クエスト44・猫妖精の苦悩
Player-ミッド
アレから、さほど時間は経っていない。
へな子は、持ち前のポジティブシンキングで今のアレになっている。
だが、俺にはそれがどうしてもから元気にしか見えない。事実、あいつらを世界樹に連れてきてから、あいつらが外に出たことが一回もない。
「・・・どうしたもんかな」
「でも、シヴァが何であんな所に?それに、あの攻撃・・・」
師匠がそう尋ねる。
・・・俺にはあまり仏教系の神話には詳しくないけど・・・。
「確か、シヴァは『破壊神』。暴風の神様で、災いと豊饒の二面性を持っている。だけど、バグったあいつはその『災い』の部分だけが・・・」
「・・・まさか、二体もいたなんてね」
アレは、誤算だった。
あのモンスター達に常識を求めちゃいけないことぐらい、自分が一番よくわかっていたはずなのに。
「・・・ミッド君は、よくやったよ」
「だと、いいけど」
「(ミッドさーん)」
そんな文字と共に背中に衝撃。
おんぶしてもらう体制でへな子が抱きついてきた。
「・・・とりあえず、降りてくれね?」
「(暇だから中二的(以下省略))」
こいつ、日に日にタイピングの速度が上がっている。
そんな心の中の突っ込みを仕舞って、へな子に幼子を相手にする調子で言う。
「へな子ちゃん、良い子はそろそろおねんねの時間ですよ~」
「(チャラと似たような扱い!?)」
心外だ。
あのチャラ男と同列に語られるとか。
「へな子ちゃん、ミッド君の名前は既に『スレイプニル』又は『スピカさんのお嫁さん』で決定しているんだよ!」
「決まってねぇよ!?」
「(む。お主、できる!?)」
「いや~。それほどでも~」
「誰かツッコミを頼む!」
面倒くさいのが増えた。
「んじゃ、へな子ちゃん。俺の部屋で語り合おうか!」
「(おうとも!)」
そう言って、師匠がへな子を連れて世界樹の中の自分の部屋に連れていく。
・・・まぁ、師匠は普段からふざけているが、こういうときはちゃんと空気読むからな。
「で、そこで何をこそこそしている?」
「あはは。バレてましたか」
そう言って出てきたのは、ハンゾーだった。
「・・・何か、用か?」
「アレは、なんですか?」
「ようやく聞く気になった、か?」
「・・・みんなの前で、話さない方がいいと思ったので」
まぁ、確かにそうだろう。
それに、こいつが話したそうにしているのを薄々は感じていた。だが、こいつらは互いに気を使いすぎて聞けなかったって感じだしな。
「けど、俺自身全部わかっているわけじゃない。できれば、この話は周りに流さないでくれ」
「何でですか・・・?」
「頼む」
「・・・とりあえず、話してください」
俺は、俺の知る限りのことを話した。
ベータテストでの事件のこと。そして、俺と一緒に閉じ込められたヤツのこと。そして、俺がどんな目にあったのか。
・・・ちなみにアイのことは、だいぶぼかして話した。正直、恥ずかしい話しかないからな。
「・・・何で、そんな話しを黙っていろって」
「・・・俺たちみたいなやつを、これ以上作りたくない」
「なら、むしろ知らせるべきでしょう!!」
「・・・頼む」
俺は頭を下げる。だが、その場から人の気配がなくなり、ハンゾーがどこかに行ってしまったことが分かった。
「・・・お前、何を考えている?」
「どわぁ!?トム!?おまっ!?って、アスカも!?つか、何でトムにはがいじめにされてる!?」
まぁ、答えはすぐに思い出した。
ロキのGスキル、≪かくれんぼ≫だ。このスキルを使えば、自分が攻撃をするか、解除するかしないと誰にも見つからなくなる。
「何よ、このミッドだってアホなりに考えたのに・・・!!」
「アスカ、落ち着け」
何故か無茶苦茶怒っているアスカをなだめようとする。
だが、怒りの矛先がこっちに向いただけだった。
「ミッド、何でもっと言わないの!?」
「何がだよ?」
「アンタ、あの時言ってたもんね。『ゲームは、楽しむもの』だって。だから、アイを探しに行ったんでしょ!?」
