クエスト43・届かない声
Player-ミッド
「何で、こうなっている・・・」
「ミッド君、コレ可愛くない?」
「無視かよ!?」
何故か師匠とデートまがいの行為、と言うか荷物持ち的なことにさせられていた。それ以前に、このゲームでのアイテム類はアイテムインベントリへと向かうので荷物持ちの意味が分からない。
「まぁまぁ。トム君が情報を集めてくるのに時間がいるからその間くらいいいじゃんいいじゃん」
「なら俺達もやろうって方向にはいかないのか?」
「あ、この装備いい感じだね!」
「無視かよ!?」
こんなやり取りが何回か続いた。
あっちへふらふら、こっちへふらふらと言う表現を体現したかのような師匠の浮かれ具合に俺がその後ろをついて行ってると、ふと視界の隅に珍しいモノを見つけた。
「・・・あれ?ミッド君どうしたの?」
「・・・いや、このNPCが珍しいなと思って」
『何か用かにゃ?』
・・・語尾がそれってどうだと思いつつ、俺は視線をそのNPCに戻す。そこにいたのは猫妖精の幼女NPCがショップを開いていた。しかも露天商。
北欧神話では確かによく見かけるが、この無所属領ではほとんど見たことがない。実際、さっきから師匠と見て回ったが北欧神話系はいいとこエルフぐらいだった。
とりあえず話しのネタにでもとこのショップを見てみる。どうやらアクセサリーの類の店らしく、『猫耳』とか『猫の尻尾』とか明らかに変な層向けの装備がそろっている。
「・・・正直、いらない」
「え?いらないの?」
「何で師匠は『猫耳』買ってるんだよ!?」
『貴様、いらないじゃと!?』
「キャラが崩れているうえにNPCがキレた!?つか、ロリババアかよ!?」
俺のSAN値がガリガリ削れている。なんだ、このカオスな状況!?
『ババアじゃと!?良いだろう、表に出ろ!』
すると、突然アラームのような音が聞こえた。
まさかと思っていると、目の前に表示枠が現れる。
【猫妖精の喧嘩】
・猫妖精のロリババアに打ち勝て!
報酬・・・―――
勝手にクエストを受注された上に、ロリババアでいいのかよ!?と言うツッコミが喉から出かかったが、向こうがその瞬間に襲いかかってきた。つか、最後まで読めなかった!
相手が装備していたのは細剣。何故かそれの二刀流。それを何の躊躇もなく俺に突き立て、不意打ちを食らった俺は普通にダメージを受けた。
町の中ではバトルが禁止されているはずだが、このクエストではそれが適用されないらしい。
俺は急いでダガーを引き抜き、切りかかる。
「『時よ、止まれ』・・・!」
そう言った瞬間に、『思考加速』が発動。
俺は本気で目の前の敵に踊りかかった。
Player-スピカ
盲点だった。
「ミッド君が、猫萌えじゃなかったなんて・・・!」
「んなことどうでもいい!!」
いや、どうでもよくない。
ミッド君なら『猫耳』のアクセでもつけて誘惑すればコロリとやって、ハッピーエンドまっしぐらだと思ったのに・・・!
「またかよ」
唐突に、俺達の近くを歩いていた通りすがりの男性プレイヤーさんがそう言う。俺はその言葉に疑問を持ったのでとりあえず聞いてみることに。
「またってどういうことですか?」
「・・・あぁ、どっか別の神話領から来たのか」
そう言って納得してくれた男性プレイヤーさん――長いのでA太さんとしておこう――が親切に教えてくれる。
どうやらあのNPC、突然わけのわからない内容でキレだし、強制的にクエストをさせられる困ったNPCらしい。
「あのNPCはどれくらい強いんですか?」
「あぁ、速くてすごく面倒な敵なんですよ。・・・まぁ、彼には関係ないそうですが」
そう言いながらひきつった笑みでミッド君を見るA太さん。彼は続けて『倒せたのって本当に運が良かった程度の人達だけのはずなんですが』と言っていた。
・・・・・・よし、スルーで。
しかも、クエスト報酬ってのがこれまた微妙過ぎる性能らしい。それが明らかにあの強さと釣り合ってないとかで多くのプレイヤーは文句を言っているそうだ。
「どういうモノですか?」
「・・・いや、見ていた方が早い」
そう言って示す先には、既にHPが三分の一にまで削られた猫幼女で中身はおばあちゃんと言うキャラの濃すぎるNPC。
その人が何故かより獰猛な笑みを浮かべ始めた。
『久々にココまでの輩と出会えた。ならば、少し本気を出そう』
そう言うと、猫幼女は一気にスピードを上げた。
そして・・・。
「・・・わぁお」
これは、すごい。
その感想を言おうとしたとき、後ろから今度は聞き覚えのある声が聞こえた。
「・・・お前ら、こんな所で何をしている?」
「お、トム君。終わったの?」
「あぁ。・・・少しばかりマズいことになった。ミッド、五秒だ」
「速ぇよ!?つか、これ見ろよ絶対無理だって!」
「アレを使え。緊急事態だ犠牲者が出る前に」
その言葉で俺達は全てを理解した。
そしてミッド君は猫のロリおばあちゃんに向けて・・・。
「≪スレイプニル≫」
必殺技を放った。
たぶん、トム君の『五秒だ』という言葉から、ぴったり五秒で終わった。
Player-へな子
