クエスト49・猫妖精の受難
今回は、最初っからクライマックスの導入です。
Player-愛美
「・・・っけ!」
クソ面白くない。
ついさっき、また北欧神話領との領地争奪戦があった。私はこの日を待ちに待っていて開始の5時間前、つまり朝の5時にはすでに集合場所にいて、念には念を重ね、その一時間前にはウォーミングアップのために神級のモンスターを一匹狩っておいた。
準備は万全で、一番前で意気揚々と待っていたが、領地争奪戦が始まってもあいつは現れなかった。
とりあえず、その場に居合わせた戦乙女に話を聞いてみた。
「『スレイプニル』?あー、ごめんねー。今日はいないんだよね。俺は今日も来ないって聞誘ったんだけどねー」
一気にしらけた。
「クーフーリン様?どうかされました?え?つまらないから帰る?そ、そんな、待ってください!・・・『スレイプニル』がいない?・・・これだからあのスピード狂の脳味噌スピードメーターでできている変態野郎は・・・次会ったときは凍死させてから感電死させ、塵も残さず焼消す・・・」
モリガンが途中からこっちを無視して何かをぶつぶつとつぶやき始めたので、勝手にぬけてきた。
つまり何が言いたいのかというと、私は今、かなり不機嫌であるということだ。
『魔槍・ゲイボルグ』を肩に担ぎ、この鬱憤を晴らすべく領地に戻ろうとしたが、鬱憤を晴らすのによさそうな神級を狩ってしまったのを思い出してさらに気分が悪くなる。
他の神話領にはよさげなやつがいるが、他にまで行って狩場を荒らさない程度の分別はある。
もしも私のように鬱憤を晴らすために神級を狩っている奴が出てきたら申し訳ない。
ならば、神がたくさんいて、かつすぐに行けるような場所は・・・。
「・・・仕方ねぇ、無所属領に行くか」
Player-ロゼ
「よし、これで揃ったぁー!!」
私はアイテムインベントリの中の素材をチェックし終え、伸びをしながら言う。
「本当ですか!?」
「ようやくか。お疲れさん」
ミサとカイがまるで自分のことのように喜び、労いの言葉をかけてくれた。
ついさっきまで、私はカイとミサでパーティーを組み、目的の素材をドロップするモンスターを狩りに行っていた。そこで『祈りの剣』を魔改造するための最後の素材が手に入り、あとは知り合いの刀鍛冶に持っていけば作ってくれる手はずになっている。
いやぁ、でも本当に長かったわ。でも、なんでこんなレア素材ばっかり必要なのかしら?正直、北欧神話領の領地争奪戦騒動に巻き込まれていなかったら集めきれていなかったと思う。
そんなことを考えていると、近くから多くの人の歓声が上がった。
それと同時に、私たちの頭上を見慣れた二つの影が風のように通り過ぎる。
「・・・お、今回は結構続いているんだな」
カイはそういうと、PVPの観戦用表示枠を私たちにも見えるように表示させる。
そこにはいつものごとく、アホみたいな速さで追いかけっこを繰り広げるミッドとイース&タマ。そして司会者っぽいプレイヤーが興奮したような口調で観戦者たちを煽っている。
「毎回毎回、飽きないわね」
「もう、一種の恒例行事みたいなものですからね」
ミサが私のつぶやきに、困ったような笑みで答える。
そしてレースは佳境に入り、徐々にイースはミッドから離されている。これはまたミッドの勝ちかと、思った瞬間、カイの表示しているウィンドウがけたたましいサイレンのような音を響かせている。そして画面に赤い文字で『CAMES A NEW CHARENGER!』という単語が画面を流れる。
ごくまれにだが、このミッドVSイース&タマのバトロワPVPに乱入してくるやつはいる。そのほとんどが他の神話領から来たプレイヤー達で、こうなったときは有志でこのレースを開いている連中が止めに行っている。そこで話を聞き入れてくれれば詫びに幾ばくかのネルを与え、聞き入れない場合は強制的に排除を行う。
そして今回はどうも後者だったようだ。誰かが乱入者に出会って撃退されてしまったために、表示枠の隅にプレイヤー名の横に『DESTROYED』という文字が。
そしてバトロワPVPの仕様で撃破したプレイヤーが映される。そこにいたのは、ポニーテールに銀色の槍を肩に担いだ、可愛い系美少女。ただし、私たちは知っている、彼女は重度の戦闘狂であるということを。