「何でそれをお前が知っている!?」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
「ダメだろ!俺のプライバシーはどこだよ!?」
「そんなものあるか!!」
暴君だった。
このツーサイドアップに眼帯の幼馴染には日本の社会の勉強をしてもらうようにしよう。
後、こいつに中世ヨーロッパの歴史は必要ない。十分に分かっている。
「・・・つまり、いらん恐怖を与えたくないってことか?」
「まぁ・・・そう、なるのか?」
トムの的確な言葉に俺は曖昧に答える。
「俺、このゲームをやりたいからしてるんだよな・・・」
「・・・だろうな。そうじゃなければ、トラウマしかないこのゲームをお前がするわけがない」
「それか、下心」
「・・・アスカ、黙っててくれ」
「やーい、エロ猫~!」
元祖面倒くさいのは、本当に面倒くさい。
ついにはトムに首根っこ掴まれて宙ぶらりんになるアスカを無視し、俺とトムで話し合う。
「だが、普通に考えてアレはまた出てくるのか?」
「逆に聞くと、次は絶対に出てこないと思うか?」
「・・・確かに、二体も出たからな。絶対とは言えん。しかし、現実問題としてはアレの情報をどうするつもりだ?噂で聞いてから対処では余計な被害しか生まない」
「それに、俺だって一人だけでできるとは思っちゃいないさ。だから、『守護神』のヤツには話す。そして、その情報をできる限り俺にくるようにする」
それに、俺一人だけでやろうとしたら、幼馴染二人がとんでもなく恐ろしい。ガチで死神が俺の命を刈り取りに来てしまう。
「そんなに都合よく話しが行くか?」
「あのバカップルに交渉すればいい」
伊邪那岐と伊邪那美は一応、俺達の上司みたいなものだ。上司から話しを聞けば、問題児だらけの守護神でも一応は話しを聞いてくれるはずだ。
問題があるとすれば・・・。
「そんな話、あいつらが信用するとも思えない」
まぁ、そこだ。
あのモンスター達の情報を事細かに伝えたところで、信用してもらえるかどうかもわからない。一応証拠になりそうな『ウィンド・ブロッサム』と『スレイプニルの指輪』を見せても、こればかりはな・・・。
だけど・・・。
「・・・・・・最悪の場合、それを解消する方法が一つだけ、博打みたいな方法がある」
「博打ってどういうことよ?」
「あのバカップルを真正面から倒す」
「無理よ!アンタみたいなヘタレ猫ができるわけがないじゃない」
「なるほどな。確かに、お前ならその可能性も・・・」
真逆のことを話し始めた二人。
それを聞いたアスカはトムに食ってかかるようにして言う。
「何でよ!?アレは実質最強の神様よ!?スピード狂なだけのミッドの手に負えないし、喧嘩なんか吹っ掛けて負けたら、ミッドはもちろんのこと、下手したらあたし達まで面倒をこうむるのよ!?」
「あぁ、そうだ。やつらからしてみれば、ミッドはただのスピード狂ってだけなんだよ」
「分かってるなら何で・・・」
俺は続くアスカの言葉を遮るようにして、結論だけを言う。
「俺は、領地争奪戦では≪スレイプニル≫を一回も使っていない。要するに、向こうからしてみれば、本当に速いだけのプレイヤーなんだよ」
俺がそう言ってやっとわかったのか、アスカはぽかーんとした間抜けな表情で俺を見る。俺はそんな状態のアスカを無視してトムに向き直る。
「それに、『本部』は一番守護神の数も多いからな。情報はそれなりに集められるはずだ」
「・・・だが、いいのか?万が一ということもあるが、それ以前にお前の手の内も晒すんだぞ?」
「それはしょうがない。まぁ、これで俺が勝てば無意味にプライドの高い伊邪那美にPVPの結果を胸の内に秘める代わり、条件をのませる」
「・・・まぁ、大丈夫だとは思うが、しっかりやれ」
「あぁ。・・・まぁ、そんなわけだから、ちょっと行ってくる」
俺はアスカに一言だけ言うと、全速力で駅に向かった。
Player-へな子
ハンゾーの機嫌が悪い。
これはすごく珍しい。機嫌が悪いことではなく、それを表に出すことが、だけど。
「ハンゾー、どうしたの?」
それを分かってか、ツンちゃんがハンゾーに尋ねる。
