指導
金曜の飲み会では、佐々木にモテコーチというか、女らしくなる指導をしてくれるという話になった。
しかし、結局あの後は、男系女の最終日だ!!と、二人で浴びるほど酒を飲み明かした。
とんでもない量の酒を飲んでいったのは覚えているのだが、途中からあまりしっかとした記憶はない…よく家に帰って来れたなと自分を尊敬した。
もちろん、次の日には酷い二日酔いに襲われた。あんなにお酒を飲んだのは生まれて初めてだったかもしれない。
しかし、土日しっかりと休んだのでもう全く問題なく元気である。
今日は、月曜である。まあまあ、憂鬱だけど、土日にすることもない私からすると、会社に行っている方が早く時間が過ぎたりする。
佐々木にいろいろ言われて、土日にすることないってヤバいなーと、初めて感じた。
せめて、趣味でも見つけなきゃいけないかなーなんて思ったりした。モテる趣味ってなにかなーお菓子つくり?とか、編み物?考えが古いか。
なんだか本当におばさんくさいな、なんて自分で笑えてきた。
本気で、なにやれば良いのかなーと疑問になった。ハーブとかアロマなんかが、女の人は好きだし良いのかなーと思ったが、全く楽しくなさそうだと考えなおした。
---せめて、土日は眠って過ごしたい…。っていう考えが駄目なんだろうな…なんか、人に言える趣味を探そう…
なんてことを考えながら出社の支度をしていた。支度といっても、朝はシャワー浴びて、髪を乾かして服を着たらもう終わりなので、そんなに時間はかからない。
化粧も、眉毛だけ描けば終わりなので、本当にササッと家を出ることが出来る。
今日も、魔法で空飛びながら出社している人を横目に、私は満員電車にゆられる。
空を飛ぶ主な道具は、クッションである。私も、会社で使っているクッションは魔石をセット出来るものを使っている。
いざ、終電がなくなったときのために用意してあるのである。
もっと、省魔力で飛ぶことの出来るクッションは、開発されないのかなーとぼんやり考えていた。
そして、でもどうしても、重力と空気の流れに逆らったりするから、魔力の消費が激しくなってしまうのだろうなと一人結論付けた。
会社に着くと、佐々木はもう席についていた。
金曜の話の指導っていうのが、実際にどういうものなのか聞こうと思っていたが、もう作業を始めていた。
なので、昼休みか、仕事終わりにででも良いだろうと、自分も席についてパソコンを立ち上げた。
昼休みの始まりのチャイムが鳴った。今やっている作業があと少しで終わりそうだったので、買っておいたパンを取りだし、そのまま食べ始めた。
その瞬間、体が固まった。
「猫背になっている!」
佐々木の声が聞こえた。佐々木の方を振り返ろうと思ったが、魔法で体を固定されているためそれは出来なかった。
「それに、パン片手にパソコンうつな!せめて終わってから食えよ」
魔法がとけてやっと、佐々木の方を向くことが出来た。
もちろん、怒られないように背筋は伸ばして、姿勢をただした状態である。
「いやーあとちょっとだったし、お腹減っちゃって我慢出来なかったんだよ…」
「そうだよな、腹の音なってたし」
「うそっ!?聞こえてたの?」
「そりゃ、あんなでかい音なら聞こえるに決まってる。引き出しガチャガチャやってもごまかせるはずないだろう。そういうとこも直せよ」
---後ろの佐々木にお腹の音が聞こえてるならきっと隣の人にも聞こえただろう…。私は、角の席だから、隣は一人だけだけど、凄い恥ずかしい…
「あとお前、仕事中の顔が必死過ぎ!怖いんだよ」
怖いと言われたのは初めてだった。
いや、いつも必死だね、ってよく言われる。それって、表情のせいで言われてたのか!と驚いた。
「そんなに、顔怖い…?」
「親の敵でも討ってやるかという、レベルの意気込みを感じる。まあ、同業者としては、頑張ってんなーで済むが、男目線で見ると怖い!」
---親の敵討つって…確かに、仕事につまったりしたときなんかは、眉間にしわはよるし、頭をガシガシとかいたりしてしまっていたけど、そんなに酷かったとは…
「お前、いろいろ表情に出やす過ぎるんだよ。どんな時でも人に見せられるような、まともな顔をしとけ」
---人に見せられないほどって…いかん、落ち込んできた…
気合を入れ直すために、顔を両手で、バンッと叩いた。
「わかった頑張る!!」
佐々木が呆れた顔でこっちを見ている。
「だから、そういう行動をやめろと言ってるんだよ。」
あっそっか、顔叩くなんて女らしくない!と焦った。
そんな時昼休み終了のチャイムがなり、佐々木は、先が思いやられるな、と言い残し自分の席へと戻っていった。
女らしくって難しいんだな…と痛感しつつ、奈央は仕事に戻った。もちろん、表情は変化させないように意識をしてみた。
「おわったー!!」
今日も、終業時間を大きく超えた頃にやっと、仕事がきりの良いところまで終わった。
その解放感から、少し大きな声を出してしまった。しかし、この時間になると残っている人の方が少ないので誰も気にしてないだろう。
「声が低くて、親父みたい。女らしい声出せよ」
---そうだ、こいつがいることを忘れていた…
後ろから、佐々木に睨まれる。
佐々木は、残業仲間とでも言えばいいのか、大概の日は残っている。まあ、入社3年目っていうのはそういうものなのだともいえる。
「キャー今日も仕事が終わったですわ」
奈央は、出来る限り高い声で、そう言った。すると、佐々木の睨みは余計にきつくなった。
「ふざけんならやめるぞ」
やめると言われて焦った。
こんなところで投げ出されてしまったら、本当にこの後どうすればいいのか、途方にくれてしまう。さすがに、ここまでマズイことを思い知らされて、いまさらなんにも知らなかったときの様にはすごせない。
「ごめんごめん、ちょーっとふざけちゃっただけ。見捨てないでー。でも、女らしい声なんて、具体的な例がなきゃわかんないよ…」
「じゃあ、明日から事務の女を観察してみろよ。あいつらは、女代表みたいなもんだからな」
---あっそか、このフロアに女性がいるということをすっかりと忘れていた
事務の人と絡むといったら、それこそこないだのような、合同飲みのときと、電話対応をしてもらい、「江田さん、お電話です」と取りついでもらうことぐらいしかない。
なので、普段は、男の人としか会話しない日の方が多い。というか、女の人と話す日はかなり貴重な珍しい日である。
そっか、近くに、良いお手本がいたーっと嬉しくなり奈央は佐々木の手を握り笑顔で、
「ありがとう、佐々木!明日頑張って観察してみるね」
と言った。
すると、佐々木は、急に目をそむけ、あっそ、とだけ返してきた。
私が、フロアに女性がいることすら忘れていたことでも、怒っているのかな?と思ったが、見捨てられては困るので、もう一度、頑張る!と伝えた。
頑張る宣言をした後、奈央は帰宅していった。佐々木はまだすることが残っていたため、席に戻った。
仕事に戻ろうとしたが、なんとなく、自分の手に目がいってしまう。
手を見ていると、さきほど奈央に掴まれたときの感覚がよみがえってきた。
予想よりも柔らかかった手の感触が忘れられず、何度か手を握ったり開いたりを繰り返してみた。