「「「愛美さん!?」」」
Player-ミッド
なんか、イースを相手にいつもの強制レースをしていたら、にわかに騒がしくなってきた。
一体どういうことかと、その方向を向く。
「やっぱお前か、『スレイプニル』ゥゥゥウウウウ!!」
死ぬほど後悔した。
「なんでお前がいるのぉぉぉおおおお!?」
俺の、魂の叫びだった。
目の前にいるのは、割と最近戦った『魔槍の英雄』の愛美。マイナス方向にものすごいギャップのある可愛い系美少女だ。愛美は愛用の『銀槍・ロンギヌス』を俺に何の躊躇いもなく突き出す。俺はとっさにカタールのカードを握りつぶして装備。槍を横に受け流し、愛美の美少女フェイスと急接近。
キスでもするんじゃないかという距離だが、誰もそうは思わないだろう。なぜなら・・・。
「くははっ!それが、てめーの素顔か?案外普通だな!!」
歯を剥き出しにして獰猛に笑い、殺気をぶつけてくるからな。
だが、なぜお前も俺に殺気をぶつけてくるんだ、イース?頼むから助けてくれ。
俺は足の裏で思い切り愛美を蹴り飛ばす。愛美もまるで俺がそうするのをわかっていたかのように自分から後ろに飛んだ。それと同時にカードを取り出して握りつぶす。
ロンギヌスがなくなり、代わりに別の槍が現れる。もしかしなくても、『魔槍・ゲイボルグ』だ。
「今日はホンットーについてねぇと思っていたが、そうでもなかったらしいな。いやぁ、最初に集合五時間前に領地争奪戦に行ったのに、始まったら今日は来ないって戦乙女が言うじゃねぇか」
そうだ。今日って実は領地争奪戦じゃん!?
「お前、なんで出ないの!?自分のとこ負けてもいいの!?」
「・・・別に?」
ですよねー。
こいつは、主に自分がよければ、そして暴れられれば基本的に負け戦だろうが勝ち戦だろうが、なんでも出る。一番重要なのは、自分が楽しめるか否か。それだけだ。
「つか、お前集合5時間前とかアホか!?朝の5時起き!?」
「お前、馬鹿だな」
愛美が呆れたような声で俺に話す。
あ、そうだよんな。いくら戦闘狂でもそんな・・・。
「午前3時起きだ!!」
「バカじゃねぇの、お前!?」
まだ深夜だぞ!?
愛美はそんな俺の言葉が気に入らなかったのか、どこか拗ねたような表情でそっぽ向く。
「だって、またお前と戦えると思うと楽しみで・・・」
不覚にも可愛いと思い、心臓がドキンと跳ねた。
「・・・浮気は、許さない」
「何が浮気だよ!?」
イースがいつものごとく、俺に向けて鎖を叩き付けようとしていた。
・・・あれ?これって俗にいう『前門の戦闘狂、後門のドS』ってやつか?
ダメだ。勝つことはおろか、逃げられる気がしない。
「というか、バトロワPVPなのに、なんでお前らは戦わずに、走り回ってる?」
愛美が首を傾げて聞いてくる。
こいつの中身はともかく、動作の一つ一つが妙に可愛らしい。だが俺はこいつから一刻も早く逃げたい。生命の危機を感じる。そんな俺を尻目にイースが愛美に恨みがましい視線ともに自分たちがどういったことをしているのかを説明する。
イースは言外に、『邪魔しやがってこの野郎。どう落とし前をつけてくれる』と言ってる。だが、戦闘以外はどうしようもない馬鹿の愛美は一つうなずくと、確認をとる。
「つまり、『スレイプニル』を捕まえたら、こいつはなんでもいうことを聞くと?」
「ばか、な!?」
こいつに、そんなことを理解できる脳味噌はなかったはずだ。
そんな俺をあざ笑うかのように、愛美は口の端を釣り上げて、可愛い見た目からは想像ができない獰猛な笑みを浮かべる。
「なら、この私も参加させて貰おう!」
愛美はそう言うと、手に持ったゲイボルグを振りかぶる。
俺はEXスキル≪ゲイ・ボルグ≫を使わないことに違和感を感じたが、それ以上に何かを忘れているような気がしてならない。
≪ゲイ・ボルグ≫はこのゲームでは足を使った特殊な投擲スキルになっている。つまり、手で投げたところで意味は・・・。そういえば、槍のゲイボルグは投げたら三十の鏃になって飛ぶって逸話があったな。このゲームでは反映されていなかったみたい―――。
「喰らいな!」
―――目の前で起こったことをありのままに話そう。
ゲイボルグという、白い銛が突然影分身みたく増えて俺に襲い掛かってくるんだ。
