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箱庭ゲーム  作者: 夜猫
クローズド・サーガ
40/52

クエスト38・沼に潜む、最強の魔獣

Player-スピカ

 猛吹雪の中、まず最初に聞こえたのは、大気を震わせるような獣の雄叫びだった。アテもなく森をさまよっていると、突然そんな音が聞こえたものだから、俺達はかなり驚いた。


 「・・・やっぱ、こっちか」


 「え?ミッド君わかってて歩いてたの?」


 「ちょっと、わかってたのなら言いなさいよ!」


 アスカちゃんがここまでの苦労は何!?と言いながらミッド君に詰め寄る。そんなアスカちゃんをミッド君は押しのけながら答える。


 「沼だよ、沼」


 「「沼?」」


 何故そこで沼?


 「スレイプニルには『滑走する者』って意味がある。それはフェンリルも同じだ。意味は、『沼に潜む者』だから・・・」


 「なるほどね、フェンリルは沼に潜んでいるっていう可能性が高い。だから、アンタは川の流れとか湖を調べてたってわけね」


 「ますます、フェンリルって水属性っぽいねー。けど、イメージ的にはとんがってる『氷』、と言うことかな?」


 俺は周りを見てそう言う。

 ちなみにこのゲームの属性は基本的に『地』『水』『風』『火』『闇』『光』の六つ。後の『氷』だとか『雷』はこれらのスキルの派生だね。


 「とにかく、このまま進めば・・・いる」


 ミッド君の表情が、変わった。

 まるで何かのスイッチが入ったみたいに、表情が真剣なものへと変わった。それに気付いたアスカちゃんも、ミッド君に話しかけた。


 「ミッド、アンタ何変なモードに入ってるの?」


 「え、何がだよ?」


 アスカちゃんが話しかけた途端、ミッド君はいつもの様子に戻った。こういうときのミッド君は色々と無茶するからダメだ。しっかり監視しないと・・・。

 それを視線で会話した俺達は共に頷く。


 「よし、ミッドにレアアイテムは盗らせないわ!」


 「頑張ろう、アスカちゃん!」


 「え?何でそう言う話になってるの!?」


 うん、おいしいとこだけ横から取られちゃう。

 それだけは断固阻止しよう。そしてミッド君から情報を聞き出した俺達はミッド君に代わって前を進んだ。

 そして吹雪で視界の悪い中、それを見つけた。森を抜けた先、目の前に広がっていたのは、視界が悪いながらも分かる濁った湖、沼があった。

 相も変わらず、吹雪のせいで前が見えない。けど、わかった。目の前にいるということが。

 そして、ミッド君が動く。


 「こっちに攻撃しようとしている!」


 そう言って俺達の手を掴み、走る。

 既に常軌を逸したスピードを持つミッド君は、俺とアスカちゃんを無視して引きずるように運ぶ。そして俺達がいた所に、大きな灰色の獣の顎がやたらと硬い音を立てて口を閉じていた。


 「今からでも遅くない、さっさと逃げよう。アレは何でも食いつくし、喰らいつくす最凶すぎるバケモノだ」


 「要するに、そんなバケモノ倒した俺達すごいってことだよね?」


 「流石スピカ、話がわかる!」


 「わかってねぇよ!?つかアスカ、自称オーディンになるんならやつは天敵だぞ!?お前、神話ではあのワンコロに食われるんだぞ!?」


 「なら、それを倒したアタシは本物の神様を名乗ってもいいわね!」


 「もうやだ、この人!!」


 「ミッド君達、楽しそうなところ悪いけど、来るよ!」


 凍った地面を踏みならし、悠然と歩いてきたのは、灰色の巨躯を持つ、一匹の狼だった。低いうなり声を上げながら、俺達を見据えてくる。


 「おぉー。アレは、強そうだね」


 「これなら、まぐれで倒せたって批判を浴びることもなさそうね」


 「・・・はぁ。俺がいつものようにかく乱するから、頼むぞ」


 ミッド君は半ばあきらめたよう言うと、次の瞬間には俺の隣から消えた。あまりに速過ぎるせいで、認識が追い付かなかった。そして目の前には攻撃の姿勢をとるミッド君。


 「≪スレイプニル≫!」


 武器スキルなのにスキル名を必要とする特殊なEXスキル、≪スレイプニル≫。これがミッド君の切り札。ただし制限があって、おいそれとは連発できない。けど、ミッド君は出し惜しみなしでいきなりこのスキルを使った。


