のせいでも、打線のせいでもない。俺の責任だ。その最後まで責任をとるつもりだ。
5点の大量援護をもらったオールビーの中継ぎ陣。それでもシールバックの打線を警戒し、しっかりと富士海、上草の勝利の方程式を投入。
特に新藤と河合をキッチリ抑えることに徹していた。
一方で川北。
8回裏に代打で登場した甲斐に代打本塁打を浴び、鈴一に5本目のヒットを許すも流合を抑えて、最後までマウンドを守りきった。
川北、8回8失点。168球の熱投。
試合結果は2-8。
シールバックの完敗で2戦目を終えたのだった。