「できたのかよ!?」
「タマ!」
イースが跨っているタマに命令し、咆哮を使う。
タマの主属性が氷なのか、こいつの咆哮は氷の息吹だ。その氷の息吹で壁を作り出し、簡易的な防御態勢をとる。だが、愛美がたったこれだけで終わるはずがない。そしてそれに答えるかのように頭上に影が差す。そこには、拳を振りかぶった愛美がいた。もしかしなくても、あの時に見せた封神演義系の格闘スキル・・・!しかも、俺の背中を氷の壁に向けるような位置取り。これでは、動きが制限されてしまう。この異様な戦闘センス。まさに戦いの申し子としか言いようがない。
「お前、なんで攻撃してくるんだよ!?」
「あ?これって要するに『狩り』だろ?お前を仕留めたら勝ちの」
「違う!どっちかと言うと鬼ごっこだ!!」
「なら、鬼退治だな!!」
おかしい。俺の知っている鬼ごっこは鬼から逃げないとダメな遊びだったはずだ。
だが、愛美はそんなことは構わずに俺に踏み込む。俺はそこでしゃがむと、左足を軸に右足で愛美の足を払う。だが、愛美は地面をダンと踏みしめると、拳を突き出す。
≪震脚≫からの≪砲拳≫。封神演義領の奴らがよく使う、基本的な技。
≪震脚≫は極近距離の敵に対し、一瞬だけスタンの効果を与え、自分の次の拳系の攻撃力を増強するスキル。≪砲拳≫は中段突きだが、クリティカルに補正のかかるスキル。封神演義領のスキルにしてみると、これら格闘系スキルは威力よりもコンボの方に重点が置かれており、ロゼっぽい攻撃方法を得意としている。
しかもこの愛美に限って言えば、攻撃方法が一撃必殺か手数によって攻めるかと変わってくるので、俺にとって非常に戦いづらい。
俺の足払いも不発に終わり、さぁ後がない。ちなみにイースはというと、完全に俺達のバトルから置いてけぼりを食らっていた。いや、なんかやたらと視線が鋭いので、もしかすると漁夫の利を狙っているのかもしれない。要するに頼れない。
ならば、最終手段だ。
「コマンド・スロットB!」
音声によるシステム操作で俺のスキルスロットをAからBに変える。
俺のスキルの大半はPスキルで埋め尽くされており、Pスキルは例外を除き、スキルスロットにセットされていないとその力を発揮しない。そのため、俺はいくつかのスキルスロットを用途別に構成をバラバラにしてある。
ちなみに、普段からよく使っているのが『レンジャー』のようなPスキルが多いスロットAを使っている。具体的には『気配察知』や『地図作成』、『猫目』などのダンジョン攻略時に役に立つスキルだ。
そして今回選んだのは汎用PKKスキルスロット。主に『領地争奪戦』などで使っていたスキルたちだ。
「≪迷い猫≫!≪猫まっしぐら≫!」
この二つのスキルは≪猫目≫からの派生スキル。実は結構なレアEXスキルだったりする。
≪迷い猫≫は、能動型の隠形スキルだ。どんな状況であろうと、発動した瞬間に、俺の姿は相手の視界から消え、発動から三秒後かこちらから攻撃をされる、相手の攻撃を食らうかしない限り解除されない。
≪猫まっしぐら≫はSPD強化のバフ系スキル。そしてこれらの『猫』系スキルだが、実はPスキルとしてお互いのスキル効果を高めあうというものがる。
心の底から、≪猫目≫をはじめとする、このスキルたちの熟練度を上げておいてよかったと思った。
「っ!?」
愛美は自分の目の前から突然姿を消した俺を見失い、驚きの表情を浮かべるが、それに構わず拳を突き出してくる。もちろん、そこは俺が消える前までいたところ。ただ姿か消えただけなら、ここでボーっとしてしまえば意味はない。それに、俺の一番の持ち味は、この常軌を逸したスピードにある。
≪猫まっしぐら≫と、俺の元々のスピードにものを言わせ、その場から急いで離れる。数瞬ののち、俺の背後からガシャンという何かが壊れる音が聞こえた。おそらく、愛美が氷の壁をぶん殴ったのだろうと背後を見る。
だが、実際にはそれ以上だった。
愛美は氷の壁を破壊するだけには飽き足らず、向こう側の自分の槍を回収していた。そしてそのまま反転し、スキル発動のエフェクトが散る。光を身にまとい、槍を構えて俺に突進してきた。
「槍の突進系スキルか!」
それならばと、俺は槍をいつものように受け流し、そのまま接近して≪スレイプニル≫をぶち込む・・・!
