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コーチ




「モテるってかあれだな。俺が、お前を女らしくしてやるよ!」

 佐々木が、自信満々な顔でそう言った。

 そして、佐々木は思い立ったらすぐ行動というタイプなのだろう、私の方に向きを変え、真剣に観察を始めた。

 顎に手を当てながら、んーっとうなり始めた。


「あの、あまり、じーっと見られるのはなんだか居心地が悪いのですが…」

 未だに、佐々木の発言の数々にえぐられた心は復活出来ていないため、今まで一度も使ったことのなかった敬語で話をしてしまう。

 それに、あまりに真剣に見てくるものだから、目を合わすことすら出来ずに、ポテトフライを凝視することしか出来なかった。


「まず、座り方をなおせ!」

 佐々木の掛け声と同時にガッチッと体が固まった。

 まさか、こんなところで、こんな風に魔法を使われるとは思っても見なかった。

 いつも開いている足は閉じられ、少し斜めに流されている。その足の上に添えるように手が置かれ、背筋はピンっと伸び、顎は軽くひかれている状態である。

 魔法でこの形をキープされているので、元の楽な体勢に戻ることも出来ない。

 今まで使ったことのないような筋肉がプルプルと悲鳴をあげているのを感じる。


「いったん、魔法解くけど、そのままの体勢を維持しろよ」

 体の拘束がとけた瞬間、ぐだっと体の力が抜けた。

 しかし、佐々木が恐ろしい目でこっちを睨んでくるものだから、もう休みたいと訴えかけてくる筋肉たちにもうひと頑張りをしてもらって、先ほどの体勢に戻した。


 それを見て、なんかいびつだ、と佐々木が、顎の角度や手の置き方なんかを細かく指示してくる。

 肩に力入りすぎ、と言われ、力入れずにどうやって体勢維持出来るんですか!?と言い返してやりたくなったが、声も上手く出せず変な声が出て終わった。


「まあ、ギリギリそれでいいだろう。その体勢を維持してろよ」

 まだ、このままでいなきゃいけないの!?と驚き、体勢を崩した瞬間、また佐々木に睨まれてしまった。

 奈央は限界ではあったが、佐々木の迫力に何も言い返すことは出来ず、必死で体勢を元に戻して維持した。

 もう、逆に、痛みを感じなくなってきた。というか、感覚がなくなってきたともいう。


「次に、話し方をなおすぞ!」

「話し…方…あの、今、私、声出すので、必死なのですが…」

 お腹になんとか力を入れて声を絞り出した。

 しかし、もう声が出せる気がしない。佐々木が呆れた顔をしている。

「お前、そんなんでよく就活で大丈夫だったな」


 就活の時は、常に緊張している感じだったので、背筋を伸ばすことや、足を閉じるなんてことは意識せずにすることが出来た。


 また、会社に入ってからの2年間してきた体勢があまりに悪かったことも影響しているのではないかと思う。

 会社では、椅子の上で、さすがに胡坐をかいたりはしないが、正座をしてみたり、足元はかなりだらしなくなってしまっている。

 もちろん足だけではなくて、常に背筋も、パソコンを覗き込むように猫背になってしまっていた。


 そんな、不摂生がたたってしまい、いまさら正しい姿勢が出来なくなってしまったのだろう。

 それに、とても悲しいことなのだが、若くはなくなってしまったというのも理由であるだろう。


 奈央は、体の力を抜きいつもの体勢に戻った。

 そうすると、やっぱり、楽なのが一番だと、心から思ってしまった。悲しいけど私に女らしさは無縁なのだと思い知った。

「難しいね…私が女らしくなるなんて無理だよ。せっかくコーチしてくれるって言ってくれたけど、諦めるよ…」

 普通の体勢に戻ると、声を自然に出すことが出来た。


「お前、それじゃ一生独身だぞ」

 その言葉は、27歳の胸に突き刺さった。今までの言葉の中で一番胸に突き刺さった。母親にも最近、

「あんた、結婚しないの?もう、27でしょ!!」

と言われたばかりである。


 しかもこれは、今年の私の誕生日にわざわざ電話をしてきて、おめでとうではなく言われた言葉である。

 私の誕生日を、祝ってくれたのはメルマガだけであった。そんなことを思い出していたら、目頭があつくなってきてしまった。

 なんでこんな悲しいことを思い出してしまったのだろうか…頭を振って考えを消した。


「てか、そもそもお前は、女としての幸せが欲しいとかは思わないの?」

 女としての幸せ…考えたこともなかった。いつも目の前にあることに手いっぱいであった。

 いや、全くないわけではない。この間、結婚式に行った際も幸せそうな新婦の姿に憧れを覚えた。

 それに、妊娠してお腹が膨らんでいっている友人の、お腹をなでる幸せそうな顔も忘れることは出来ない。


 自分も、いつかは結婚をして、子供を生んで…なんていう思いが漠然と頭の片隅にはあるが、いまいち現実味をおびてはいないという感じなのだろうか。

 とりあえず、目の前の仕事を終わらせることしか、私の頭の中になかった。


「ちゃんと考えたことなかった。目の前のことに必死で…」

 奈央は、言っていて悲しくなった。

「お前が変わりたいなら、俺が助けてやるよ」

 佐々木は顔をしっかりと見つめながら言った。

 奈央は、そのとても力強い言葉を聞き、この人なら本当に変えてくれるのではないかと思った。


「ただ、俺は厳しいぞ!!」

 そう少し笑いを交えながら佐々木が言ってくれて、奈央はすっと気持ちが軽くなった。

「じゃあ、お願いしようかな…」

「やるからには本気だからな!途中で逃げ出すなよ」

 佐々木は、ニヤリと笑った。

 ---そんな挑発されたら、のらないわけにはいかないでしょ!!

「あったり前でしょ!むしろ、私のこと女らしくするまで逃がさないからね!!」

 奈央は、嬉しくなって目の前にあった生ビールを一気した。すると、女らしくするんだろうが!と、佐々木にめっちゃくちゃ怒られた。




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