クエスト26・毛糸玉と方向音痴
Player-カイ
「つーわけで『オモテ』に到着か」
俺は目の前にある迷宮を見て言う。
ここは何回も言うが地下鉄風のダンジョン。『ダイダロスの迷宮』と言ってはいるけど、見た目はナゴヤの地下鉄ダンジョンと変わりない。
少なくとも『ダイダロスの迷宮』、つまり『オモテ』は。『ウラ』はどうなっているのかよくわかっていない。噂じゃ暗さが増して、内装も洞窟のようになっているらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カイ」
「とりあえず、役割分担です」
兄貴はテンションが低すぎて時間がかかる。だからこういうときは俺がよくまとめる。
「まず、俺とレグルスが前。双子と案山子さんが真ん中で兄貴とカナリアは後ろ」
「いつものポジションですね」
そう言うと、レグルスはこぶしを突き出す。
それに双子はきゃーと黄色い悲鳴を上げる。
カナリアがそんな状況に『え?』という表情を作るが俺達はいつものことなので無視。
「サヨはいつものように好きに動け」
「わかりました」
「で、ヒナは攻撃三人の補助。案山子さんは回復でいいですね?」
「あいあいさー!」
「いいよ。その代わりアイテムになるけどね」
「で、兄貴は後ろの警戒とカナリアを頼む」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もちろんだ」
「・・・で、カナリアは何ができる?」
一応見た感じは楽器を持っているから吟遊詩人っぽい。ちなみにこのゲームでの楽器系の武器はいろいろと面倒。楽器によってできる支援スキルが限られてくるからだ。だから、装備している楽器によって立ち位置を考えなきゃいけない。
ちなみにヒナも楽器を使うが、さすがは『アポロン』の名前を持つだけあってすべての支援スキルをそつなく使いこなす。
「わ、わたしは回復補助系です」
「常時回復とかか?」
「はい」
それはむしろ都合がいい。
ここの敵は地味に強いから回復は多いに越したことはない。それに、その分ヒナもステータス補助の支援もできるしな。
「じゃぁ、ヒナの指示に従って支援してくれ。大丈夫だよな?」
「もちろん。・・・お兄さまが応援してくれるならもっと頑張れるケド」
「うん?がんばってね?」
「しゃぁー!元気いっぱい!」
・・・無意味に変な気合いを入れるヒナ。
そこでレグルスのコートの裾をくいくいと引っ張る影が。まぁ言うまでもなくサヨなんだけどな。
「レグルス、私にも・・・」
「うん?がんばってね?」
「はい!」
・・・まぁ、そんなこんなで俺達は迷宮に突撃した。
中に入ってしばらくすると、俺達の目の前で迷宮が突然変わった。
迷宮の組み換えか。面倒なことになった。ここの攻略はたまに発見できる壁に描かれた地図で場所を確認しながら進むというもの。だが、こうなってしまってはせっかく覚えた道順も意味をなさない。
「じゃぁ、さっそくで悪いが頼む」
「・・・はい?何がですか?」
「「「・・・」」」
俺達は全員で案山子さんを睨む。どういうことだと。
だが、案山子さんはそんな俺達の非難がましい視線を華麗にスルーしてカナリアに言う。
「いや、いつもみたいにどっちに行けばいいか言ってくれれば構わないよ。で、今回は君はどっちに行けばいいと思うのかな?」
「は、はい?」
そう言うと、カナリアはうーんと頭を抱えて考え始める。
そして何かを感じ取ったのか、はたまた電波でも受信したのかはっと顔をあげてビシッとある一角を指さす。
「あっちです!」
「よし、みんなこっちだ」
そう言うと、案山子さんはカナリアがさした方向とは逆の方に歩きだす。
「ちょっと待ってください」
そこで俺は案山子さんの肩をガシッとつかむ。
「どうしたんだい?」
「何でそっち行くんですか?」
「カナリア君があっちと言ったからだけど?」
案山子さんはさも当たり前のように言う。
いやいやいや、俺達が聞いた話じゃ彼女はシステム外スキル『毛糸の道標』の使い手。
「さっきのが『アリアドネ』じゃないんですか!?」