 「なら、こっちも出し惜しみなしで行くわ!」


 アスカちゃんがそう言うと、自分の身長ほどもあるハルバードを構え、ぶんぶん振り回し始めた。アスカちゃんは、攻撃と防御にステータスポイントを振ってある。まぁ、そんなわけでミッド君からは『戦車か!?』と突っ込まれている。スピードは平均的なステ振りの俺にも負けるけど、物理的火力なら三人の中で一番。


 「んじゃ、俺は魔法で適当に頑張るよ」


 俺は、器用貧乏。魔法スキルも武器スキルもそこそこ。とりあえず魔法剣士目指してますと言うことにしておこう。

 まぁ、俺は俺でEXスキル持ってるけど。


 「≪ヴィンダ・リスタ≫!」


 魔法スキル、≪ヴィンダ・リスタ≫。風魔法スキル≪ヴィンダ・エフケ≫という風の刃を一つ飛ばす魔法を四つ飛ばせるようになる、上位互換スキル。これは俺が風系の魔法スキルと、ミッド君の≪スレイプニル≫を覚えようと≪リスタ・ソニック≫の熟練度を上げていたら覚えてた。ただし普通の魔法スキルみたいにMPはいるし、クールタイムもいる。

 まぁ、こんな感じでEX事態はわりとあるんだけど、ミッド君みたいな伝説の名前を冠したものほどすごいものじゃない。それに、ミッド君はPスキルでもいくつかのEXスキルを発見している。


 「まだまだ行くよ!」


 俺は素早く詠唱を始め、魔法スキルを相手に叩きつける。


 「≪ストールム≫!」


 風が渦巻き、竜巻となる。そしてフェンリルを吹き飛ばそうとした。しかし、魔法スキルの高いダメージのせいで俺が狙われる。


 「こっちだ!」


 ミッド君がその狙いをオレから逸らすために攻撃を放つ。フェンリルは痛みにうめくような叫びをあげ、視線を俺からミッド君に移した。狙いが俺から外れた証だ。


 「どんどん行くわよぉ!」


 アスカちゃんがその大質量の武器を振るい、フェンリルにダメージを与えていく。今のところ、ダメージは一割弱。神級ゴッド・クラスなだけあって、非常に硬い。


 「いくらなんでも、普通のモブと違いすぎる・・・!」


 ミッド君が俺の横にあり立ちながら、そんなことを言う。そして確かに、ミッド君の言う通りだ。


 「所詮、ベータなんか調整なんだよね?バランス取れてないだけかな?」


 「つまり、そんな敵を倒せるあたし達は最強なわけね!」


 「なぁ、マジで帰らない?」


 ミッド君が情けなく泣き言をのたまう。そう言いつつも前に出て自分にその攻撃を引きつけようとしているんだよねぇー。さすが男の子。

 ミッド君が駆け出す。フェンリルの攻撃をかいくぐり、一撃を加え、俺達へのターゲットを逸らす。


 「ミッド、気にせず≪スレイプニル≫を使って!」


 「わかった!」


 ミッド君はアスカちゃんにそう言われると、すぐさま≪スレイプニル≫を発動するための構えをとる。後は、スキル名を叫べばそれで≪スレイプニル≫が発動する。


 「≪スレイ―――≫」


 ミッド君がスキルを発動させようとしたその瞬間、フェンリルが雄叫びをあげた。その雄叫びで大気を震わせ、俺達は吹き飛ばされようになる。それはミッド君も例外じゃなく、風に吹き飛ばされないように足を踏ん張った途端、思わずスキル名の発言を止めてしまった。


