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8 力の対価

 血溜まりに、人が、いやさっきまで人だったものが浮いている。隣には青白く虚ろな顔をしたエリアスが呆然と突っ立っていた。

 彼の黒いはずの髪は刃と同じ色に鈍く光り、同じく黒曜石の輝きを持つはずの瞳は、生命を宿せない死湖のように蒼かった。

 それは突然の襲撃だった。反射的なのか、それとも本能だったのか。結果的にエリアスは剣を抜いた。そして、引き起こされた惨状に一番驚いているのは、剣を振るった本人だった。

 今にも地帝神シュバンツが地界へ連れて行ってしまいそうだった。

 幼いビアンカはその場に座り込むと、辿々しい声で習ったばかりの精霊詩を呟きはじめた。

 小さな声に我に返ったエリアスが、血に塗れ刃こぼれした剣を投げ捨てると、ビアンカの口を塞ぐ。手にべっとり付いていた血糊が渇いて粉になり、ビアンカの服の上にパラパラと舞った。


『だめだ。あきらめろビアンカ。あいつらは君たちを狙ったんだ、死んで当然なんだ』


 エリアスの手を振り払い、ビアンカは唱詩を続けた。


『お願い、生きて、お願い! エリアスの命を奪わないで』


 呆然としていたジルもエリアスの隣に駆け寄って、ビアンカの口を塞ごうとする。


『ビアンカの馬鹿! 蘇生の魔法がどれだけ危険か知ってるでしょう! 精霊が対価に命を吸い取ってしまうってお母さまがおっしゃってたでしょ!』


 ビアンカは二人の手を振り切って叫ぶ。


『だって、死んじゃう。死んじゃったら、エリアスが人殺しになっちゃう。お母さまはおっしゃったわ。殺した数だけ、命が縮んじゃうって!』

『何を馬鹿な事言っているの? それが、光の騎士の使命なのよ!? エリアスの命よりあなたの命の方が重いの。王女ならエリアスを見捨てなさい、ビアンカ!』

『そうだ、ビアンカ。僕は平気だ。それが僕の使命なんだ。君を守るための力なんだ。なのに君が死んでどうするんだ!? 僕にはいくらでも替えがいる。すぐに替わりの騎士が現れる。僕を使い捨てろ、ビアンカ』

『替えなんかいない。――命の替えなんかあるわけないじゃない!』


 ビアンカはジルを見つめる。そして、それ以上の言葉を受け付けないように目を瞑る。


『死なせないわ。わたしの騎士は、エリアスだけだもの。かわりなんて、いないもの!』


 うわごとのように呟くビアンカに、エリアスは必死で言い聞かせる。


『ビアンカ! 止めろ、頼む。もう僕は、二度と殺さないから。――――約束するから!』



 **



 ぼんやりと目を開けると、黒い瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいた。髪も見慣れた黒だ。色が元に戻っているということは、危機は去り、光の騎士の力も手放している。ほっとして、大きく息を吐いたとたん、エリアスは静かにビアンカに尋ねた。


「大丈夫か? うなされてた」

「母様が死んだときの、夢見てた」


 額にかいた汗を手の甲で拭いつつ答えると、エリアスは夢の内容をすぐに悟ったらしい。僅かに困惑した顔をする。


「どこも痛くないか?」


 エリアスはビアンカの首の辺りを気にする。言われて、意識を失う直前の事を思い出す。ビアンカは禁断の術を使いかけていた。



 あれはビアンカ、そしてジルが九歳、エリアスが十歳の頃のことだ。

 生まれてはじめての襲撃で、エリアスが騎士としてビアンカとジルを守った。そして、はじめて光の騎士となったエリアスは動揺し、力の加減ができず、ビアンカたちを狙った暗殺者――おそらく二十名はいたと思う――は悉く命を落とした。

