第六夜
「 May I have your name?」
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〜きみは、『歯車熊』?〜
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僕は嫌われモノです。
僕の顔は引き攣り気味で、僕の体はちらちら螺子が見えます。
そんな僕でしたが、愛する存在がいました。僕の、持ち主だった少女です。
彼女の、……名は、何と言ったか。今ではいまいち思い出せないのだけど。
彼女は無垢。ゆえに周りの大人に諂うしか出来ずに。
僕に八つ当たりをするしか己を癒す方法を知らずに。
それでも、僕は彼女を決して怨んだりはしませんでした。今も愛してさえいます。
たとえ名前も、顔すらも思い出せなくとも。
ある日、そう、愛しい彼女の名前は忘れてもあの日だけは今でも鮮明。あの日、彼女は義理の母親に叱られ実の父親にも庇ってもらえず義姉には無視され異母弟にまで嗤われてしまいました。
唯一慰めてくれる異母兄は、その日写真を撮りにご学友と旅に出てしまわれておられなかった。だから、誰も彼女の想いを受け止めて開放してやれる方が一人もいなかったのです。
彼女は、そんな劣悪な環境の中やはり私に向ける以外衝動の発散法を知りませんでした。
いつものように裁ち鋏を握り。私目掛けて刃を振り下ろし。それは鬼気迫り、緊迫し、非常に非情に恐ろしい光景です。こんな私でさえ目を背けたい程。当の惨事の標的ですから、それは叶いはしませんけれど。
ほぼ日々の営みにも等しい作業となってしまいました。私に逆らう術は無く、それにどんなに恐怖に竦もうと、悲しみを怒りを怨みを妬みを嫉みを寂しさを憎しみを、逃がす宛の無いそんなこの手段を、避ける気など起きやしません。
避けず、受け止めよう。そう僕は思っていて。
なのに。
“あの日”は、いつもと違ってしまった。
彼女が鋏を突き立てたのはすでに螺子が見え隠れを繰り返す腹の中。刺された衝撃で螺子が一つ吹き飛んで。その螺子は合わせ部分が尖っていたんです。
螺子は鋏に弾かれた力をままに飛び出し─────彼女の目に吸い込まれるように。
……。あとは言わずとも語るに落ちたでしょう。
私は一人になってしまいました。醜く変形した揚げ句、ろくに動けず、ましてや彼女に怪我をさせた私など廃棄されて当然なのです。
けど、やっぱり怨んだり怒ったり、それも憎んだりなんて出来ようも有りません。
私は今でも彼女が愛しい。
私は彼女の名も顔も思い出せないけれど。それでも愛しいのです。
それと、憶えていることが一つだけ在ります。
彼女の、涙と嗚咽です。虐げられていた彼女と、一番多く接した事象だからでしょうか。
それだけは、今でも、名も顔も思い出せない今でもしっかりと。あの日の鮮明さと共に脳裏に映せてしまうのです。
ああ、この《世界》は終わりを告げるでしょう。
[夢]が終わるのですから。
自身が死ぬかもしれないのに、私はいささか呑気かもしれません。
こうやって過去を振り返れるのだから。
《世界》が終わり自己が潰えようとも、おかしいでしょうか?
私がこんなときでも思い描くのは、名も顔も出てきやしない少女。
その少女への、いとしさとかなしさだけなのです。
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