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10 指輪の最期の所有者

 用意されていた宿は最初の宿と同じくらいにボロだった。シーツが新品で、カーテンが真新しいが、オスカーによると持ち込み品らしい。

 天井裏でカサカサと音がする。鼠だろう。普段ならば落ち着かないが、心の中に巣食っている謎のせいでさほど気にならない。

 だが、エリアスとオスカー、男二人は意外に潔癖性なのか、床を走り回る鼠を見たとたん、あからさまに不快さを顔に出した。オスカーに至ってはぎゃっと悲鳴を上げるなり駆除剤を買いに出かけたままで、もう日が暮れるというのに戻って来ない。戻って来ない方が静かなので気にしないが。

 そんな中、ビアンカはじっと考えに沈んだ。散らばった手がかりが結びつきそうで結びつかなくて苛立った。もうはぐらかされるのは沢山だ。真実を吐いてもらわねば、いつまでもジルに辿り着けないし、ビアンカは幼女のまま。国は混乱したまま、グラオザムに虐げられ続ける。裁定者を失った大陸の均衡は崩れ、陸の淵は海に沈み、いずれ滅びがやってくる。


(そうはさせないわ)


 手順を考え、糸口を探していると、心の隅に追いやっていたことを思い出して、整理した。記憶の隅を突くと、日暮れと共に戻って来たシリルと共にそれは転がり出た。


「ただいま。あれ、オスカーは?」

「鼠に恐れをなして逃げ出した。で、犯人は?」


 エリアスが問い、


「うーん、収穫ゼロ」


 苦笑いするシリルに、ビアンカはおかえりなさいの代わりに言った。


「それも、フォイアシュタインね」


 シリルは慌てたように腰の剣の柄を握ったが、時既に遅し。


「薔薇屋敷で拾った指輪の石、どこかで見た、と思ったのよ。形と大きさが違ったから気づかなかったわ」

「いや……これは」


 顔を引きつらせたシリルは、突如身を翻した。

 だが、入り口近くに立っていたエリアスは、横切って抜け出そうとするシリルの腕を掴んだ。


「行かせない。手がかりに逃げられるわけにはいかないからな」


 シリルは穏やかな表情を消すと、エリアスを見下ろし、腰の剣に手をやった。とたん、柔らかだった雰囲気が研ぎすまされる。


「今のエリアスくんなら、俺でも突破できそうだ」


 幼い頃から鍛えているエリアスは、光を纏わずとも国内屈指の剣の腕を持つ。だがシリルとの体格差を考えると不利だろう。それでもエリアスは「やってみろよ」と威嚇した。

 こう着状態に入る二人。ある事をひらめいたビアンカは割入った。


「確かに今のエリアスなら良くて五分ごぶかしら。でも……じゃあ、これならどう?」


 ビアンカは小さな足を一歩踏み出す。


「馬鹿、何してる。君は僕の後ろに隠れてろよ」


 ビアンカは抗議するエリアスを目で諭すと、彼の前に立ち、唇の端を持ち上げた。エリアスの盾となったビアンカを見て、シリルは怯む。エリアスを突破したければまずはビアンカを排除せねばならない。そして、ビアンカを攻撃すれば、エリアスが光を纏う事を察したのだろう。


「まいったな。子供は斬れない。可愛い婚約者ならばなおさら」


 そう言うシリルの弱みに付け込むようにして、ビアンカは一歩前へ足を進めた。そして、彼の手の中にある剣の柄を透かすように見つめた。


「さっき思い出したの。わたしね、昔、グラオザムに行ったことがあるの。その時に、やっぱり、その石と同じものを見たわ」


 正直に言うといつどこでそれを見たのかはおぼろげだ。ハッタリではあるが、追いつめるようにもう一歩距離を詰めると、シリルがあからさまに顔色を無くした。


「わたしの勘違いでなければ、その剣に付いた石と、この間拾った指輪のフォイアシュタインは、グラオザムの王冠・・についているものと同じよね。つまり、フォイアシュタインっていうのは、あの紅魔石こうませきのことかしら」