 光の騎士の力の対価は、彼自身の命だと知っていたビアンカは、エリアスの命が縮む恐怖から自らの魔法で彼らを蘇生しようとした。

 そしてその対価もまた、ビアンカの命だった。

 ビアンカは気絶させられたが、既に精霊との契約は交わされていたため、母が術を引き継いだ。

 代償は大きかった。

 ルキアルは、数日後、ビアンカの命の代わりに、母の残りの命のすべてを奪い、天に攫ったのだ。

 母は、『わたしは天寿を全うしただけ。悔やんではいけない。あなたは正しい選択をしたわ』と言い残し、次の裁定者をビアンカに定めて逝った。

 そして、その事件はビアンカの心に覚悟と責任と言う名の大きな瑕を残し、妹ジルとの間に深い溝を作った。

 ジルはこの究極の選択の最中、騎士を見捨てることを選んでいた。だから真逆の選択をしたビアンカを詰った。どうして、騎士を使い捨てなかったの、と。命の重さを量れないあなたに、裁定者としての資格は無いと。

 彼女の瞳はいつもビアンカに訴え続けた。


『母様を返して』





「ビアンカ? 大丈夫か」


 ビアンカは、訝しげに声をかけられてはっとする。


「大丈夫。何ともないわ」


 そう言いつつも手が震えていた。誤摩化そうと拳を握りしめると、エリアスがそっとビアンカの手を包み込む。


「何する――」


 触れたところから熱が全身に広がった。火傷をしたような気がして振り払おうとすると、彼は余計に手に力を入れた。


「無理するなよ。顔が真っ青」


 昔と違って大きくなった手だが、相変わらず剣を握る手だ。皮が厚く固い。だけど、もう、昔のように血が付いたりはしていないことに心底ほっとする。

 見上げると、いつも表情と言える表情の無いエリアスの顔に、はっきりとした後悔が浮かんでいる。ビアンカは驚いた。


「ごめん。なるべく傷つけないようにって避けたんだけど、あんなことになって」

「エリアスのせいじゃない、でしょ? ……約束、守ってくれたのね」


 じわりと温かい物が胸に広がった。もう決して昔のようには戻れないけれど、やはりエリアスはエリアスだった。


「敵を倒してもビアンカに死なれたら、僕の立場が無いから」


 素っ気なく言うエリアスの手は、言葉とは違って随分温かい。立場――いつもの言葉がそれほど痛くないのは、そのせいだ。不器用な優しさが嬉しくて、ビアンカが手を握り返そうとしたときだった。


「あの剣の腕は見事だったな。剣筋はいろいろ混じってるけどどこの流派なんだ? かすり傷さえ付いていなかった」


 と、割入るようにシリルの声が響き、ビアンカは思わずエリアスの手を振り払った。

 エリアスはビアンカの乱暴さに少し眉を寄せたあと、後ろを振り返る。


風国キントリヒの剣舞が基礎にあるけど、ほとんど自己流だよ」


 エリアスの視線を追うと、壁に寄りかかっていたシリルが、ベッドに近づいていた。


(うそ、エリアスだけしか居ないと思ってたのに)


 ビアンカは僅かに焦り、勝手に熱くなっている手を後ろに隠す。


「息のあったヤツは応急処置をして医者に任せてきた。回復したら話を聞く。裏で手を引いているヤツがいるはずだ」


 シリルは気遣うように言った。


「でも……」


 その後は言えなかった。彼らは玄人で急所を確実に突いていた。あれではとても助からないだろうと顔色を無くすビアンカに、シリルが傍に寄って来て、水を差し出した。起き上がると軽い頭痛を感じて、ビアンカはこめかみに指をあて、片目を細めた。


「……あれ、なんなのかしら。あの気味の悪い仮面、確か水国ヴェシャイランの祭りで見たことがある」

「でもヴェシャイランがどうしてビアンカを狙う?」

「いえ、ヴェシャイランとは限らないわ。あんな目立つ真似するのはそう見せかけたかっただけかも」

「じゃあ、誰だよ」


 エリアスが苛立たしげに顔をしかめ、ビアンカは「わからない」と小さく頭を横に振る。

 久々の暗殺未遂だ。かつてアーマイゼで起こった惨劇は大陸に混乱を招くほどの大事件だった。そのため、光の騎士の恐ろしさが知れ渡っている大陸では、ビアンカを狙うというのは相当な命知らずしかやらない事のはずだった。

 だとすれば、犯人はビアンカが誰かわからなかったか、それかエリアスが騎士だと知らなかったのか。――両方かもしれない。


(まず動機がわからない。どうしてわたしが狙われる?)