そして当のご本人、ハンゾーはいつもの優男風のエセ笑顔を浮かべ、へな子たちに向き直る。
「何が?」
「いやいや。ハンゾー、お前いつもよりかなり表情が表に出てたからな?」
空気の読めないチャラがストレートに言う。
そんなチャラはツンちゃんとへな子の正義の鉄拳によって壁にぶっ飛ばされていた。
「・・・そんなことはないと思うんだけどな」
「(残念ながら、へな子の灰色の脳味噌によって分かってしまったのだよ、助手君!)」
「・・・とにかく、空気を読まないチャラはアレだけど、私もそう思った。・・・か、勘違いしないでよね!別に、アンタが心配だったわけじゃないの!」
「・・・あぁ、思い出したようにツンデレを無理やりに入れないでくれ」
ハンゾーはそう言いながらも、何かをあきらめたような表情でへな子たちに向き直って話してくれた。
「・・・まぁ、そんなことを話してたんだ」
「・・・」
「(・・・)」
「いや、わざわざタイピングしなくてもいいって」
律儀にもハンゾーは突っ込んでくれた。
だけど、まさかミッドさんも同じ目に遭っていたなんて・・・。しかも、それが北欧神話でも主神のオーディンを噛み殺したっていう怪物。
「(・・・何で、このゲームを続けているのかな?)」
「わからない。けど、意図的に何かを隠している気はした」
「右腕を食い千切られても、やり続ける理由?」
「(・・・いい人そうに見えたのに、何で隠蔽なんてしようとしたのかな?)」
「分からない。・・・本当に、何も分からないな。けど、アレには納得できない。あんなバケモノ、全員で協力して倒した方がいいに決まっている」
ハンゾーの言葉に、へな子たちはうつむくことしかできなかった。
確かにハンゾーの言う通りかもしれないけど・・・。
「でも、怖いわね。それに、たかがゲームであんな痛みを受けるのも嫌よ。たぶん、へな子も同じじゃない?」
そう、どうしようもなく怖い。
もしも、今ここにモンスターが現れたら、へな子はちゃんと戦えるのかわからない。ううん、たぶん無理。
あの時の痛みがよみがえったかのような錯覚に陥って、思わずお腹のあたりをさする。
「それに、無所属領の神級は、他の神話領のモノよりも弱めに設定されてるみたいなのよ?だから、あの一般プレイヤーのミッドさんでも対処できたんでしょう?」
実は、そうらしい。
無所属領はどの神話領よりも多くのダンジョンがある。そしてもちろん神級の神様も。ただし、そのほとんどが『神の試練』のクエストが発生しないみたいだ。
それに、何故か神級が童話系だし。
「だから、無所属領に次いで神級の多い日本神話領の、それも『八岐大蛇』があんな状況になったらどうするの?」
「・・・」
その言葉に、ハンゾーは何も言えなくなった。
ハンゾーは、元々が日本神話領の出身だから分かっているんだと思う。『八岐大蛇』、それは今現在所在が判明している神級モンスターで、最も巨大かつ強力であるとされているモンスター。
もしもあんなのが、強くなったうえに痛みまで感じるなんてことになったら・・・。
「知らない方が、いいわよ。少なくとも、大混乱を巻き起こすわ」
「・・・ココで、その為の『守護神』だろって言いたいところだけどな」
「(守護神だって、ただのプレイヤー。こんな貧乏くじを引きたがる人なんていない)」
その本質はへな子たちと変わらない、ただゲームがしたくてやっているだけのゲーマーに変わりない。
何で、へな子たちがこんな面倒な目に遭わなくちゃいけないんだろう、そう思っていると、さっきまで壁で『生まれてきてごめんなさい』とか言っていじけていたチャラが跳ね起きる。
「おい、俺のフレンドの一人からメール来たんだけど・・・」
「(え?チャラって友達いたの!?)」
「・・・」
またまたチャラが壁に向かって『の』の字を書き始めた。
「チャラ、メールがどうかしたのか?」
「また、例のモンスターが北欧神話領に出たらしい。しかも、神級らしいぞ・・・」
また、神級のモンスター。
その言葉を聞いただけで、へな子の体はどうしようもない恐怖で、震えた。