 ビアンカがにたり、と笑うと、シリルは「やっぱり誤摩化せないのか」と天井を見上げた。




「あーあ……予定が狂いまくってるなぁ、姫がこれほど食えないとは思わなかった」


 エリアスに睨まれつつ、シリルは椅子で小さくなっている。


「紅魔石って?」


 エリアスが尋ねる。それは大陸の創世記で語られている。ビアンカは知っている範囲で答えた。


「紅魔石は、火神フォイアに始祖が授けられたと言われてる、グラオザム王家の三宝の一つよ。光以外の光周四国にはそれぞれ神から魔石――火国は紅魔石こうませき、風国は碧魔石へきませき、土国は黄魔石おうませき、水国は翠魔石すいませき――が授けられ、石には各々の神から与えられた不思議な力が秘められていると言われているわ」


 光国に光の姫と光の騎士がいるみたいに。ビアンカはそこでシリルをちらりと見た。


「まずは石について詳しく教えてちょうだい。さもないと、ジルの失踪の現場にグラオザム王家の指輪が落ちていた事を、父に言い含めておくわよ」


 どうなるか分かるわよね?

 ビアンカがにっこり笑うと、シリルは「恐ろしいなあ」と息を吐いて剣の柄から手を離した。


「だけど、石についてはどの国でも同じで、国家機密だから教えられない。光の姫や光の騎士の秘密を教えてくれるなら別だけど?」


 それはできないと、ビアンカは軽く首を横に振った。


「じゃあ、石の秘密についてはいいわ。だけど、そんな重要なものが落ちていた理由を、話せる範囲で納得いくように話して」

「誤摩化せないから教えるけど、確かに、指輪もこの剣もフォイアシュタインだ。残りはおっしゃる通り、王冠に付いている」

「王冠の所有者は当然王よね。そして剣の所有者が王子のあなただとすれば、あの指輪の所有者は誰?」


 シリルは苦々しげな表情で呻いた。


「最後の所有者は父だ。二十五年前から行方不明になっている」



 *



「アーマイゼが眠って、グラオザムがヴェシャイランに攻め入った少しあとに、父がいなくなった。そして、東西の統一が達成され、伯父が皇帝の座についた」


 観念したように語りはじめたシリルによると、シリルの父、ベンジャミンはアーマイゼが眠り、グラオザムが侵略を始めた年に失踪したらしい。当時二十五歳だったという王子ベンジャミンは、ある日こつ然と国から姿を消した。

 グラオザム王家総出で彼の行方を追ったらしいが、国内で彼を見かけたというものはどこにもいなかった。国外へ捜索の手を伸ばしたが、当時、アーマイゼが異常な眠りについていたため、関連していないかアーマイゼ中を調べたそうだ。唯一調べられなかったのが眠ってしまった城の中。強力な魔法は城に入る者すべてを眠りにつかせてしまったらしく、調査ができなかった。そして、大陸中に捜索の手を伸ばしたが、やはり手がかりは見つからず――

 そこまで聞いたビアンカは、尋ねた。


「もしかして、あなた、うちにお父上を探しに来たの?」

「やっぱり姫には敵わないな。まぁ、そういうこと」


 シリルは僅かに照れくさそうにため息を吐いた。


「最初からそう言えばいいのに。そうしたら変に疑わずに、探すのを協力したわ」

「そっちが俺を信用してないのと同じで、こっちだってそう簡単に腹は見せられない。父がアーマイゼの城に幽閉されて、そのまま眠っているって俺は信じ込んでやって来たんだ。一緒に行動して尻尾を出すのを待ってたけど、本当に何も知らないとはね」


 あーあ、無駄足だったかなとシリルは椅子にもたれ、疲れた顔をする。子供が拗ねているように見え、ビアンカは絆された。


「お父様、見つからなくて残念だったわね」


 ビアンカの見せた気遣いに、シリルが拗ねるのを止めて微かに微笑んだ。纏っていた軽さが剥がれ、ようやく本物の顔が見れたような気がした。騙し合いの終わりを感じて肩の力が抜けるのがわかる。

 シリルは胸のポケットから指輪を取り出す。石は磨かれて、人を惑わせるように妖しく光っていた。


「だけど、この指輪が見つかった。これを使って、俺はある人に訊き出したいことがある」

「ある人?」

「伯父だ。二十五年前、何があったかを聞きたいんだ」

「って、もしかして、あなたも何も知らないの?」


 吐かせようと思ってたのに――と思わず漏らすと、「こわいな」と苦笑いをしたシリルは「聞いてもいつもはぐらかされる。そもそも当時の事を知っている人間が少ないっていうのもあるけど」と頷く。


