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幸せの記憶  作者: ふうこ
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赤ん坊

雪の降る寒い夜、一人雪で白くなりながら道を歩く女性の姿。

彼女の名は麻倉雫。

雫の歩く姿には力が無く、すぐにでも死んでしまいそうなほどに見える。人気のない路地、道には街灯が所々に設置してあるだけ。

履いているスカートやタイツも雪で濡れ、体の芯まで冷え切っていくのが雫には分かっていた。

雫は足をふと止める、軽く振り返り華やかに光り輝く都心を見つめた。

私もあの光の下で幸せの絶頂の中にいたのにと、心の中でつぶやいていた。

また振り返り、足取り重く路地を歩いてゆく。

雫は自宅へと帰るわけでもなく、ただ行く当ても無くさまよっていた。どれほど長く、遠く歩いていたのか?

気がつくと辺りは白み始め朝を迎えていた。

冬の雨の降る寒い夜を一晩中歩いていた雫、体は冷え切り歩く気力さえ失っている。

このまま死んでしまうのだろうか?それならそれでも構わない、喪失感を感じる腹部をさすりながら考えていた。

虚ろな瞳の視線、おぼろげに見える景色。

都会とはいっても郊外、しかも早朝。

街を歩く人もなく、このまま寝てしまえば楽に死ねるだろうかと考えている。

太陽がビルの隙間から顔を覗かせる。

いつの間にか雨はやみ、太陽が雲の間から顔を覗かせていた。

雫は日が射して自分が今何処にいるのかに気付いた、それはビルの駐車場の入り口。

彼女は無意識の内に、雨をしのげる場所へと移動していたのだ。また別の場所へと重い体を起こす。

冷え切った体でどれくらい動けるのだろうかと、意識の奥の方で考えていた。

雫がいざ出発しようとしたときだった。


「ぼぎゃぁ……」


駐車場の奥から聞こえてきた赤ん坊の声。

雫は気のせいだ、こんな場所に赤ちゃんがいるわけ無い……

そう考え振り向かずに行こうとしたが。


「あーい」


気のせいじゃない!今度は雫の耳にはっきりと声が聞こえてきた。

何でここに赤ちゃんがと今度は振り返る。振り返ると地下へと続く駐車場の入り口。

赤ちゃんの声は確かにその中から聞こえてくる。雫は死を意識していたことも忘れ、奥から聞こえてくる声に緊張していた。

だんだんと声が雫に近くなっている。

地下の闇に目を凝らし見つめる。

その視線の先、闇の中から謎の声の主が姿を表した。

雫が見つめる先には、生後半年程度の子供が、ハイハイをしながら雫に近づいているのだ。

真冬の寒い中赤ちゃんは、薄いピンクの肌着とオムツを付けているだけの格好。

雫は思わず赤ちゃんに駆け寄り、その子を腕の中に抱き締めていた。赤ちゃんを抱き上げるとほのかに温もりが伝わってくる。

雫はそっと赤ちゃんの顔を見つめる、その顔は無垢で何も見返りを求めることのない天使の笑顔が。

気がつくと、雫の頬に暖かな涙がつたっていた。先程まで死んでも構わないと思っていた。

しかし、その赤ちゃんを抱いた瞬間そんな事などどうでもよくなっていた。


「ほぎゃあ……」


赤ちゃんが軽く鳴き声を上げる、すると赤ちゃんをそのまま抱きしめ、気がつくと街中を走り出していた。彼女は無我夢中で走り続けていた、走りながらいろいろなことを考え続ける。

これって誘拐?

何で私走ってるの?

今からどこに行くんだっけ?

