疲れ
ある日の朝礼で、奈央は最近取りかかっていた製品が、補償試験で耐えられなかったことを知らされた。
それは、奈央の設計ミスによっておこってしまったことであった。奈央はある部品の耐久性はこの程度で大丈夫だろうと考えて、その部品を組み込んで製品の設計を行った。
しかし、実際にはその部品では耐久性が弱かったために、補償試験に耐えることが出来なかったそうだ。
もちろん、奈央が一番叱られたが、確認を怠ったという意味で、奈央のチーム全体で説教を受けることになった。
しかし、確かに先輩方も気づかなかったとはいえ、完全に奈央のミスなのだ。なのに、その製品に関わっていたチーム全体で叱られることになってしまった。
部署長からのお叱りの後、先輩方に頭を下げた。しかし、先輩方は、
「俺たちの確認ミスだからしょうがないよ」
「製品化の前に気付けてよかったじゃん」
「俺も昔似たようなミスしたわー」
と励ましてくれた。あまりの嬉しさとふがいなさで涙が出そうになった。しかし、泣いたって仕事は進まない。
目にかっと力を込めて、必死にミスを取り返そうと仕事に取りかかった。
今回、補償試験で耐えられなかったということで、製品の納期もあるにも関わらず、完全にやり直しが必要であった。
部品の性能や耐久性を一から確認し始めた。そして、どのくらいの耐久が必要なのか調べ直す必要もあった。
自分で現場に行き確認を行った後に、適した部品を探した。
自分のミスでチームに大きな負担をかけていることに焦り、出来る限りの仕事をしていった。
お昼に里奈が来たが、今はゆっくりお昼を食べている暇はない。
忙しいからと一言で断ってしまった。少し冷たくなってしまったが、里奈は気にするふうでもなく、
「そうなのー?ざんねーん」
と言い、さっさと私の方から向きかえり、佐々木に何か話しかけていた。
話しかえる声は聞こえてきたが、自分は目の前の仕事に精一杯で内容はなんてどうでもよかった。
むしろ、集中したいから、離れたところで話してくれよ、と思ってしまった。
しかし、お昼休憩の時間をどう過ごすかなんて皆の自由なのだから、文句なんか言えるわけないかと思い直す。
そして、自分の許容量の少なさと、自分勝手さに嫌気がさした。
奈央は、何度も何度も、設計図を描いては直し描いては直しを繰り返した。納期のことも考えると、今日中には設計図をあげる必要がある。
焦りもあり、しょうもないミスをしてしまっていた。
それこそ、ペン立てを倒して隣の席の人にぶち当ててしまったり、書類をぶちまけて順番をバラバラにしてしまったり、お茶を廃棄する書類にこぼすといった具合だ。
どれも大きいミスにはつながらなかったからよかったものの、少し間違えればまた人に負担をかけることになっていた。そう考えると、余計に奈央を焦らせた。
そんな失敗をしながらも、なんとか設計図を完成させることが出来た。少し、落ち着き何度か見直してみるが、今度は問題がなさそうである。
あとは、これを先輩に見てもらうだけだ。そう思い顔をあげてみると、フロアには誰もいなかった。
慌てて時計を見て確認してみると、12時をとうに過ぎてしまっていた。もちろん終電もなくなってしまっている時間である。
こういう終電を逃してしまったときのために、あらかじめ会社の椅子のクッションを、浮遊可能の物にしている。
奈央は魔石フォルダーを取りだし、ふたを開けてみると、青く輝く魔石が見えた。
これで家に帰れるー、と奈央はほっとして、会社のパソコンを閉じて、更衣室に向かった。
設計図も終わったことと、家に帰れるという安心感からなのか、早く帰りたいという思いが強いにも関わらず、体は思ったように早くは動いてくれない。
やっとの思いで作業服から私服に着替え、クッションを持って会社を出た。
クッションに魔石をセットした瞬間、空へと浮かび上がった。自分の家の方に方向転換させて、進んでいった。
今日一日中使い続け加熱してしまっていた頭には、体にあたる風が気持ちよく、すこしずつ気分が落ち着けていくのを感じた。
そんなリラックス状態になってしまい、眠りにつきそうになるのを必死にこらえながらクッションに座っていた。
このクッションは、浮かびあがることと、前に進むことと、着陸することしか出来ない。
つまり、順路を覚えて自動で家まで連れて行ってくれる、なんてことは出来ないのだ。そのため、私が家に帰るためには、自分自身で方向転換をさせる必要があるのだ。
なので、眠ってしまったら、全く違う場所に行くことになってしまう。
なんとか眠らないために、街を眺めてみることにした。めったにこのクッションで空を飛ぶことがないので周りを見ていたら少し面白くなってきた。
眠気を通り越してハイになってきてしまったからなのかもしれないが…。
まだ、明かりのついているビルを見て仲間だーと喜んだ。
また、地上のキラキラ光る照明が星のようで、上にも星が輝いているので、まさに、星の中に紛れ込んでしまったような幻想的な気分にもなった。
そんな半分、夢のような時間は終わり、家が見えてきた。ゆっくりと、アパートの前に降りた。
そして、クッションを片手に、アパートの中に入っていった。階段を上り自分の部屋のカギを開ける。
自分の部屋に着いた瞬間、体が泥のように重く感じた。それでもなんとか戸締りをしてベッドまで這いつくばった。
次の瞬間には眠りに落ちてしまっていた。