 二十五年前ならいざ知らず、グラオザムの配下にあるアーマイゼの姫には裁定者としての価値はさほど無い。

 混乱して来て、落ち着こうと息を吸うと、喉が干上がって息が掠れた。

 空気が乾燥しているのだろうか、ひどく喉が渇いていた。水を口に含み、渇いた喉を潤すと、僅かに気分が上向いた。

 ビアンカが落ち着くのを待って、シリルは言った。


「多分、君達じゃなくて俺を狙ったんだと思う」

「あなたを?」

「反帝国派だよ。グラオザムから出ると結構頻繁に出没するんだ。巻き込んで申し訳なかった。でも、どうしてエリアスがああなったわけ?」


 エリアスは首を横に振る。


「原理はよく知らないけど、経験上、単にビアンカの危機に反応するんだと思う」

「意識しなくて済むってのは便利だな。ま、偶然とはいえ、光の騎士が見れて良かった。あれなら確かに恐るるに足る。一中隊というのも納得だ」

「どうも」


 褒められたのが意外だったのか、居心地悪そうにエリアスは言う。ビアンカは気になっていた事を尋ねた。


「ところでここはどこ?」

「グラオザムの国境の街アハッツだ。安宿を借り切った」


 エリアスの言葉にビアンカは目を見張り、周囲を見回す。


(道理で、空気が渇いてるはずだわ)


 グラオザムは別称砂の国とも言われる。火の神フォイアを祀るせいか、水の神ヴァッサに嫌われる。大きな河の無い砂漠とオアシスの国なのだ。

 部屋を見回すと、狭く、男二人が立つと窮屈そうだった。壁紙は剥がれ、隙間から日干しレンガが覗いていた。窓はひび割れて曇っている。建具は傷み、カーテンも薄汚れ、埃っぽい。シーツが洗濯されているのだけが救いだった。


「随分粗末なところね。しかもグラオザムのアハッツ? アーマイゼ城じゃないの?」

「城までは結構寂しい道が多いだろう。だから逆にグラオザム側に逃げ込む方が利口だと思って。街中じゃ騒ぎも起こせないだろ」


 なるほどとビアンカは納得し、シリルに向かって次の質問を投げた。長く眠っていたせいで政局には疎い。命の危機に瀕して、少しでも情報が欲しくなった。


「で、あなたが命を狙われてるのはなぜ? 反帝国派ってことは、水国を完全には制圧出来ていないってこと?」


 シリルは頷く。


「その通り。統一の際に、結構無茶をしたから、恨みを買ってる。でも敵はそれだけじゃないかな。今、グラオザムには帝位の継承者が五人いるんだが、現王に子がないせいで、王家の中では、俺が一番継承権が高いんだ。しかも俺の母親は……」


 シリルが顔を曇らせたところで、ばあん、と後ろの扉が開いて、一人の男が室内に入って来た。


「殿下ぁ! 見つけましたよぉ! いくら腕が立たれても、過信はいけません! 一人で出て行かれるのは、困るんですけどー!」


 とたん、シリルが思い切り顔をしかめ、「あー、あの騒ぎのせいで見つかったか」と大げさにため息を吐く。

 身構えたビアンカは、シリルの影から姿を現した男を見て一瞬陽光が射したかと思った。異様に豪奢な男だと目を見開く。

 面影はシリルによく似ていて酷く整っている。だが、醸し出す印象がまるで違った。

 まず、背に垂らした長く癖の強いブロンドに、宝石を思わせる青い目は、人目を引きすぎる。王子であるシリルが同じ色の髪を襟足で切りそろえているのと比べると、無駄に美麗だった。しかも、服が派手だ。シリルが質素な軍服を身に着けているのに対し、上質の絹の長衣に大げさな真っ赤なマントという出で立ち。あくまで外見だけは、いっそシリルと役割を替わったらいいと思うくらいに王子らしい。


「お前、なんで来るんだ。撒いたつもりだったのに」


 シリルが文句を言うと、男も応戦した。


「どうして私を置いて行かれるんですか。私は殿下のおそばにいないと存在の意味が無いでしょう? 私がいない時に限って事件に巻き込まれるのがよい証拠です。いい加減、お守りのつもりでお傍に置いて下さいよ」

「お前が付いてくると大げさになりすぎるんだ。付いてくるつもりなら、せめてその鬱陶しい髪を切れ。地味な服を着ろ」

「嫌ですよ。それじゃあいざという時に影武者の役割が果たせない」


 そこで男は、ビアンカたちにはじめて気づいた顔をした。


「あ――申し遅れました。私はグラオザム帝国第一皇子シリル殿下の側近、オスカー=ヘルムート=ネーポムク=コンラート=シュレンドルフ=エーゲルと申します。殿下とは浅からぬ縁で繋がっております」

