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僕と妖精さん  作者: 四方
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僕と妖精さん

 2月3日 晴れ時々曇り


 今日で、志望校全ての受験が終わりました。

 まだ結果は分からないけど、長い受験勉強生活がこれで終わったんだなあという実感だけはあります。実に清々しい気分です。コーラを一気飲みしても、きっとこんな気分にはなれないでしょう。

 せっかく暇ができたので、前に計画した、加奈ちゃんと美紀ちゃんとのカラオケ行を実行に移しました。妖精さんも一緒です。

 妖精さんがつけていた「必勝祈願」の文字入りの赤いリボンが彼女たちに好評で、妖精さんが嬉しそうに頬を染めていました。

 流行曲を的外れな音程で歌い散らす美紀ちゃん、異様な上手さで外国語曲を歌い上げる加奈ちゃん、空気を読まずバラードをリクエストし続ける妖精さんなど、中々カオスな場でしたが、結構楽しかったです。また行きたいなあ。


 2月4日 曇り時々雨


 今日は、お母さんと一緒に第一志望の受験校の結果発表を見に行きました。

 結果は……合格。

 お母さんが僕を思いっきり抱きしめて飛び跳ねて、大袈裟に喜んでいました。

 僕としても中々嬉しいことでしたけど、お母さんみたいに人前で騒ぎ立てるのは 恥ずかしかったので、その場ではおとなしくしていました。その代わり、家に帰ってから妖精さんと一緒に喜びのダンスを踊りましたけど。

 妖精さんは、この学校の制服は可愛いから入れたらいいなってずっと思っていましたし、僕より喜んでいたんじゃないかなあ。





「おい、真ちゃん。お前も今日のハイパー鬼ごっこには参加するよな?」


 朝、教室の扉を開けると、突然湧いて出てきた雄太君が、僕に今日の予定を尋ねてきました。

 今日は金曜日の授業最終日。

 つまり、今日で恒例の大ゲーム大会も最終回という訳です。


 どんなものにも、必ず終わりは来るんです。

 金曜日が来るたびに永遠に開催されるように思っていたこの行事も、僕の小学校卒業を境に、無くなってしまうんだなと、改めて実感しました。

 ふむう、小学生のこの身の上ながらも、実に感慨深いものがありますね。


 とはっても、特別なことをするわけじゃありません。前回に引き続いて、鬼ごっこをするだけです。

 「ハイパー」なんて言っていますけど、ルール上はただの鬼ごっこですね。

 「ハイパー」は雄太君が「ノリで」つけただけの枕詞です。


「うん、今日はちゃんと参加するつもり」


 今日は朝から頭痛がひどかったのですが、金曜のコレは、これで最後です。

 この機会を逃したら一生やれないんじゃないかと思ったら、不参加なんて選べませんでした。


「おっし。そんじゃ、後でジャングルジム前で」

「おっけー」


 今日の授業は二限で終わりです。お昼の時間まで、一時間半の間に決着をつけなきゃいけませんね。




 いつもの通り、ジャングルジムの上で他の参加者を待っていると、珍しく早くから校庭に出て来た雄太君がこちらを見て手を振ってきました。

 こちらからも手を振り返します。

 近くまで駆け寄ってきた雄太君に声をかけようとして――、


「真ちゃん! お前、血ィ! 血ィ出てる!!」


 ギョッとした顔になった雄太君が、僕の足元を指さして叫び声を上げました。

 見ると確かに靴下が赤く染まっていました。

 足を伝って垂れてきたんでしょうけれど、痛みは感じません。

 感触が無いけど、靴下だけじゃなくてズボンにも染みてるのかな?

