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飯田愛美の決断

 あれから三週間が過ぎた。

 あたしは健次郎さまが消えてしまったあの日、多分、一生分の涙を流したと思う。

 でも、健次郎さまに心配かけないように、あたしは健次郎さまの消えるまで泣かなかった。

 だから、安心して健次郎さまは旅立てたと思う。

 あの日を境に健次郎さまを憶えている人は、あたし以外にはあの時の女神と時任聡美さん以外にいなくなった。

 健次郎さまの生きた痕跡がきれいさっぱりと消されていた。まるで幻のように。研究室も、論文も、二人で取った写真も……。ハッキリ言って、あたしですら本当に健次郎さまがいたのかどうかすらも疑いたくなるほどに。

 あたしは頭を振った。考えないでおこう。健次郎さまの生きた痕跡がすべてなくなったわけじゃない。健次郎さまにも、もう会えないわけじゃない。あたしのお腹の中には健次郎さまがいる。それだけで……

「……美、愛美?」

 あたしは誰かに呼ばれている声ではっとした。お父様が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。

「ごめんなさい、お父様。少しボーっとしていましたわ」

「体調が優れないのなら今日のお見合いは取りやめよう。もともと、先方が急にどうしてもと無理を言ってきたものだしな」

 お父様があたしの身を慮ってそう言ってくれた。

「心配かけてごめんなさい。でも、大丈夫です。それに当日に突然断るなんて後で噂になったら困りますもの」

「そうか。愛美がそこまで言うのなら……。だが、相手は優秀らしいが、学者だからな。愛美が苦労するような相手に……愛美が美人でかわいいからしょうがないが、一学者が名指しで見合いを指名するなど……」

 あたしは思わず微笑が漏れた。一代で会社を大きくしたお父様でも、あたしの前ではただの父親に戻ってしまう。そんなところは健次郎さまに似ている。

 ああ! 逆だった。健次郎さまがお父様に似ていたのね。

 お父様はあたしに少し笑顔が戻ったのでほっとしていた。

 あ、そっか……。ここのところ、ずーっとふさぎこんでいたから、お父様たちに心配かけていたのね。ごめんなさい、お父様。でも、もう、あたしは大丈夫です。

 あたしは今日のお見合いの相手と結婚します。健次郎さまの残してくれたこの子のために。この子のためなら、別の男に抱かれるぐらい、どうってことない。だって、あたしは母親ですもの。強いんです。この子さえいれば……。

 お見合いする料亭の一室に入るとすでに先方は来ていたようだ。

「いやー、飯田さん。今日はご無理を言って申し訳ない。何を思ったか、この男、アメリカの大学に行く前に、どうしても飯田さんの娘さんとお見合いをさせろと強情はりましてな」

「いえいえ、笹島教授。娘もちょうど年頃で、そろそろいい相手を見つけなくてはと思っておりましたので」

 お父様と相手の同行人の教授とが表面トークを続けていた。

 そういえば、あたし、今日のお相手の顔も名前も知らないんだった。写真は見てないし、名前も上の空で聞いたような聞かなかったような……。

 まあ、いいか。すぐにわかることだし、誰でもいい。健次郎さま以外の人なら、誰でも同じよ。

 あたしは目を伏せたままお父様の隣に座った。

「改めて紹介します。娘の愛美です」

「飯田愛美です。今日はよろしくお願いいたします」

 あたしは頭を下げ、顔を上げて相手の男性を見た。そして、息を呑んだ。

「どうかしたのかい? 愛美」

 あたしはお父様の声に答えられなかった。

 だって、目の前にいる人は……。

「待たせたね、愛美」

 あたしは涙で彼の顔がよく見えなかった。

「自分の時代に帰った後、タイムマシンを完成させるのに五年もかかってしまったよ。あの時の女神様にヒントももらったのにね」

 この声、このしゃべり方。たった数週間なのにどうしてこんなに懐かしいの?

「だから、あの時から五歳ぐらいふけちゃったけど、こんな僕でいいかな?」

 テレながら言う彼にあたしはハッキリと答えた。

「もちろんですわ、健次郎さま」


 いかがでしたでしょうか?

 ちょっと反則気味のオチなのですが、偶然来たら還すけど、自力で来たのなら神と同等ということで還さないということなんですよ、多分。

 この二人は個人的に気に入っているキャラで、話のネタも一応あるから続編を書いてもいいのだけど、逆にこの一本で終わりにするのが綺麗かなと思っているところもあります。私の中ではそういうことで、少し不思議な感覚のする作品です。

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