入社式‐2‐
奈央は、マンションのカギをかけ、慌てて家を飛び出した。
会社は東京にあるため、地元を離れ、この春から一人暮らしを始めた。借りたマンションは、会社からも近く綺麗でとても気に入っている。
まだ慣れない駅への道のりを早歩きで進んでいく。早歩きをしていたが、少し暑くなってきてしまった。
そこで、魔石ホルダーを開けてみると、真っ青に輝く魔石が見えた。
んー初日から走って汗をかくのもなぁ、と思い靴に魔石にセットさせた。
その瞬間、靴が動きだし、ローラースケートのようにスースーっと駅に向かっていった。
駅が見えてきた。時計を見ると乗らなくてはいけない電車に間に合う時間である。靴から魔石を取り出して、ホルダーにしまって歩きだした。
東京のラッシュは、これから毎朝経験していっても、慣れる気がしない…まだ、駅に着いて改札の混雑具合を見ただけだが、うんざりしてしまったぐらいである。
私の地元は、そこまで田舎とは思っていなかったが、東京の人の多さを見て、自分は田舎者だったのだ、と気づかされた。
私の地元では、ラッシュの時はあるが、駅員さんに押し込まれて電車に乗る、なんてことはあり得なかった。
なんて、ぼーっとしている暇はないので、いそいで定期を出してホームに向かった。ホームは人であふれていたが、奈央はなんとか電車に乗り込むことが出来た。
ぎりぎりに乗り込んだために、ドアのところにベターっと張り付くような形になってしまった。
ドアの窓から外を見ていると、クッションに座りながら空を移動している人たちが見えた。奈央は、私も魔力が強ければこんな混雑電車乗らなくていいのになーと羨ましく見ていた。
そんな恨めしい思いで外を見ていたら、数駅で会社の最寄り駅に着いた。会社は駅のすぐ目の前にあるので嬉しい。
大学は、駅から坂をのぼって下って、もう一度のぼったところにあった。そのため、夏場なんかはいつも着く前には、くたくたになってしまっていた。今日は、汗だくになることもなく会社に着くことが出来た。
会社の前に書かれている、TACHIBANAのロゴを見てまたテンションがあがってきた。よっしゃ―!!と気合を入れ直し、顔を叩きたかったが、人目があるのでやめておいた。
グッと手を握りしめるにとどめて、会社に入っていった。
集合場所に着くともう、ほとんどの席が埋まってしまっている状態であった。少し焦りながら、指定されている自分の席へと向かった。
席は、部署毎に分かれているらしく、私が所属する設計部は、少し後ろのほうの席だった。進んでいくと、自分の席が見つかり着席をした。
部署毎に席が分かれているのだから、私の周りは設計部の人たちなのだろうとキョロキョロと見まわしてみた。
すると、隣の席の人と目が合ってしまった。そらすのもおかしいので挨拶をしようと口を開いた瞬間、あっちから挨拶をしてきてくれた。
「俺は、設計部の折橋隆。宜しく!」
なんて爽やかな笑顔なんだ!奈央は一瞬見とれてしまったがいそいで挨拶を返した。
「私も、設計部なんです。江田奈央っていいます。宜しくお願いします!」
彼ほど爽やかには出来なかったが、笑顔をつくった。すると、彼は、意外そうな顔をした。
「あっ女の子だから、事務とか総務の子かと思ったよ。女の子で設計なんて珍しいね」
「よく言われます。私は、ただ物をつくるのが好きで…物をつくりたくて設計部を希望したんです!」
そう返すと、折橋は嬉しそうに、そうなんだ!俺も同じ理由で設計に入ったんだ、と返してくれた。
奈央も物作り好きな人がいて嬉しくなり、それからは、お互いに今までつくってきた物の話をしたりしてとても盛り上がった。
そんな風に盛り上がっている途中で、そろそろ始まりますので静かにするように、というアナウンスが入った。お互い顔を見合わせてやっちゃったねというように笑いあいながら、前に向き直った。
入社式の話は長かった。経営理念とか語られていたが、就活の際に暗記する勢いで見ていたので、もう良いかなって気分になっていた。
お偉いさんの挨拶も終わり、次に部署毎の長が話を始めた。いっぱい部署があり、部署長がいすぎるため、なかなか覚えられなかったが、自分の部署長の顔と名前はなんとか覚えられた。優しそうな雰囲気のおじさんで安心した。
挨拶が終わると、明日以降の具体的な研修内容の説明になっていった。
まず最初の1カ月は部署関係なく合同で、マナー研修があるそうだ。その後、部署毎に分かれた研修をしていくことになっているらしい。
明日から使用するマナー講座の資料が配られた。とても分厚く、これ持ち歩くのなんて嫌だな、なんて思っていた。
すると、隣の折橋と目が合い、口ぱくで”分厚い”と嫌そうな顔で訴えかけてくるものだから、笑いそうになるのを必死で耐えた。
式も終わり、懇親会が用意されていた。懇親会では、多くの人と話した。あまりに多くて覚えるのが大変だが、大切な同期である。ちゃんと覚えねば!と気合を入れて話かけまくった。
それでも、やはり、話しやすいのは設計部の人たちであった。折橋とも式の時に中断された話の続きをしたり、入ってからやりたいことなんかを話し合ったりしていた。
少し、折橋達、設計部と離れ料理を取りに行った。その時、一人の男の人と目が合った。
すると、その男の人は丁寧に挨拶をしてくれた。
「魔法部の、佐々木新司です。よろしく」
魔法部!!私はその言葉を聞いて嫌な顔をしなかったか自信がない。
しかし、少しいびつになってしまったかもしれないが、笑顔で挨拶を返すことが出来た。
私は、魔法工学科の人間が苦手である。
魔法工学は、それこそ私達がつくったものを動かしたり、制御を行うところである。つまり、物作りの頭であり、欠かすことの出来ない大切な学問だ。
しかし、私はどうしても魔法工学科の人間が苦手なのだ。
魔法工学科は、理系の中では華やかできらびやかである。なんというか、しゃれおつって言葉が一番似合う。魔法工学科の学生は、チノパン、ジャケット、モッズコートなんかを着こなしている。
うちの学科みたいに、チェックシャツで統一しろよ!なんて思ったりしていた。
サークルなんかでも一番チャラチャラしているのは大概、魔法工学科の人間であった。
物作りの頭となる人間達がそんなチャラついててどうするんだ!女あさりの前に勉強しろよ!そんな思いで、魔法工学科の人間を見てきた。
もちろん、全ての人がそうではないと思ってはいるけど、チャラついたイメージが強すぎる。
そして、目の前にいる男の人はオシャレ過ぎた。少し水色の入ったシャツを、懇親会中なので軽く着崩していた。
髪型も、ウルフカットと言うんだったか、清潔感があるのにとってもカッコいい。
知っている魔法工学科のやつらとそっくりだ。いや、それ以上にチャラそうで、今までモテてきましたー感がありありと出ている。
「どうかした?」
私は、いろんな思いをかけめぐらせながら、彼を見続けてしまっていたようだ。なんでもないです、と焦って答えて、設計部みんなの方へと戻っていった。