だが考えがまとまらない。

けれど、ある程度走り続け息があがり立ち止まる。

息を整え頭が多少冷静になると、急に血の気が引いていくのがわかった。


「……私……なんてことを……?」


冷静になり、自分のしでかしたことの重大さを理解する。


「この子を帰してこなきゃ!」


雫は振り返り、元いた場所へと引き返そうとしたが。


「オギャ……」


また赤ちゃんが軽く鳴き声を上げる。

直後、雫の意識は遠くなりそのまま意識は途絶えてしまった。




雫は夢を見ていた。

それは彼女の幸せがガラスのように崩れ落ちたときの夢。

雫はとある病院の病室に寝ていた、その病室は産婦人科。

彼女の側には、彼女を支えるように励ます男性の姿がある。

彼は彼女の手を握りしめていた。

夢は場面を変え、男性と共に医者のいる診察室へと移る。

その診察室は重苦しい空気だった、雫の顔は涙でくしゃくしゃとなり、男性も顔を下に向け目には涙を溜める。

医者もそんな二人を直視する事は出来なかった。「……まことに残念ですが、お子さんは先程……」


「……そんな……まだ、あの子は泣いてすらいないんですよ!?」


「……残念です……」


「……そんな……雫は子供が二度と産めなくなることを覚悟して、出産したんだ……なのに……」


男性はその場に力無く座り込んだ。


再び場面が移り、先程の病室へ。


「……ねぇ……私達の子供……は?」


雫の頭はパニックとなり、子供が死産したという現実を見ないようにしていた。

側にいる自分の夫に、産んだはずの子供を訪ねる。


「……ねぇ……あの子に母乳飲ませてあげないと……」


夫の腕にしがみつく。


「……雫っ……」


夫には力無く子供を求める雫を抱きしめるしかする事が出来なかった。夢は場面を変え、一年後のとあるマンションの一室。

そこは二人の家である。二人は重苦しい空気の中、テーブルの上に広げられた離婚届を見つめていた。

離婚届には二人の名前が記入され捺印もされていた。


「……どうしても別れなきゃ駄目なの?」


「……俺は今でも君を愛している……でも君は俺を見ていない……

死んだあの子と一緒にあのまま動いていない……俺はそれをどうにかしたかった……けど……

俺には力不足だったみたいだ……」


「嫌よ……別れたくない……」


「……もう……俺じゃ君の力にはなれない……

無責任だとは思う……でも俺は前に進みたいんだよ……」


「黎人……」


雫は黎人に手を伸ばそうとした、しかし黎人の視線は雫を見ることはなく、雫ものばしかけた手を途中で止めた。


「……分かったよ……元気でね……」


雫は泣きそうな顔で無理矢理笑顔を作り、激しい雨が降る寒い夜の中部屋を後にした。その後、冷たい雨の中をさまよううちに赤ちゃんと雫は出会う。

しかし、雫の夢に奇妙な現象が起こる。

夢がビデオの巻き戻しのように、逆再生されてゆく。

そして、最初のシーンへと戻り再び再生された。すると、先程の夢とは違い、内容が変わっている。

確かに、雫と黎人の二人は病室にいる。

だが、そこに重苦しい空気は何処にもなく、二人の顔も笑顔だった。

黎人の腕には何かが抱かれていた、よく見ると腕の中には赤ちゃんの姿が。

その赤ちゃんを中心に幸せの空気で包み込まれていた。




雫は幸せな夢を見て、目に涙を浮かべて目を覚ました。

頭は異様にすっきりしている。しかし、拭いがたい違和感を感じる。

まだはっきりとしない頭で周りを見渡す。

今自分が行る場所はどうやらホテルのようだと気付いた。

自分の居場所に気づいた瞬間、はっとあることを思い出す。


「由希!?」


突如名前を叫んで何かを探し出す。


「オギャア!!」


雫が探していたものは昨日の赤ちゃん。

由希を見つけると、そっとその腕に抱き上げた。


「……ごめんなさい……お母さんがどうかしてたわ……

黎人の……お父さんの所に帰ろうね」


由希にそう話しかけると、雫はホテルを後にし黎人がいるマンションへと向かったのだった。




黎人は一人後悔していた。雫に別れを切り出したことを、離婚届を書いたもののそれを役所に提出する事を躊躇っているのだ。

もう一度彼女と共に歩きたい。

そう黎人は思っているのだった。


ピンポーン……


家のインターホンがなる。黎人はリビングに設置されているモニターで、客が誰なのかを確認しようと覗くと。


「……雫!?」


そこには雫の姿が。

何故彼女が戻ってきたのかはわからない、だがこれはチャンスだ。

もう一度、彼女とやり直そう。

黎人はそう願い、ロックを外した。黎人は玄関へと急いでいた、雫に会ったらまず謝ろう。そう思い玄関のドアを開ける。

ドアを開けると、昨日家を出て行った時の服装と同じ格好の雫が立っていた。

黎人は思わず彼女を抱きしめる。


「雫、すまなかった……もう一度、二人で生きていきたいんだ……

やはりお前がいないと俺は……」


「……ううん、私も悪かったのよ……

この子のことで感情的になりすぎたみたい」


黎人は今の雫の言葉に異様な違和感を感じた。


「……この子?」


「そうよ、由希のことになると必要以上に熱くなるみたい……」


黎人は自分の目を疑った。雫の腕に抱かれている見知らぬ赤ん坊。

由希とは死んだ子供に付けた名前、二人の子供は死んだのだ。


「……雫……この子は誰の子だ?」


「何言ってるの?冗談のつもり?」黎人は雫の両肩を掴み、問いただす。


「まさかお前……この子さらってきたのか!?」


「それ以上タチの悪い冗談言ったら私も怒るわよ?」


雫が壊れてしまったのか?黎人は一瞬そう思ってしまった。

しかし、彼女の目は真剣そのもの。現実逃避しているような眼ではない。

「黎人?」


「雫……良く聞いてくれ……俺達の子供は……由希は……」


黎人が真実を雫に告げようとしたとき、雫の腕の中で眠っていた由希が目を覚ます。


「オギャ……」


寝起きざまに鳴き声をあげ、再び眠りについた。

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