 「ヤバい!一回無駄にした!?」


 ミッド君が悲鳴のような声を上げた。

 EXスキル、≪スレイプニル≫。それは自分のSPDが攻撃力になる特殊なスキル。しかも武器によっては攻撃回数や方法も変わる。しかも普通に自分のSTRも攻撃力に換算されるため、非常に強力なスキルではある。でも、それゆえにこのスキルには制限がある。

 それが一日に使える使用回数だ。このスキルで一日に使えるのは八回。一回目を使ってから丸一日後、つまり二十四時間後にまた八回スキルが使えるようになる。

 そしてこれが一番重要なんだけど、さっきみたいなスキル発動の失敗も使用回数にカウントされちゃう。つまり、後使えるのは六回。

 俺もやっばーとか思っていると、フェンリルが大きく息を吸い込み始めた。これは、ボス系モンスターがよくやる動作の一つだ。


 「咆哮ブレス・・・!?」


 「まだ、一割ちょいなのにか!?」


 「いくらなんでも無茶苦茶バランスブレイカーすぎる・・・!」


 普通、こういう攻撃パターンの変化はもうちょっとダメージを受けてから、大体は半分をきってからとかが多い。だけど、このフェンリルは違った。早々に攻撃パターンを変化させ、攻撃を加えてきた。

 フェンリルの口から冷気があふれてきたかと思えば、次の瞬間には雄叫びと共に氷の咆哮ブレスが放たれた。


 「危ない!」


 ミッド君の声が聞こえた瞬間、俺の視界がブレる。もしかしなくても、ミッド君がいつものように緊急回避をしてくれたからだ。近くの茂みに飛び込むようにして俺達は隠れた。

 後、数瞬遅ければ真正面にいた俺とアスカちゃんは危うく攻撃を正面から受けるところだった。


 「ごめんごめん。あまりに突飛過ぎて反応が遅れ――」


 「今すぐに、逃げろ!」


 ミッド君の厳しい声で、俺の言葉が遮られた。


 「ちょっとミッド、アンタ・・・」


 アスカちゃんが文句を言おうとした時、ミッド君の手からぽとりと愛用のダガーが落ちた。それに、手がぶるぶると震えている。


 「次は、二人を抱えて回避できない・・・」


 「ちょっと、どういうことなのよ!?」


 「感覚が、無い。冷た過ぎて」


 「だから、どういうことなのよ!?」


 「アスカちゃん、落ち着いて!」


 俺はアスカちゃんをなだめて、ミッド君に向き直った。


 「ミッド君、痛いの?」


 「『痛い』を通り越して、感覚がないんだよ。最初、激痛が走ったかと思えば一気に感覚がなくなったんだ。まるで、大量のドライアイスに手を突っ込んだ気分だ」

 

 「ちょっと待ってよ。コレ、ゲームよ?遊びなのよ?」


 アスカちゃんが泣きそうな声で言う。

 この時の俺は、正直なところミッド君の話には半信半疑だった。いくら愛するミッド君とは言え、アスカちゃんの言う通り、これはゲームで遊びだ。そんな、過剰な痛みを感じるなんて命がけのことが、起こりえるわけがない、そう思っていた。