 雄太君は真っ赤な僕の靴下を見て慌てていましたけれど、僕はそれほど驚いてはいませんでした。


 ああ、ようやく来たんだなあってポツリとそんなことを考えただけです。


「ごめん、雄太君。今日は鬼ごっこ、出られないや。保健室行ってくるね」


 肩を貸そうか、と言ってきてくれた雄太君にひらひらと手を振って回答します。

 そのまま自分の足で、保健室まで向かいます。


 残念、最後の鬼ごっこには出られないや。

 もう、気兼ねなしに男の子の競技をできる最後の機会かもしれなかったから、絶対に出たかったんだけどな……。




「ただいま、妖精さん」


 誰も帰っていないものかと思って妖精さんだけに帰宅の挨拶を告げると、母がキッチンの扉からひょこりと顔を出しました。

 まさか母が帰っているとは思わなかった僕は、驚かされます。


「学校から連絡受けたわよ。今日、アレ、来たんだって? 大丈夫だった? ちゃんと処理できたの?」

「保険の先生に教えてもらったよ。ちょっと人より血の量が多いかもって言われたけど。まあ、大丈夫だったかな」

「そう。おめでとう、真。小学校卒業までには済ませられたのね」

「僕も安心してるよ」


 玄関先にいた妖精さん――今日は、青いリボンに手を伸ばしながら答えます。


「それにせっかくの機会なんだからそろそろ、その一人称も直しなさい。「僕」じゃなくて「私」、女の子(・・・)なんだからね」


 勿論、言われなくてもそのつもりでした。

 家では極力そうしてきたんだもの、中学でもきっとうまくやれるはず。


「大丈夫。リボンをつけたら女の子って決めてるから。中学ではずっと女の子女の子してるつもりだよ」

「そう? 良く分からないけど、ちゃんとしなさいよ」


 はいはい、と母の言葉を適当に流して、洗面所に向かいます。

 鏡の中の妖精さんにただいまの挨拶を告げて、念入りな手洗いうがいを始めました。


「おかえり、真。お母さんから聞いたぜい? おめでとさん」

 

 廊下を通ったお姉ちゃんが、そんな僕に声をかけてきました。


「ただいま。これで私もお姉ちゃんと一緒だね」 


 うがいの水を、口内の菌ごと全て吐き出して、姉の方を振り返って答えます。

 姉は僕の笑顔に笑顔を返して歩き去り、そのまま二階の部屋に上がっていきました。いつもの、異様に上手い替え歌が聞こえてきます。


 お姉ちゃんを見送った僕は、もう一回鏡を覗き込んで妖精さんと見つめあい、自問自答をします。


 僕は、ちゃんと、女らしい「私」になれるかな?

 頑張って女らしい自分をイメージしていた僕だけど、中学にはいってから、ちゃんと女の子でやっていけるだろうか。


 不安はあります。けど、以前ほど「女」になることへの恐怖はありません。

 小学校のみんなからもちゃんと女の子って思われていたように思います。

だから、大丈夫。

 洗面所にあったお母さんの洗顔料を勝手に使って、念入りに顔を洗います。


 ――化粧の仕方、あとでお母さんに教えてもらおう。


 私は、ちゃんと、女の人に、なるんだ。


ひとまず、完結。


 頭の中にイメージは浮かぶのに、それを、思う通りの物語として紙面に表すことができない。創作活動をしたことがある方は、誰しもそんな悩みを抱いたことがあるのではないでしょうか。

 私にとって、この話はちょうどそういったものでした。

 私の中で生まれた物語を他の人にも届けたい、けれど、言葉として、文章として外に出そうとすると、たちまち滅茶苦茶な、ばらばらな何かになってしまう。私はばらばらになったそれらを必死になって縫い合わせようと試み、けれど思う形にすることができないのです。


 何故、私の中にあるこの曖昧な何かを、そのまま外に出すことができないのか?

 文章技法を学べば、小説を書き慣れていけば、この胸の内にあるものを、少しでも他の人に伝えることが出来るようになるのだろうか?


 胸の内に湧く疑問は、そのまま思い通りに文を紡げない私の苛立ちへと変換されていくのです。


 いつの日か、この苛立ちから解放される日は来るのだろうか。

 そんなことを思いながら、私は今日も小説を書いています。

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