「いや、さっきのが『アリアドネ』だよ?」
なぜだ、俺達は普通に会話しているはずなのに話がかみ合っていない。
それに、ここにいる案山子さん以外の全員、困惑しているだけだ。
「まぁまぁ、ついてこればわかるよ」
そう言うと、案山子さんが前を歩きだす。
俺達はこれ以上隊列を乱すわけにもいかず、困惑しながらも案山子さんの後を追った。
「・・・マジかよ」
「「「・・・」」」
みんなは黙ったままだが、思っていることは俺と同じはず。いや、まさかカナリアが指さす方向とは逆の方へと進めば、何故かボス部屋の前にまで来ることができた。それもここまでかかった時間は三十分ほどしかたっていない。
あり得ない。こんなすらすらと行けたら迷路の意味がない。
「流石です。ありがとうございます」
「は、はい?」
本人は何でお礼を言われたのかよくわかっていないみたいだった。
「案山子さん、本当にこれはどういうことですか?」
「これが『アリアドネ』の力だよ。・・・ところで、いいのかい?次はボスだよ?」
「それどころじゃないです!どういうことなんですか!?」
「そうだよ!何これ!?私達もこんなに早く着いたことないよ!?」
双子も騒ぐ。
兄貴とレグルスは静かにしているが、内心では首をひねっていることが感じ取れる。
「わ、わかりました。種明かしをしますと、実は彼女はとても方向音痴なんです」
「「「・・・は?」」」
思わず、そこにいた案山子さんとカナリア以外の全員が素っ頓狂な声を出した。
カナリアは自分のことを話されている自覚がないのか、キョトンとした表情だ
ていうか、話が矛盾している。
「案山子さん、おかしいじゃないですか。彼女はどんな複雑な迷路も攻略できるから『アリアドネ』なんでしょう?その人が方向音痴ってどういうことですか!?」
むしろ、方向音痴ならここのボス部屋に辿りつくことなんて不可能だ。ここは方向感覚の鋭い人でも、気を抜けば一瞬で迷子になる迷宮だ。それがどうして『もすごい方向音痴』でクリアできるのか?おかしすぎる。
そこで案山子さんは俺達にどうどうと言いながら落ち着くように言う。
「まぁまぁ。とにかく、彼女はものすごく方向音痴です」
「「そこがおかしいでしょう!?」」
「いいから、話は最後まで聞いてください」
双子の突っ込みに案山子さんはやんわりと言う。
そして言葉を続ける。
「まぁ、彼女はその方向音痴の名に恥じないくらいに、素晴らしく方向音痴です」
「意味がわからないです」
ぼやくレグルスの言葉を案山子さんはついにスルー。
「彼女が出口に向かえばどんどん奥に行き、奥へ向かえば何故か外に出てしまうというミラクルっぷりです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが方向音痴、だよな?」
いつものようにぼそっと兄貴が言う。俺達はその言葉に深くうなずく。
「ところが、です」
そこで何やら案山子さんは自信満々な表情で俺達に言う。
「彼女の場合、確実に行きたい方向とは逆に行くと言う、ミラクルっぷりなんですよ」
「「「・・・えぇ~」」」
兄貴以外の口からは微妙に信じられないと言った声が出てきた。
けど、事実として目の前にボス部屋があるしな・・・。
「まぁ、とにかく『ミノス王』を倒して奥に進めばいいんですか?」
「・・・いえ、正直な話、『ミノス王』は無視できるみたいです」
・・・結構いい加減なんだな。
「まぁ、運動がてら倒しておきましょう」
やたらと好戦的な言葉をレグルスが発した。
まぁこんだけ神名持ちがいたら、嫌でも勝てる。たとえ、それが神級のモンスターだとしても。今回に限って言えば俺と兄貴がいる。むしろ勝てないと言うことはあり得ない。
「まぁ、サクっとやっつけて次に行くか」
そして俺達は中に入って行った。
俺達が中に入ると、重厚な両開きの扉が後ろで音を立てて閉じた。
さぁ、ボスと対面だ。
「「「・・・」」」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アレ?