「……名前まで大げさなのか」


 エリアスが耐えきれずに漏らした隣で、同様に、長い名前に気が遠くなりかけたビアンカだったが、聞き覚えのある名に興味を引かれた。


「え? エーゲルって……もしかして獅子将軍エーゲル?」


 ビアンカが反応すると、オスカーは目を丸くした。


「あれ、お嬢さん。父をご存知ですか? もう随分前に将軍は引退したんだけどなあ」

「……ええと、本で読んだの」


 お嬢さんと言われ、自らの幼い姿を思い出す。不自然さを誤摩化そうとビアンカは子供らしくえへへと笑う。横でエリアスが「似合わない」とでも言いたそうに顔をしかめたので、ビアンカは耳を赤くしながら彼の足を思い切り踏んづけた。

 エリアスがうめき声を呑み込む隣で、


「ああ、グラオザムの英雄の本が確かあったか」


 シリルがさりげなく助け舟を出してくれる。ビアンカは「そう、それ」とにこやかに頷いた。

 昔、グラオザムに獅子エーゲル有りと聞いたことがある。不吉な傷痕が右頬にあり、女子供も武器を持てば兵と同じ扱いだとか、逃げ惑う民も容赦せず、村ごと焼き払ったなど、アーマイゼまでに届く猛々しい噂を、グラオザムの野蛮さの象徴のように思ったから覚えていた。


「統一に際して、大きな武勲を上げましてね。父は今はグラオザムの英雄ですよ。おかげで私も七光りでこの通りです」


 目の前ののんびりした煌びやかな男と噂の猛々しい将軍は全く重ならず、ビアンカは血の繋がりを訝しんだ。


「そんな輝かしい父親を持つあなたが影武者なの? 護衛の騎士とかじゃなくて?」

「すでに事件に巻き込まれたのでしょう? あんなことは日常茶飯事でしてね。少しでも確率を減らそうと王に命じられてついて回っているのです。父が先の戦の手柄を餌に王家の傍系の娘と結婚しましてね。それが母なんです。だから、殿下とどことなく似ていますでしょう? しかも並んだ時に、私の方が王子らしいでしょう。狙って来たら返り討ちにしてやるんですよ! といっても私は腕っ節には全く自信が無いんですがね! いくら頑張っても殿下には敵わない! はっはっは!」


 自信を持つべきでないところで胸を張った後、オスカーは心細そうに背を丸めた。


「……ええと、殿下、そしてこちらはどなたです?」


 今更のように誰何するオスカーに、隣でエリアスが「さすがにこれは相当駄目なやつだと思う」と大げさとでも言えるくらいにしっかりため息を吐く。


「こちらは――」


 紹介しようとしたシリルは、どうする?と言いたげに目で問う。


「アン=シュンケルですわ。アンと呼んで下さい」


 ビアンカは即座に堂々と偽名を吐いた。あまり王女だとは知られたくないし、言っても信じないだろうから説明が面倒だ。ちなみに、シュンケルというのは父の祖国、トレラントの名である。

 シリルはビアンカの意図するところに気づき、難なく話をあわせた。


「アン殿、失礼を申し訳ない。このような不届き者だが、腐れ縁でね。自分で言った通り、一応国の英雄の息子で、捨て置けない。頭は年中花畑だが、将軍の血を引いてるだけあって、変に腕が立つのがまた面倒で」


 シリルの説明の最中も、オスカーは無遠慮な視線でビアンカが思わず怯むくらいにじっくり観察する。そしてシリルに尋ねた。


「凄まじく可愛らしいですけど、実はどこかの姫君ですか?」


 オスカーは、この年頃の姫君って大陸内に居たかなあと首を傾げる。


「キントリヒのカザナ姫にしては大きいし、髪の色が違う。トレラントのミズール姫にしては小さいし、目の色が違うよなあ。うーん、藍色の目に銀色の髪……うーん、なんか覚えがあるような」


