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2059年シリーズ

つもりはなし、つまりよもやま ―夏の巻・英秋編~ライブ後の香織と男三人のお喋り~―

作者: 佐野隆之

拙著「つもるはなし つまりよもやま―夏の巻・英秋編」の第2章第6部終盤のエピソード部分を取り上げた掌編です。伝えるものも残るものも何もないただのお喋りです。

 The Hackers Strike Againのライブを満喫した英秋、誠、茂の三人は他の観客たちに押されるようにホールを出るとドリンクカウンターへ直行した。

 ライブ中は激しく飛び続けていた三人は「喉乾いたぁーっ!」と言いながら揃ってビールを手に取るとライブの勢い冷めぬまま二階へと上がった。


 もともと予約席としてあった二階席であったのだが、大人しく座って聴いていられない質の三人は今回一緒に来た女性、劇団まほろば一座の看板女優の遠藤香織を残してホールでライブを楽しんでいたのだ。


 二階席で一人座っていた香織。そこへやってきた三人だが香織の横顔を見た茂が黙って立ち止まった。

「ん?」と茂の動作を不思議に思った英秋は口にしていたビールを外し香織の顔を覗くとその後ろにいた誠も「どうした?」と言って英秋の背後へと迫った。

 そして三人は黙って顔を見合わせた。

 その三人に気付いた香織は「あ、お帰りなさい」と口にし慌てて顔を手で拭った。その香織の目と鼻は赤く、誰からも泣いた後だと分かる姿であった。

「どうした!? ヒメちゃん!?」

 茂が動揺した面持ちで聞いた。

「あ、別に何もないです。大丈夫です」と茂の慌て具合を気にすることなく淡々と口にした香織は濡れていた目を細めた。

「そう……ならいいけど」と茂は言うと動揺した面持ちのまま英秋を見た。

 茂の顔を見た英秋は目を丸くすると香織の横へ座り言った。

「久しぶり(はしゃ)いじまったなぁ。いい汗かいたわ。ヒメちゃんも一緒にモッシュやってみればよかったのに」

 すると香織は濡れた瞳のまま笑顔で言った。

「私は苦手です。ああいうの」

 香織の言葉を笑顔で受けた英秋は二階席から見える誰もいないステージを眺めて言った。

「たまにはいいんじゃないの?」

 そして横目でちらり香織の顔を入れた英秋は「一生に一度くらいはさ」と続けて言うとその言葉に香織はくすり笑い笑みを浮かべた。それにつられ男三人も軽い笑みを作った。

 そして英秋は立ち上がり言った。

「あーそういえば腹減ったなぁ。ヒメちゃん、メシはまだ食べてないよね?」

「はい」

「じゃあさあ。みんなで味仙(みせん)行かない?」

 する誠と茂が食いつくように声を上げた。

誠 「台湾ラーメン! いいねぇー。俺、でら久しぶりだわ」

茂 「俺も久しぶり。行ってなぁい」

 誠と茂がノリの良い笑顔で言うと香織は二人とは相反してキョトンとした表情で言った。その香織の瞳はまだ光っている。

香織「味仙って?」

誠 「うそ? 知らない? 台湾ラーメンで有名な味仙」

香織「はい」

英秋「その顔、マジ?」

茂 「そういえばヒメちゃん、前まで広島にいたんだったね」

香織「ええ」

英秋「そっか。じゃあ決まりだ。味仙行こ!」

茂 「ちょっと歩くけどいい? ヒメちゃん?」

英秋「なんだよ茂、そんな気ぃ使っちゃって」

茂 「そりゃそうでしょー」

誠 「ヒメちゃんの分は俺がご馳走するよ」

香織「そんなのいいですよ。申し訳ないです。ライブチケットもタダで貰ってますし」

英秋「いいじゃん。貰えるものは貰っとけば。先に誠が言ってくれて助かったわ、俺」

 すると誠が英秋の肩を肘掛けにして香織に笑顔で言った。

誠 「ヒメちゃん。俺達もタダだから」

香織「え? そうなんですか?」

 香織は誠の言葉を聞いて英秋へ訪ねた。

英秋「うん。実はHackersさんからのご招待でした」

 そう言って英秋は照れくさそうに頭を掻いた。

香織「どうりで。だから上の階は出入りの時チェックがあったんですね」

誠 「そうそう」

英秋「とりあえず外出よう」


 英秋たち男三人は喉を鳴らしてビールを一気に飲み干し、四人はライブハウスを出た。そして英秋、誠、茂と順に横へと並び、英秋と誠の間、半歩後ろに香織が並んで歩いた。


香織「台湾ラーメンってそんなに辛いんですか?」

英秋「ヒメちゃんは辛いの苦手?」

香織「どうでしょ? 自分では普通くらいだと思ってますけど」

誠 「ココイチは(なん)辛で食べる?」

香織「私は普通ですね。普通で丁度いいです」

茂 「なるほどー」

英秋「じゃあ、いー感じに辛さを楽しめるんじゃない?」

誠 「きっと楽しめると思う」

香織「何ですか? その笑いは? それかなり辛いってことじゃないですか?」

英秋「ケツから火ぃ吹くかもしれない」

茂 「ヒメちゃんにそれは無いでしょー」

誠 「茂は火ぃ吹くからな」

香織「そうなんですか?」

茂 「うん。吹く」

 茂の言葉に香織は屈託なくカラカラと笑い、男三人も釣られるように声を出して笑った。

茂 「ホントねー、すごい旨辛いんだけど、どうも俺のお腹は辛いのに弱いみたいで次の日はたいてい火ぃ吹く」

香織「ええー? そうなんですか? 私大丈夫かなぁ?」

 茂の話に笑顔で首を傾け少し大袈裟に驚いてみせた香織。彼女の笑顔はひときわ輝いており、英秋は知らず知らずその横顔を無言で眺めていた。

誠 「心配なら他のもの食べるといいよ。でウチらの少し摘めば」

茂 「だね」

香織「ええー、どうしようかなぁ? でも折角だからな……」

 そう言って立ち止まり腕を組む香織。三人もすぐ立ち止まると香織に注目した。

 そして顎に手を当て俯き加減で真剣に考えている香織を楽しそうに眺めていた英秋は香織へ向かって言った。


英秋「悩むくらいだったら……」


誠・茂「食べちゃえ!」


 誠と茂の声に瞳を丸く見せた香織は大きく口で笑うと遠くにいる人々を振り向かせるほどの抜けの良い声で応えた。


香織「はい! 食べます!」


茂 「ヒメちゃんも一緒に火ぃ吹こう!」

香織「それは嫌です」


 街の喧騒を掻き消すほどの四人の笑い声が夜の街に響き渡った。

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