「・・・何で、ボスが来ない?」
「「・・・さぁ?」」
双子がステレオで答えてくれるが、帰ってきたのは曖昧な返事だった。
普段ならこのボス部屋に入ると、中心に強大な魔法陣が現れ、玉座と一緒にミノタウロスよりも一回り大きい、牛頭の怪物が出てくる。
だが、それがどういうわけかいつまで待っても出てこない。
「・・・とりあえず、先に進みます?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
案山子さんと兄貴の意見に従い、俺達はカナリアにその視線を向ける。
「で、どうすればいいんだ?」
「あ、はい。そこを・・・」
カナリアは一人で扉とは反対の方向、つまりはまっすぐ正面に歩いて行く。だが、そこには鳥の頭を持つ、人間の絵が石の壁に彫られているだけだ。
カナリアはその絵が掘られた壁に手をつけ、普通に押す。
すると石と石が擦れる低い音と共に、壁の一部が両開きの扉よろしく開く。
「ここです」
「・・・そんな所、よく押してみようなんて思ったな」
俺は半ばあきれたようにカナリアを見て言った。
「あの、ここから帰れそうな気がしたので・・・」
要するに、さっきの案山子さんの説明通りなら、奥へと続く道につながったわけだ。
・・・これ、スキルじゃなくてただの超能力だよな?
「けど、何でこんな所が見つからなかったんですかね?『ミノス王』に吹き飛ばされてここに偶然当たったとかでも開きそうじゃないですか?」
レグルスがそんなことを言う。
確かに、あの『ミノス王』はかなり強い。俺も何回か吹き飛ばされた経験はそれなりにある。
けど・・・。
「そればっかりは、まだ検証できるほど潜ってないからわからないな」
「それもそうですね」
そして俺とレグルスはカナリアの開けた隠し通路に先に入る。
入ってはみたものの、雰囲気は全く変わりがなかった。目の前の壁には地図があり、今現在の迷路の様子が描かれていた。
「・・・これ、覚えても無意味なんだろうな」
「・・・そうですねー」
何回も話しに出ていたが、ここの迷宮はランダムな時間感覚で迷宮が変化する。
一時間も変わらないこともあれば、十分おきに変わるなんてことがあるようだ。今のところ、迷宮が変わらなかった最長時間は一時間。最短は二十分らしい。
まぁ、カナリアがいれば何とかなる、と思う。
「とにかく・・・案山子さん、カナリアに聞けばいいんですか?」
「そうだね。そうすれば毛糸玉が導いてくれるはずだね」
そして俺達はカナリアの指示に従って迷宮の中を突き進んだ。
『ウラ』には、情報通り敵が全くいない。カナリアが持っていた『気配察知』でもそれらしいモンスターの反応はないらしい。
「にしても、なんでさっきのボス部屋に『ミノス王』がいなかったんでしょうね?」
「「確かに、気になります」」
案山子さんと双子がやけに高度な会話を展開していた。
つか、本当にお前たちのシンクロ率すごいな。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だが、気になる」
「確かにそうですよねー。バグモンスターと同時期にボスモンスターが失踪。どういうことなんですかね?」
兄貴の言葉にレグルスがそう答えた。
「・・・はぁ、こんな時にスピカさんあたりに聞けたらなぁ」
俺がぽろっと何気なく言葉を漏らす。
すると、なぜかカナリア以外の人間が俺を凝視し始めた。
「・・・どうかしました?」
「・・・いや、まさかバグモンスターの狩人と名高い彼女と面識があるとは思わなくてね。彼女、ものすごく強いじゃないか。だから、神名持ちでも尻込みしてしまうというか・・・」
案山子さんがそう言うが、普段のスピカさんの行動を知っている俺としては、むしろ尻込みするほうがおかしいように思える。
ことあるごとに自分の弟子ラブな態度でミッドに突撃していくスピカさんの行動が俺の脳内で再生される。
・・・・・・うん、威厳の欠片もない。むしろフレンドリー。
「スピカさん、超が付くぐらいフレンドリーですよ?」
「・・・先輩、なんでそんなに仲がいいんですか?」
レグルスが疑問を俺にぶつけてくる。
まぁ、確かにほかの神話領の俺とスピカさんが仲がいいのは少しおかしいよな。
「俺の友人がスピカさんの『弟子』なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『弟子』?」
兄貴は俺の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