 オスカーは続けて数名の傍系の姫の名を挙げる。聞き覚えのある一昔前の姫の名が出始めたところで、ビアンカは戦慄した。


「あなた、なんで姫のことになると詳しいの」


 あまりの詳しさに髪を押さえて色を隠したくなる。ただの馬鹿かと思っていたのに。

 するとオスカーは堂々と胸を張った。


「そりゃあ男の性ですよ! 殿下、ケチらずに教えて下さいよ!」


 シリルは無表情で返した。


「教えない。お前の鳥頭では、複雑な事情は理解できない。説明にかかる時間が勿体ない。お前が覚えるべき事は一つ。彼女は俺の婚約者だ。丁重に扱え」

「あっはっはー、相変わらずの秘密主義だなあ。それにしても、婚約者! 殿下が幼女趣味とは、長い付き合いでも存じませんでした! なるほど、それでいい歳して独り身なんですか。このネタ、他の皇位継承者の誰かに売ったら良い値になりそうだ!」


 陽気で無礼な男にビアンカはしばし絶句したあと、おもむろにエリアスを見た。


「……なんだかシリルが急にまともに見えはじめたのだけれど、私の目がおかしいのかしら」

「大丈夫、僕も同じだ」


 エリアスも遠慮無く賛同する。比べられたシリルは不快そうに顔をしかめたが、話をさっさと流した。


「ともかく、だ。どうやら、俺の周辺は随分危ないらしい。アン殿に何かあってはまずいから、俺から離れた方が良さそうだ。別行動を提案する。いっそ家に戻った方がいいと思うけれど」


 だが、ビアンカは即、拒否する。


「探しものの行方もわからないのに戻るわけにはいかないわ。わたしだって今の状態・・・・を気に入っているわけじゃないの。まず、あなたが狙われているのなら、別行動をすればわたしたちは安全でしょ。それに、どうせあなた、襲撃の犯人を捜すのでしょう。その間、わたしたちは薔薇屋敷周辺で手がかりを探すわ」

「まぁ、それが無難そうだけど……うーん……護衛はエリアス君一人で十分だろうけど、やっぱり婚約者としては二人で放置するのは心配だなあ」


 シリルはエリアスをちらりと見て渋る。


「今更何の心配? 僕たちがどれだけ長い間一緒に居たと思ってるんだよ」


 エリアスが真正面から応戦するのを見て、ビアンカはひっそりとため息を吐く。


(つまりまったく意識してないってことね? ……わかってたけど、わかってるけど)


 シリルの言う、ビアンカとエリアスの仲が云々は建前だろう。本音は自国の民が変にビアンカに手を出し、光の騎士に傷つけられないかが心配なのだ。気持ちはわからないでも無い。

 と、オスカーがニコニコと話に入った。


「おやおや、殿下はもうヤキモチをおやきなんですか! 随分熱烈な恋ですね! じゃあ、私が付き添いますよ。騎士殿がよこしまな事をしようものならば、きちんと妨害して差し上げますからね!」


 オスカーの突拍子もない提案に、まずエリアスが「どいつもこいつも……変態と一緒にするな」と鬱陶しそうにため息を吐き、ビアンカもぎょっとした。


「え、だってあなたシリルの影武者なんでしょう。職務放棄するわけ。それにあなたみたいな無駄にキラキラしてる人が付いて来たら、わたしたちが目立つじゃない」


 せっかくしたくもない変身をしているのだ。ただの子供にしか見えない事を有効活用する気満々だったビアンカは不満を漏らす。


「もう国内の大部分の民に既に私が影武者だってバレてるから、誰も狙いませんよ。却って安心じゃないですかね」

「え、そこ、開き直るの!? っていうか何のための影武者な訳!?」


 ここでも自称なのか。自称皇子が出て来たかと思うと、今度は自称影武者だ。頭が痛い。ビアンカはこめかみを揉んだ。


「珍しく理にかなってるじゃないか。じゃあ、オスカー、そうしてくれるか。これで数倍仕事が捗る」


 シリルが妙にうきうきと言って、ビアンカは嫌な予感が隠せない。

「ちょっと待ってよ。なんだかお荷物押し付けられてるような気がしてならないのだけれど!」

「気のせい気のせい。――じゃあ頼んだよ。あ、それから、ここよりもうちょっとましな隠れ家、用意しておくから」


 ビアンカの抵抗も無視して、オスカーを押し付けると、シリルは逃げるように宿をあとにした。



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