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【1】



【Episode2】



 あたしのコンビニ店員デビューは月曜と決まった。今後は平日午前にラベル貼りのバイト、午後二時から八時まで店番という生活スタイルになる。


 事前に渡された青いエプロンを着けてコンビニへ行くと、陳列棚の前に小柄な男性が立っていた。彼もエプロンをしている。あたしと同じ、新たな店員だろう。マスクをしているため表情は分からないが、目元を見る限り二十代くらいと予想できる。


「あたし、二時からのバイトなんですけど」

「あ……す、すみません」

「え? 何で謝るの?」

「いえ、その、すみません」

「だから、何で謝るんですか?」

「ごごご、ごめんなさい!」


 男性はガバッと頭を下げた。

 もしかして……あたしのことが怖いのだろうか。


「あたし、態度悪いとか不愛想とか言われることあるけど。別に怒ってるわけじゃないですから」

「あ……えっと、そうなんですか」

「うん。だから普通に喋ってくれていいですよ」

「あ、じゃあ、その、うん、えっと……律子さん、だよね? よ、よろしく、お願いします。ぼくは二時で終わりだから、一緒に働くことは、ないけど……」


 結局しどろもどろのままで、声は聞き逃してしまいそうなほど小さい。こんな調子で接客が務まるのだろうか。そんなことを考えた矢先、ハルが現れた。これまでスーツ姿しか見たことがなかったが、今日はカジュアルなシャツにジーンズという格好。そして青いエプロンをしている。


哲司(てつじ)さん、お疲れさまでした。明日もよろしくお願いしますね」


 哲司と呼ばれたマスクの男性は「うん」とだけ答え、そそくさとエレベーターの方へ向かった。やはり接客が務まるタイプとは思えない。


「彼は人見知りなのです。以前克服したいとおっしゃっていたので、思い切って店番をお願いしてみました。『無理だと感じたらいつでも辞めていい』と伝えてあるのですが、彼なりに頑張っていましたよ」

「ふーん……。異彩だけじゃなく、みんないろいろあるんだね」


 あたし自身、自分には絶対できないと思っていた仕事をすることになった。異彩者しか来店しないとはいえ、心して掛からなければ。


 初日の今日は掃除から。

 ハルに渡されたハンディモップを使い、陳列棚の埃取りを開始した。

 あたしはここで買い物をしたことがない。商品をまじまじと見るのも初めてだ。品数は街のコンビニより少ないものの、レトルト系の食品は充実している。玉ねぎやジャガイモなどの野菜も並んでおり、冷凍食品用のクーラーボックスには肉や魚まで入っていた。


「なんだかスーパーみたいだね」

「ここでしか買い物をしない住人の方もいらっしゃるので、できるだけ幅広く取り扱っているんです」


 そんな会話をしているうちに、あたしにとって初めての客が来店した。薄紫色のポロシャツにジーンズ姿、二十代前半くらいに見える男性だ。


 ここでは「いらっしゃいませ」という言葉を使わず、時間帯に合わせた挨拶をするとのこと。爽やかに挨拶したハルに続けて、あたしも「こんにちは」と言ってみた。こちらに気付いた男性が歩み寄ってくる。


「俊介くんがいないなんて珍しいね。新しい住人さん?」


 男性からの質問に答えるどころではなかった。彼の口内が血で染まっているのに気付いたからだ。


「ちょっと、大丈夫ですか? 舌でも噛んだの?」

「これは血じゃなくて唾液だよ」

「だ、唾液……?」

「ぼくは生まれつき唾液が真っ赤でね。気持ち悪いと思うけど、人にうつったりしないから安心してね」

「……痛々しいなと思っただけで。気持ち悪くなんかないですよ」

「何の痛みもないから大丈夫。人と違う変な特徴があるだけ、と思ってもらえれば」


 真っ赤な唾液――これが彼の異彩。

 あたしと同じように、ばい菌扱いされて苦しんだ過去があるのだろう。「うつったりしない」と添えたくなる気持ちは理解できる。

 最初の質問へ戻り、俊介が辞めたことを説明。男性は「これからよろしくね」と言うと、菓子パンとコーラを買って立ち去った。


「アレは目立つね。何かと大変そう」


 ハルは「そうかもしれませんね」と答えたが、それ以上話題を広げようとしなかった。管理人として、住人の異彩のことをあれこれ語るわけにはいかないのだろう。


 黙々と陳列棚の掃除をしていると、二人目の客が入ってきた。ボサボサ頭に白衣姿の男性――ハルの叔父・信行だ。会うのは二度目。挨拶すると、「久しぶり」と笑顔で返ってきた。