 だけど、ミッド君がこんなタチの悪い冗談を言うような子じゃないっていうのも俺達はよくわかっていた。


 「アレはヤバい、今すぐに・・・!」


 「あなた達、そこから逃げなさい!」


 ミッド君が何かを言いかけた時に、鋭い声が聞こえた。

 そしてミッド君は何かに気付いたのか、俺とアスカちゃんを突き飛ばし、自分もバックステップ踏んで回避行動をとった。

 すると、そこを氷の伊吹が通り過ぎていく。そこからは、ゲームにしては尋常じゃない冷気が発せられていた。


 「本当、なの・・・?」


 アスカちゃんんが半ば呆然とした表情で答えた。


 「そこの二人に、何をしやがろうとしてんだよ!」


 ミッド君が吼えるように叫び、≪リスタ・ソニック≫を叩きこむ。

 そこで再びフェンリルの視線がミッド君に向かう。そしてその巨躯に見合った顎が開き、牙をミッド君に見せつけた。

 危ないと俺が思った時、小さな光がフェンリルへと奔る。魔法スキルの発動じゃなかった。あれはたぶん『投擲』のスキル。

 その攻撃を受けたフェンリルは攻撃が飛んできた方向へと視線を向けた。すると、その方向から一人の少女が飛び出してきた。


 「早く逃げて!」


 俺達の前に立ち、そんなことを言う。

 そんな彼女にミッド君は言い返した。


 「そっちこそ逃げろ!そいつは普通じゃない!信じてもらえないかもしれないけど、攻撃食らうと激痛が走るんだぞ!!」


 「貴方、まさか攻撃を・・・!?」


 ミッド君の言葉にまさかの反応を返す少女。けど、その瞬間を狙ったかのようにフェンリルが攻撃を繰り出す。神さえも噛み殺す牙をむき出しにして、少女へとかみつこうとした。


 「危ない!!」


 ミッド君が再び疾走。

 飛び出してきた少女を掴んで、俺達の所に来る。


 「さっさと逃げるぞ!」


 ミッド君はそう言うと少女を放りだすようにして俺達の所に放し、自分は再びフェンリルに向かっていく。


 「だから、行っちゃ・・・」


 ミッド君は、そのリアルで目にもとまらないスピードでフェンリルを翻弄した。

 そのミッド君を初めてみた少女にとってはものすごく非常識な光景に、ただただ唖然とするしかなかった。


 「ほら、ミッドが時間稼いでるからさっさと逃げるわよ!」


 アスカちゃんはそう言うと少女の手を掴み、来た道を戻っていく。

 ミッド君とフェンリルの激しい戦闘音がどんどん離れていき、完全に聞こえなくなったところで俺達は走るのをやめ、歩きだした。


 「ちょっと、あの人・・・」


 「大丈夫よ。あのスピード狂なら」


 「誰がスピード狂だ、誰が」


 「ミッド君カッコいいよー!ホレちゃいそー!ケッコンしてー!」


 「お前、あいつの攻撃食らったのか?」


 ミッド君は鮮やかなスルースキルを発揮して、俺を無視した。

 俺を無視して少女に語りかけるミッド君。しかし、目の前の少女はおかしなものを見る目でミッド君を見た。


 「貴方、何者?と言うか、何をしたの?」


 まぁ、普通はこう来るよね。はっきり言って、ミッド君のビルドはかなり異常だ。そりゃ、アスカちゃんからスピード狂って言われてる程度にはね。


 「ミッド君は、ただ走っただけだよ」


 「走っ、速っ!?」


 大体みんな同じ反応を返してくれる、ミッド君のビックリステータス。目の前の少女も例外じゃなかった。

 ただ、その子は平均の子達よりも早く立ち直ると、俺達に向き直る。


 「とにかく、早くここから出てGMコールして」


 「んなもん、ここでやりゃいいだろうが」


 ミッド君がそう言いながらメニューを操作した。だけど、首をひねり始めた。


 「なんだ、重いのか・・・?繋がらないぞ?」


 「貴方も・・・」


 少女がつぶやくようにして何か言ったけど、俺達の耳には届かなかった。アスカちゃんがミッド君に『間抜けね~』とよくわからない突っ込みをしつつも、代わりにGMコールをしてくれた。

 アスカちゃんがゲームの責任者さんに起こったことをありのままに話すと、俺達に向き直った。


 「今から一時間後に緊急メンテするって。それまでに落ちろログアウトだって」


 「なら、もう落ちよう。・・・疲れた」


 ミッド君は心底疲れた様子でそう言った。俺達もいきなりのことに精神的に参っていた。ミッド君と同じようにメニューを操作して『ログアウト』のボタンをクリックすると、徐々に光に包まれていく。


 「あ、あれ?何で、ログアウトしないんだ!?」


 俺とアスカちゃんが叫び声、ミッド君の声に驚いて振り返る。するとそこにはログアウトの時に見ることができる、効果エフェクトが全く見られなかった。

 その時、俺はミッド君がどこか遠くに行ってしまうような気がして、思わず手を伸ばして大きな声で叫んだ。


 「「―――!!」」


 偶然と言うか、アスカちゃんと同時に出た言葉は、ミッド君のリアルネームだった。


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