「≪スレイ―――≫」
「≪ゲイ・ボルグ≫!!」
俺よりも、愛美が己の必殺スキルを発動させる。
愛美はその手から槍を離し、そのまま石突を蹴り上げる。このポジションでは槍は普通なら見当違いの方向へと吹っ飛んで行ってしまう。だが、これは≪ゲイ・ボルグ≫。必中の投擲スキルだ。
非常にもったいないが、≪スレイプニル≫を中止し、後ろに振り向く。そこには、あり得ない軌跡を描いて俺の心臓に突き刺さろうとする『ゲイボルグ』。・・・これはひどい。
ここでゲイボルグを確実に止めたところで、これ以上愛美に隙を作っても仕方がない。最小限で弾き、そのままの勢いで愛美を倒せばいい。俺はすぐさま実行に移す。
右手のカタールでゲイボルグを弾き、そのまま半回転して愛美に一閃。
・・・しようとしたところで、俺の右に人影が現れる。言うまでもなく、愛美だ。やつは俺が弾いた槍を強引に掴み取り、やつ自身も俺同様に半回転して、下から掬い上げるようにして槍で斬りつけてくる。
槍とカタールで鍔迫り合い、示し合わせたように俺達は思い切りバックステップを踏む。
「・・・お前、本当に人間か?」
「ははっ!楽しいなぁ、『スレイプニル』!」
聞いちゃいなかった。
そして俺は割と命がけで、楽しくないことを伝えたかったが、おそらく向こうは聞き入れてくれないだろう。外野が何やらうるさいが、今はそれすら煩わしい。一瞬でも気を取られれば、こいつにやられる。
「おい、お前まだまだいけるだろ?もっと本気出してくれよ!最強の、『神殺し』なんだろ!!」
「いやだ、この野郎」
つか、無理だろ。だって、愛美は『神』じゃないし。実は俺が持つPスキル『神殺し』は、神様以外に使うとむしろ弱体化してしまう。だから、俺はかなり軽い気持ちでそう答えた。
だが、向こうの反応は劇的だった。ピシリと、音が立ちそうなぐらい動きが凍てついた。そして、いつもの獰猛な笑みで俺に言葉をかける。
「おいおい、冗談いうなって。面白くねーだろ!?」
「こっちは最初から面白くなかったけどな」
「う、嘘だよな・・・?」
なぜか、ものすごく不安そうな。そして泣き出しそうな子どもの表情で俺に言う。
・・・もしかして?
「・・・俺、次以降のお前の攻撃は絶対に避けない」
そう言いながら、俺は武器の装備を外し、愛美の目の前で仁王立ちになる。
俺のそんな行動にイースは呆然とし、愛美はなぜか顔を青くして、ぶるぶると震え始める。
「お、おい、そんなこと言っていいのか?やるぞ?全力でぶっさすぞ?串刺しにするぞ?猫の丸焼きにするぞ?」
「・・・やれよ」
「・・・ふ、ふん!ど、どうせハッタリだろ!?や、やるぞ?行くぞ?むしろ逝かせるぞ!?」
その言葉と同時に、愛美が俺に向かって駆け出す。
スキルも何も発動せず、ただまっすぐに、愚直に。その光景に近くで息を飲む声が聞こえ、次の瞬間に俺は串刺しになる・・・その時、愛美が槍を寸止めした。
「な、なんでだよ~・・・」
なんか、マジ泣きしてた。
「むしろこっちがなんで!?」
「戦えよ~!ばとる~!」
なんか、女の子すわりして駄々をこね始めた。
どうしようかと、おろおろと愛美に近づく。すると、愛美が近寄ってきた俺の襟元を掴み、がくがくとゆすり始めた。
「なんで戦わないんだよ~!!」
「揺らすな戦闘狂!」
まぁ、おそらく・・・。こいつもイース同様に、良くも悪くも己の信念に基づいて行動しているのだろう。そして、今回のように自分が気に入ったやつにアホな断られ方をされたことがないんだろう。だってコイツが戦うのって、だいたい『守護神』の神名持ちだし。
そんなことを考えていると、今度は腕を掴まれた。
何事かとその方向を見れば、そこにはポーカーフェイスのイース。
・・・なぜだろう、ポーカーフェイスなのに、怒っているような、それでいて今にも泣きそうな雰囲気がビンビン伝わってくる。
「・・・なんで、わざと攻撃を受けようとしたの?」
「はい?いや、特に理由は・・・」
「楽しくないじゃんか~!」
「お前は黙っていろ!」
「そうよ。戦闘狂は黙っていて。・・・こっちの話が重要だから」
そういって、イースが俺の右腕をぐいっと引っ張る。
「お前こそ、後回しにしろ!私は、一刻も早く戦いたい!!」
そういって、愛美が俺の左腕をぐいっと引っ張る。
明らかに、シチュエーション的には女子二人が俺を取り合ってる図なのに、なんで俺はこんなにも嬉しくないんだろう?
