7 我、光の姫なり
赤と白の薔薇が競うように咲き乱れていた垣根には、枯れた枝が寂しく伸びているだけだった。錆びた鉄製の門をくぐると、玄関の扉を大きく開ける。蝶番がいかれているらしく、開けると同時に扉は外側に倒れ、埃が舞い上がった。シリルとエリアスが二人掛かりで壁に立てかける。ビアンカは横目で見届けると室内に進む。古い蜘蛛の巣が垂れ下がり、髪に絡まろうとする。エリアスが剣を鞘ごと振り回して、ビアンカのために道をつくった。
「誰も居ない、みたいだね」
「どうやらそのようだ」
シリルは降り積もった埃の上の足跡を見つめている。入館したビアンカ、エリアスとシリルのものしかついていない。既に空き家になって何年も経過しているという事は明らかだった。
「城を眠らせた魔女は、ここじゃないみたいだなぁ」
シリルがぼそっと呟き、ビアンカは心の隅にあった不安に触れられて飛び上がった。
「違う。ジルじゃないわ」
だがシリルは蒼い目を緩ませて微笑んだ。
「いまさらなにをあがくんだ。子供でもわかる。魔女は二人。君が自分で自分に呪いをかけるわけはない。いや、眠っていると念じることができないのだから、かけられないはずだ。ほら、引き算で簡単に答えが出るだろう?」
「可能性の一つではある。――でも、あの子がそんな事をするとは思えない。だってまず動機が無いもの。きっと他の方法で城は眠らせられたのよ。古魔法でも、術者をたくさん集めれば可能かもしれないじゃない。ねぇ、エリアス」
ビアンカはむきになって言い返し、エリアスに同意を求める。だが、
「あれ?」
ひどく深刻な顔をしたエリアスがかがみ込み、床の埃を払う。そして綿埃の中から拾い上げたのは小さな指輪だった。
「……? なんだこれ」
窓に向けて翳すと、指輪についていた石がきらりと光った。
「きれいな石。宝石かしら?」
エリアスに手渡されたのは血のように赤い石だった。触れると、なぜか発熱しているかのようにふんわりと温かい。
(ん? これ、最近どこかで見たような)
ビアンカは首をかしげる。手に取ったシリルが、それを見つめてまさかと呻く。
「フォイアシュタイン、か」
「フォイアシュタイン?」
ビアンカが繰り返すと、シリルははっとしたように口を押さえた。
「いや、なんでもない」
「なんでもないじゃないだろう。僕たちは早くジルを見つけたいんだ。知っている事は吐いた方が身のためだけど?」
エリアスの追及をシリルはさらりと避け、反撃に出た。
「ジル? エリアスはジル姫にもそんな無礼な感じなんだ? それに、いつもなんにでも無関心を装ってるくせに、ジル姫には興味があるんだ? ――あぁ、そういえば恋人とか何とか言ってたっけ?」
「なんだか下衆な想像してるみたいだけど、僕は早く面倒ごとから解放されたいだけだ」
淡々とエリアスは返すが、シリルはそれを無視して、いたずらをしかけるようなワクワクとした顔をした。
「ふうん、……二人の美姫と一人の騎士……もしかして二股?」
失敬な発言にビアンカは心に氷を押し付けられたような心地になった。同時にエリアスはビアンカを背にかばうようにすると剣を抜いた。
「どうしても喧嘩を売りたいみたいだな。なら相手になるよ」
エリアスの背の陰でビアンカはやっとのことで息ができるようになる。
面白がる様子を見せるシリルに、ビアンカは動揺すれば思う壷となんとか自分を立て直す。
「……喧嘩は止めて。エリアス、挑発されて誤摩化されないで。それよりさっきの指輪の話の続きを――」
気持ちを切り替え、ビアンカがエリアスの陰から出た時だった。
窓も開けていないのに、風が渦を巻いた。中央に立つ、エリアスの様子が変わり、ビアンカはとある予感に鳥肌が立つ。
黒い目が青く澄んだかと思うと、髪の色がふわりと風を纏う。色が抜け、淡い銀色に変わる。それは光の姫――ビアンカの色だ。
(うそ! どうして――――光を纏った!?)