「なん、なの・・・これ!?」
思わず、へな子の口からそんな言葉が漏れた。
目の前には、二メートルほどの人影。華奢な体に中国風の甲冑を着こみ、手には剣を持つ神様にしては若いとさえ感じる顔立ち。足の速い神様、『韋駄天』。
「噂は、本当だったのか・・・!」
ハンゾーの漏らす声に、嫌でも現実を突きつけられた。
・・・・・・痛い。
近くには、へな子を庇って痛みに呻くツンちゃんや、こういうときだけ真剣になってカッコよく見えるチャラが、この時もその力を発揮していた。
「ハンゾー、ダメだ!逃げよう!」
「けど、こんな所まで追いかけてくるんだぞ!?」
そうだ。既にへな子たちはボス部屋から外に出ている。
ボスは総じて部屋から出ることはできない。なのに、こいつは違った。その自慢の足にモノを言わせてへな子たちを追撃してきた。
「やるしか、ないのか・・・!」
「俺が囮に―――」
チャラは、その派手な恰好からは想像がつかないほどに地味なプレイをする。
付与術士、補助向けの魔法スキルでへな子たちの支援を主にしているチャラなら、自分にSPD強化のバフをかければ、へな子たちの中で一番逃げられる可能性があると思う。だけど・・・。
「・・・また、来る!」
ツンちゃんの言葉に反応すると、韋駄天が高速でへな子たちの周りを影分身でもしているかのような残像を残しながら回り始める。
そしてこの後の展開は、その手に持つ剣を使った乱舞。
最初にこの攻撃を受けて、へな子たちはこのモンスターの異常に気付いて、逃げようとした。だけど、ダメだった。
「ツンちゃん!」
咄嗟に、無防備なツンちゃんを庇おうと覆いかぶさる。
痛みに備えて、体が縮こまるのが分かった。けど、そこで唐突に金属の放つ硬質な
音が聞こえ、へな子たちにはいつまでたってもあの痛みが来ない。
「・・・軍神の割に、攻撃力は低いんだな」
聞きなれない声に顔を上げれば、そこには猫妖精の男性プレイヤーがいた。
「まぁ、それもそうか。だってお前、戦う神じゃなくて護る神だから、なっ!!」
その人は手に持ったダガーを振り払って、相手の剣を弾く。
その攻撃で韋駄天がのけぞるけど、その人は追撃をせずにへな子たちに向き直る。
「今、俺の仲間が後ろから来ている。そいつらに合流しろ。男女一人ずつのパーティーだ」
「で、でもアレは・・・!」
「アイテムがどうのこうのなら、後でやる。痛みがどうのこうのなら、俺は二回目だから大丈夫だ。・・・まぁ」
そう言いながら、猫妖精の人は韋駄天に向かって歩いて行く。
何故かその歩いた後の足跡が肉球マークになっていて、正直ふざけているのかとも思った。だって見た目長靴の、この特徴的な装備は・・・。
「フェンリルよりマシだ」
そう言った瞬間、消えた。
比喩表現でも何でもなく、本当に。それと同時に韋駄天の近くで金属質な音が響きはじめ、そのHPが徐々に削れていく。
その光景に圧倒されていると、近くにやってきたハンゾーがへな子の肩を叩く。ハンゾーを見れば、そこには何故かぐったりとしたチャラがいた。
「こいつ、相当無茶したらしい。お前はツンを頼む」
「でも・・・」
「俺達に、できることはない」
「・・・」
そして、へな子たちは逃げた。・・・・・・それが、できればよかった。
唐突に、目の前にそれは現れた。
また、中国風の甲冑に身を包んだ、今度は三叉檄を手にしたモンスターが。 喉の奥から悲鳴が上がり、その声に反応した猫妖精の人が振り向く。
「なっ、何でシヴァが・・・!?」
その驚愕の声が聞こえたかと思うと、三叉檄が放たれ、ハンゾーのお腹に突き刺さる。
ハンゾーは突然の攻撃に呆気にとられると、今度はその痛みに絶叫を上げた。
「逃、げろ・・・!」
それでも、へな子には逃げろって言って・・・。
だけど、自分はその場から動くことができない。足が、竦んでしまっていた。そしてシヴァはそんなへな子に関係なく三叉檄をつきたてる。
足に痛みが走ったかと思えば、腕に、そしてお腹にと痛みが広がっていく。
「―――っ!」
声にならない絶叫が響く。
そして思った。・・・声が出ても、誰も助けてくれない。みんなは倒れて、へな子だけが動けた。
そして猫妖精の人も、今は韋駄天で手一杯。
だから、声なんか・・・・・・。
「てめぇ・・・!」
その声を最後に、へな子の意識は途絶えた。
「・・・ん?」
眼が覚めると、そこは見覚えのない場所だった。
「眼が、覚めたか?」
突然聞き覚えのない声が聞こえて、へな子は驚いた。
声の方を向けば、そこにはあの猫妖精の人がいた。その人は悲痛な顔でへな子に向かって頭を下げた。
「ゴメン、助けられなくて・・・」
その言葉で、嫌でもアレが現実だと思い知らされた。
言葉を発しようと口を開く。だけど、その口からは何の言葉も出てこなかった。
「・・・どうしたんだ?」
「―――!」
必死に言葉を伝えようと、猫妖精の人の腕に、掴みかかるようにして縋りついた。だけど、どうしても言葉が出てこなくて・・・。
「おい、どうしたんだ!?おい・・・!?」
猫妖精の人の言葉が、酷く遠いものに感じた。