「先日は素っ気ない挨拶になってすまなかったね。ちょっと()のことで急いでいたんだ」

「ノブおじさんの職業は投資家?」

「これでも一応、医療従事者だよ」

「お医者さん?」

「医者だったのは昔の話さ。今はあくまで医療関係……とでも言っておこうか。主に開発関係の権利でメシを食ってる感じだ。投資でも利益を得ているがね」


 マンションの管理費用を出しているくらいだ、それなりに儲かっているのだろう。もちろん頭もいいはずだ。


「律子ちゃんのことは姪の唯花から聞いたよ。あの子は気難しいところもあるが優しい性格だ、仲良くしてやってくれるかい?」

「はい。あの子にもそう言われたので」


 信行が無精ひげをさすりながら頷く。その表情は満足げだ。

 俊介は「ノブおじさんから排他的なオーラを感じることがある」と言っていたが、そんな雰囲気はない。印象としては〝人当たりのいいおじさん〟といったところだ。


 信行は続けて、カウンター内に立つハルの名を呼んだ。


「お前さんに渡したサプリメント、全然減っていなかったが?」

「三日は飲みましたよ。特に効果を感じられなかったのでやめました」

「あのなぁ……。サプリメントってものは三日ごときで効果を実感できるわけじゃないぞ。即効性なんかありゃしない」

「すぐ効果が出ないのなら食生活を整えた方が早いと思います。僕も叔父さんも」

「それを言われちゃ反論できないな」


 信行はレトルト食品や菓子パンを購入し、店を出て行った。足音が消えたところで、カルトンを拭いているハルに声を掛ける。


「おじさんも異彩者なの?」

「いえ。このコンビニに来る以外ほぼ引きこもり――というのは構わないのですが。酷い偏食で、妹がよく心配しています」

「そんな叔父に心配されるようじゃ、管理人さんもダメじゃないの?」

「痛いところを突きますね。でも僕は、叔父みたいに適当な食事をしているわけではないですよ? ちゃんと自分の頭で考えています」


 ハルにしては珍しく、棘のある物言いだった。

 それでも表情は柔らかい。


「叔父は週に何度も来店すると思いますが、長々と雑談に付き合う必要はありませんからね。面倒だと思ったらあしらってください」


 ハルは話を打ち切った。

 明言しないだけで、信行のことを良く思っていないのだろうか。


 あたしと母さんは左目の影響で孤立してしまい、親戚付き合いと無縁の人生を送ってきた。血の繋がりがあるからといって、必ずしも助けてくれる、辛い境遇を理解してくれるわけではない――身を持って体験しているから分かる。距離の近い関係だからこそ厄介だったり、傷付いたりする部分もあるはずだ。


 その後は商品の補充を手伝った。レジカウンターの奥にドアがひとつ付いており、その中に商品のストックが詰め込まれていたのだが、大人一人しか入るスペースがない。ハルが出した商品を棚に並べるのがあたしの役割になった。


 来客がなくやるべきこともない時間は、カウンターの中で本を読んだりスマホを触ったりしていて構わないという。



 こうして始まった、ラベル貼りと店番の繰り返し。ハルはあたしに仕事を教える傍ら、ノートパソコンを持ち込んで作業している。しかし店番三日目の午後三時過ぎ、ハルがエプロンを脱いだ。


「申し訳ありませんが、今日は外に出なければならない仕事があるんです」

「閉店まで戻らないってこと? 一人じゃ不安なんだけど」

「助っ人を用意しているのでご安心を――と、話をすれば何とやらですね」


 コンビニに入ってきたのは、青いエプロンに身を包んだ唯花だった。お弁当やお総菜の入った買い物カゴを携えている。


「ねぇ兄さま、今日のお昼ご飯はどうだった?」

「問題なかったよ。冷たい状態でも美味しかった」

「ホント? 明日からお惣菜リストに加えてもいい?」

「うん。あとで商品ラベルを作るから、唯花は材料を書き出しておいて」


 これまで管理人兄妹(きょうだい)とは個別に対面したことしかなく、兄妹の会話を目の当たりにするのは初めてだ。俊介が言っていたとおり、唯花はとびきりの笑顔でハルに接している。ハルの表情も普段より柔らかく、お兄ちゃんらしい温かみと包容力を感じた。そして何より――。


「管理人さんがタメ口で喋ってるの、斬新だね」

「住人の皆さまから見るとそうかもしれませんね。今、僕が敬語を使わない相手は妹だけですから」

「そうなの? なんか疲れそうだね」

「そんなことありませんよ。こうしているのが当たり前になったので」



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