ビアンカは床に伏せながら、叫んだ。
「シリル! 伏せて!」
「な――!?」
直後、屋敷の扉が蹴破られ、ガキインッという音が響き渡ったかと思うと、一本の槍がビアンカの頭を掠め後ろの椅子に突き刺さる。
もしも縮んでいなかったら、頭に当たっていたと思った。
椅子の背もたれを貫通した槍の鋭さにぞっとして、腰を抜かすビアンカの視界に、白い笑い顔が焼き付いた。
「お覚悟!」
男がビアンカの腕をとった次の瞬間、エリアスが殺気立つ。そのまま男に飛びかかって、転がるように屋敷の外に飛び出した。
「エリアス!!」
叫び声を遮るように、すぐさま扉が外から閉められる。飛びつくが、無理矢理に閉めた扉は壊れ、開かない。縮んだせいか力が足りない。ビアンカは震えながら必死で扉を叩いた。
「だめ! エリアス!!」
「君はそこで待ってろ!」
とたん響き渡る激しい剣戟の音に、過去の凄惨な場面が蘇る。
(だめ! 殺しちゃ、だめ! 命が縮んじゃうのに!)
腰が再び抜けかけるが、震える足を叱咤してビアンカは窓に近寄ると、はめ殺しの窓を強引に割って外に出た。
「…………ああ」
枯れた薔薇の枝が引きちぎられたように折れていた。雑草だらけだった庭の地面には大きな穴が開いて土が見えていた。その淵に倒れているのは、妖しげな笑い顔の白い仮面を着けた男たち。全部で五名だった。彼らは全員、鋼の剣を折られ、鎧も割られて腰を抜かしていた。
中央で座り込んでいる男に、風と光を纏った白皙の青年が、剣の先を突きつけている。彼が手首を微かに動かすと、すべての白い面が音も無く半分に割れた。中から各々の顔が現れる。全員が表情を失っていた。彼らがまだ面を被っているように思えて、たとえもう一度面を割っても、また同じ顔が現れる気がして、ひたすら気味が悪かった。
やがて一人が恐怖に顔を引きつらせた。
「ば、ばけも、の」
そう言われた白皙の男――エリアスの顔には喜怒哀楽、いつも貼付けている不機嫌ささえも無い。顔立ちは知っているはずなのに、別人に思えた。
「“僕”を知らない? 誰に雇われた。狙いはなんだ」
訝しげに片目を細め、エリアスは男を真っ直ぐに見つめる。
「知らねえ」
「だれだ。言えよ!」
エリアスの追及に、男はにやっと笑うと、合図を出す。
「止めろ!」
シリルが止めにはいる前に、男たちは全員揃って胸から短剣を取り出すと、一気に喉を突く。
「――――!」
どさり、という重い音と共に、瞬く間に視界が赤くなる。彼らの後ろに闇色をした地底神シュバンツが影のように湧き出て、血の海に浮かぶ体から淡く光る魂を引きずり出しはじめた。
素直に従い、吸込まれて消えるもの。体にとどまろうと、必死で影と戦うもの。闇は魂を呑みこむ度に禍々しく膨らみ、今にも世界を夜色に染めてしまいそうだった。
目の前の禍々しい光景が過去の光景と同調すると、条件反射のように体が動いていた。
ビアンカは、顔色を無くしながらも、男たちの元へと飛び出す。
そして精霊に必死に語りかけ始める。
(おねがい、応えて。何でもあげる。だから、わたしの願いを聞き遂げて)
『我、光の姫なり 大地の神を守る精霊たちに告ぐ 我の命と引き換えに薄れゆく命を繋ぎとめんとす――』
ビアンカが精霊詩を詠唱しはじめると、ぼんやりと地面が光り始める。まろやかな虹色の光がぽつぽつと泡のように浮かび上がると、ビアンカを囲みはじめ、エリアスが顔色を無くす。
「馬鹿! 暗殺者相手になにやってんだ、ビアンカ! 止めろ――」
「何!? なにやってんのお姫様は! って、エリアスくん、その手は何!?」
手刀を構えるエリアスにただでさえ仰天しているシリルが泡を食った。
だが、エリアスは苦しげに息を吐くと、シリルを見上げながら、その手をビアンカの首筋に落とした。
「彼女がしようとしているのは蘇生の魔法だ。ビアンカは昔一度同じことをして死にかけた。今の体でそんなものを使ったら、命の蓄えを使い尽くして、確実に死ぬ」