まぁ、そうだろうな。
「『弟子』って、まさか『師弟システム』ですか?あの、お互いの手の内を晒し合う?」
カナリアの言い方もどうかと思うが、まさにそれだ。
『師弟システム』はPスキルの教え合いと習熟度を上げるのに便利だが、相手に自分のスキルすべてを見せてしまうという欠点がある。
スキルが強さを決めるといっても過言ではないこのゲームにおいて、それはあまりほめられたことではない。
「「そんなの使う人、初めて聞きました」」
「だろうな。俺が聞いた話じゃ、スピカさん、アスカさんでもしたことないからな」
『風の戦乙女』ことスピカさんと『戦争と死の神』ことアスカさんが仲いいのは周知の事実。それを聞いた周りの奴らの反応もほんの少しだけ驚いた表情になる。
「・・・そういえば、スピカさんと一緒に、『八足の駿馬』とかいうアホみたいに速くて、ふざけてるぐらいに強いやつ、いましたよね?」
レグルスが突然そんなことを言い出した。
・・・・・・余計なことを思い出して。
そしてレグルスの言葉に続くようにして双子が話し出す。
「アレですよね?正体不明のプレイヤー。騎士の格好で、帽子を目深に被っている・・・。スピカさんと一緒にバグモンスターを狩っているっていう噂の」
「そうそう。それで、アスカさんが『スレイプニル』に運ばれる『ICBM』で負けることはあり得なかったっていうやつ」
『ICBM』は正式名称『オーディンの行軍』。ミッドがアスカさん背負って敵陣に突っ込み、『スキル・ハッピー』を発症させる恐ろしい作戦だ。
広範囲攻撃の鬼と名高い俺と、数の暴力と言われている兄貴でもあの状態のアスカさんに勝つことはできなかった。
「先輩がふらふらするようになってからいなくなりましたけどね。もしかして、先輩の友達さんが『スレイプニル』だったりして」
レグルスが普通に核心をついてきた。
ミッドが騎士の格好をして、『スレイプニル』で通している理由。まぁ、PKの報復対策だ。しかもミッドからの話じゃ『ラタトスク』は内部の裏切り者の粛清とか、明らかにいろいろとおかしい仕事もこなすらしい。だから、『スレイプニル』の名前は知っていても、そのプレイヤーが誰かを知るのはほんの一握りだ。
実際に、つい最近のミッドからのショートメールに『元部下がイースの下で働いてた』とかいう内容が書いてあった。隠密部隊がそれでいいのかよと思わなくもない。
「んなバカなことがあるわけないだろ。それに、知り合いなら間違いなく最後の七人目は『スレイプニル』だったな」
「まぁ、それもそうですね」
それで簡単に納得してくれて正直助かった。
ミッドからはあんまりバラすなとか言われているからな。理由は知らないけどな。すでに北欧神話領を抜け出してるのになぁ?
「・・・やっぱり、守護神はすごいんですね!」
今まで沈黙を保っていたカナリアが目をキラキラさせて俺達にそういってきた。
・・・・・・確かに俺達はすごい。けど、それ以上に問題児が多い。俺もミッドの言うことがやっとわかってきた気がした。特につい最近ここに戻ってからそれが嫌というほど・・・。
「攻撃が、来るっ!?」
突然、ヒナがそう叫ぶ。『気配察知』のPスキルを持つはずのカナリアは『え?』という表情だ。だが、ヒナが正しかった。
いきなり俺達の目の前の石畳の地面が轟音と共にめくれ、衝撃波が俺達に届いた。
とっさに俺達はその攻撃の射線上から飛び退く。そして半ば反射的に武器を構えた。
「そんな、どうして?『気配察知』には何も・・・!」
「そんなことよりも、どうしていないはずのモンンスターがいる?」
ここにはモンスターが出てこない、そのはずだ。あの情報は間違いか?
けど、ほかにもいろいろな奴らに聞いてみたけど、これは共通認識のはずだ。俺がそんなことを考えていると、曲がり角からそれが姿を現した。
牛頭の、ミノタウロスを一回り大きくした姿。その手にはそいつ自身と同じ大きさがあるのじゃないかと思わせるほど大きな戦斧が握られている。
「なんで、『ミノス王』がこんなところに・・・!?」
案山子さんが驚きの声を上げた。
そう、そこにいたのはボスモンスターの『ミノス王』。そいつが当たり前のように俺達の前に立ちはだかり、存在を主張するかのように雄叫びを上げた。
用語集
方向音痴・よく、道に迷ってしまう君のことだ!
人によってはミラクルを起こすことの可能なスーパースキル。
ダイダロスの迷宮・名工ダイダロスによって作られた迷宮。ミノタウロス在住。