「だから、本当は君達が覚えててくれたらって期待してたけど……何か当時の事覚えてる?」


 ビアンカは首を横に振る。

 ビアンカ個人にとっては事件はあったけれども……他のことに関しては大きな事件もなく、普段通りの日常が続いていたと思う。少なくとも、ジルとエリアスのことが、国を――それどころか、大陸を巻き込む大事件に発展するとは思えなかった。


「平和だったと思うわ」


 エリアスを見ると、彼はわずかに考え込んだ後、小さく横に首を振った。

 沈黙が広がる中、ふとビアンカは、昼間に思いついた、もう一つの質問を思い出した。


「そういえば、あなたのお父様の兄弟――いえ、今の代の王位継承者を教えて欲しいの」

「なんでそんな事を聞くんだ?」

「さっき街で聞いたんだけれど、二十五年前にアーマイゼの王女がグラオザムの王子に求婚されて婚約していたらしいの。わたしは覚えがないんだけど、知っていた?」

「は? なにそれ。はじめて聞いた」


 シリルは仰天している。グラオザムでもそんな話が広がっていないという話と突き合わせるといくつか答えが出た。


「婚約は破棄されたらしいし、醜聞扱いで伝わらなかったのかしら。それとも元々そんなのは王子の口約束で、騙されたのかもしれないけれど。父親探しのために王女に婚約を迫るような人の血筋だし」


 ビアンカがチクリと皮肉を言うと、シリルは「あ、それは本気だよ」と爽やかに笑う。やっぱり食えない男だと思いつつ、ビアンカは話を進めた。


「もし違ったら申し訳ないけれど、求婚したのは、あなたのお父様ではないわよね?」


 オスカーが、求婚者はグラオザム皇帝だと言ったが、あくまで彼の予想で信用ならない。念のために尋ねる。


「ああ、それで王位継承者がだれっていう話か。俺の父は二十五年前には既に結婚していたから違うはずだ。重婚はディアマントが許さない。それに、当時結婚できるような歳の王子は俺の父と伯父だけだった。あとは十にも満たなかったはずだ」


 天井を睨みつつシリルが答える。納得しつつ、ビアンカは記憶の隅に引っかかるものがあった。そういえば、シリルは自分の母親について何か言いかけていたような。気になって何気なく続けて尋ねた。


「じゃあ、あなたのお母さまはどこのどなた……あ」


 聞いたとたんに思い出したのだ。いつ紅魔石の付いた王冠を見たのかを。

 王冠と一緒に浮かび上がったのは、幸せそうな花嫁の青い花冠とベール。

 あれは――そうだ。結婚式だ。


「え、そういえば、グラオザムにヴェシャイランの姫君が嫁いだはず――」


 諍いの絶えない大陸の民が、焦がれていた景色。火と水が争わない平和な世の中になる。ビアンカも同じく幸せな気分でその地に立った。

 水の国を象徴するような、淡い水色の花びらの撒かれるグラオザムの都がまなうらに蘇る。

 美しい、夢の中の景色がまた一つ、現実として降りてくる。

 あれが現実ならば、アーマイゼはグラオザムの王子との縁談を呑んだかもしれない。


(え、ちょっと待って)


 当時結婚できるような王子は二人。今の王がアーマイゼの姫に求婚できるという事は、つまり、もう一人の王子がその水の姫を娶っていたということになる。ということは――。

 ふと見ると、シリルの顔に悲壮感がにじんでいて、ビアンカはびくりとした。


「俺の母は、元ヴェシャイランの王女ツェツィーリエだ」


 彼が痛みをこらえるような顔で答え、ビアンカははっとした。その事実が身に染みたとき、彼の表情の意味を知る。

 シリルの抱える事情の、予想もしなかった重さにビアンカは戸惑った。


「二つの国の諍いを止めるために母は政略結婚で嫁いで来た」

「……なのに、グラオザムは、ヴェシャイランを攻めたというの」


 シリルの母の気持ちを思うと、背筋を冷たいものが這い上がる。震える手をぎゅっと握りしめる。シリルは頷いた。


「だから、母は自分とヴェシャイランを騙し、裏切ったグラオザムを――いや、父を恨んでいる。父は母に釈明もせずに国から逃げ、消息を断った。その後、すぐに俺が生まれた。母は、やがて気が触れ、王宮の泉に身を投げた。――俺は、笑った母を一度も見る事が無かった。だから父を見つけて問いたいんだ。どうして母を裏切ったのかと」


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