【3】
ルックスも服も、声も仕草も可愛い唯花。ファミリアの住人でなければ接点を持つことさえなかっただろう――などと考えながら見つめていると、彼女は困ったように眉を寄せた。
「わたしみたいな女の子は苦手ですか?」
「あたしがどう思ってるか読み取ってるんでしょ?」
「自己紹介が終わった時点で心の声は閉ざしています。わたしの異彩は自分自身を苦しめる場合も多くて……。人の心を読めば当然、自分への悪口なども聞こえてしまいますから」
「……実際あたしも、唯花さんに対して失礼なことを考えたしね」
「いえ、律子さんはお優しいです。ここでお友達ができる前は、何度も心を抉られる思いをしてきましたから……。わたし自身、この力を常時開放するなんてことはしたくありません」
唯花が読み取ってきたのはおそらく、人間の醜い部分。自分への悪口に留まらず、他人の憎悪や嫉妬心、誰かを見下す心など――嫌な部分をたくさん見てきたのだろう。
彼女の異彩にはあまり触れない方が良さそうだ。ミルクティーで喉を潤しつつ、話題を戻すことにした。
「唯花さんこそ、あたしみたいにガサツなタイプは苦手ですか?」
「いえ。わたし、律子さんが入居されたことを嬉しく思っていたんです。ファミリアには歳の近い女性が少ないので」
唯花は十八歳とのこと。「仲良くしていただけると嬉しいです」と言われたものの、あたしは学生時代からその場凌ぎの人間関係しか築いてこなかった。
「あたし、友達の作り方とか距離感とか? そういうのが分かってないんだよね。そんな奴より、歳が離れてても優しい人の方がいいんじゃない?」
「そんなことはありません。律子さんは不器用なところもあるかもしれませんが、他者の痛みが分かる心の温かい方――初めてあなたを見かけたとき、そう伝わってきました」
他人に〝心が温かい〟などと言われるのは初めてで、なんだかむず痒い。それでも悪い気はしなかったため、「じゃあ適当によろしく」と返した。
「あなたさえよければ、親しみを込めて〝律子〟と呼んでもいいですか?」
「別に何でもいいですよ」
「じゃあ律子で。わたしのことも唯花って呼んで? 敬語もいらないから」
唯花が席を立ったため、あたしも腰を上げる。一緒にエレベーターへ乗り込み、唯花は二階フロアで降りた。「またね、律子」という言葉を残してドアが閉まる。
エレベーターが上昇し三階フロアで降りると、あたしの部屋の前に俊介が立っていた。まるであたしが来るタイミングを知っていたかのように「やっほー」と呼び掛けてくる。
「何か用?」
「商品棚の整頓をしてたら、律子ちゃんたちがエレベーターに向かうのが見えたから。驚かせようと思って階段で先回りしちゃった」
「……早くコンビニに戻ったら?」
「閉店準備を始めたとこだよ。今日は売れ残りのお惣菜がいろいろあるから、下の飲食ブースで一緒にメシでもどう? 異彩ネタでなければエントランスでも喋れるっしょ」
相変わらず一方的で図々しい男だ。断ろうと思ったが――先週「異彩のことはまた話す」と言ったことを思い出した。今日は夕食も済んでおり、あとはお風呂に入って寝るだけ。少し話をするくらいならいいだろう。
「一緒に食事はしないけど、仕事が終わったらウチに寄りなよ」
「律子ちゃんから誘ってくれるとは。もしかしてオレのことを好きに――」
「気色悪い勘違いしないで!」
「そんな本気で怒らなくても。ただの冗談だったのに」
「……あたしはただ、異彩について話してあげてもいいかなと思っただけ」
へらへらしていた俊介の顔つきが、一瞬にして真面目なものに変わった。「本当にいいの?」と心配そうに訊ねてくる。
「俊介が知りたいって言ったんでしょ?」
「そりゃそうだけど……。メシに誘ったの、異彩を聞き出すためと思われちゃったかなと」
「そんなことないよ。気が変わらないうちにさっさと来てよね」
午後八時十五分。
コンビニの閉店作業を終えた俊介が部屋に来た。
彼が携えていたのはペットボトルのお茶二本。それを一本受け取ると、先日と同じようにローテーブルを挟んで向かい合った。コンタクトケースの〝L〟と書かれたキャップを外し、左目に手を伸ばす。
「……他人にこの眼を見られるの、十三年ぶりくらいかね」
保存液の中に、取り外したコンタクトレンズが沈む。正面に座る俊介は「へぇ」と漏らした。
「随分と風変りな眼をしてるんだね。そんな鮮やかな赤色、アニメとかゲームのキャラクターでしか見たことない」
「もう二度と、誰にも見せることはないと思ってたんだけどね。『キモイ』って馬鹿にされたり、ばい菌みたいに避けられたりするのが本当に嫌だった」
「失礼な奴ってのは老若男女問わずどこにでもいるよね。オレはガラス細工みたいで綺麗だと思うよ?」
「……なんか、全然驚いてないね」
「このくらいで驚いてたら、ファミリアじゃ暮らしていけないよ」
一理あるかもしれない。
あたしが知った異彩は二つだけだが、どちらも自分とは比べ物にならないほど特殊なものだったから。
「その眼、何らかの能力として使うことはできないの? ルミノール反応みたいに血痕が発光して見えるとか、幽霊が見えるとか」
「まさか。七歳まで裸眼で生活してたけど、そんなものを見たことはないよ」
困ったのは修学旅行くらいだ。コンタクトレンズを装着したまま無理やり眠ったが、不安ですぐに目が覚めてしまい、寝不足で辛かったのを覚えている。
「俊介の両親は優しかったみたいだけど、ウチは父親がクズでね。高校生のとき母親に教えてもらった内容を端的に言えば〝他所に愛人を作って逃げた〟ってことなんだけど」
「それは……お母さんも辛かっただろうね」
「あたしから見れば〝家族を捨てたクソ親父〟でも、母さんにとっては愛した男だからね。母さんが落ち込んでるのは、幼いながらに感じ取ってたよ」
だからあたしは、母さんに素敵な恋人ができますようにと願い続けた。それが現実のものとなったのが二年前。パート先で恋人ができたと報告を受けた。そのとき少しだけ、心の重荷から解放された気がする。
「あたしが一人暮らしを始めたのも、母さんが恋人と過ごす時間を作れるようにと思ったからなんだよね」
「そっか。お母さんの傍に素敵な恋人がいるなら安心っしょ」
「まぁね。俊介が言ってたとおり……似た苦しみを味わった人間と話をするってのも、案外悪くないのかも」
「でしょ? さすがオレって感じ?」
ニヤついた顔で自分を指さす俊介を、「調子に乗るんじゃないよ」と突き放した。