・・・イヤー。本当ニ不思議ダナー。
「ついに、決着だと!?あの、音速馬鹿がついに、負けたぁーッ!!」
俺が現実逃避していると、突然そんな大声が聞こえた。
三人でその方向を見れば、そこにはレフェリー風の装備に身を包んだ男のプレイヤー。確か、この観戦方法を思いついた『シンパ』さんだ。
でも、何言ってんだこの人?
「俺、負けたって、何が?」
「何を言うか」
シンパさんが呆れた表情で、端的にいう。
「恒例の競争。そして両手を見ろ」
キョウソウ?
リョウテ?
俺は言われた通り、両手を見る。そこには、イースと愛美によって引っ張り合いされている・・・引っ張り合い?
よく考えてみよう。引っ張るという行為は、基本的に手を必要とする行為だ。手で掴んで、腕を己の方に引っ張るか、足と腰を使い、体を後ろに持っていくことで可能となる行為だ。そして今の俺は引っ張られている。つまりだ。引っ張るためには先にも述べたように俺の身体を掴む必要があるわけで・・・。
「「「・・・あ」」」
俺、初めて勝負で捕まりました。
「イースさん!初めて、この音速馬鹿を捕まえることができましたが、感想は!?」
なんか、わらわらと集まってきたプレイヤー達にインタビューのようなことをされていた。
「・・・まことに、遺憾です」
お前は政治家かと、突っ込みたくなった。
「では初参加の愛美さん、ご感想は?」
「納得がいかない」
元に戻った愛美が、憮然とした表情でそう答える。
「では、最後に音速馬鹿。・・・ねぇ、今どんな気持ち?ねぇ?」
「ケンカ売ってんのか!?」
無茶苦茶むかついた。
だが、目の前のインタビュアーもどきのプレイヤー達は、ニヤニヤと笑ったまま、女子二人に向き直って質問を続ける。
「では、勝負のルールでこの『音速馬鹿になんでも命令できる権利』を獲得したわけですが、どんな命令をするつもりで?」
あれ?お願い聞いてじゃなかったっけ?
・・・いや、実質的にはあんまり変わらないか。ただ、ソフトなのがいいなー。
「「無効で」」
だが、二人の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「え?いいんですか?こいつ、一応は無様に負けたんですよ?」
「言い方にカチンと来るのがあるけど、確かにそうなんだよな。約束だし、守るぞ?」
「っけ!面白くねぇ。・・・あんなん、事故みたいなもんだ」
「・・・以下同文」
「つか、仕切り直ししようぜ!さぁ、さっさと構えな!」
「やらん。強引に迫れば一生お前とはPVPをしない」
槍を突きつけてきた愛美に対し、俺はバッサリと切り捨てる。
すると、愛美は槍を手からすべり落とし、固まる。
・・・うん。なんかこいつの扱い方がわかってきた。
「なら、さっきの命令権使えばいいのでは?」
あ、お前いらんことを!!
愛美はその言葉にぱぁーっと花咲くような笑顔を浮かべる。
「いや、だが私が許せない・・・。それに使うにしても、私の勘がここではないと囁いている・・・」
え、なにそれ怖い。
「・・・じゃ、保留でいいんじゃ?」
またいらんことを!
俺の目の前で勝手に話が決められていく。
そして結果としては、あんまり乗り気ではなかったが、二人は俺に対しての『命令権』を保留にし、ちゃんとした形で決着がついたときに使うということになった。
そして、これはどうでもいいことだが・・・。
「おい、スレイプニル。戦おうぜ!!」
「やってもいいが、俺は突っ立ってるだけだぞ?」
「・・・」
『猛獣使い(笑)』という通り名ができたとかなんとか。