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【3】



「現在、空室はここだけです。この真下――二〇一号室は僕の部屋ですが、自室にいるのは就寝時くらいですね」

「……ここに住んでる人たち、異分子だらけのマンションだと理解した上で入居したんですよね。似た者同士ってことでベタベタしてるんですか?」

「そのあたりは人に寄りけり、ですよ。とはいえ皆さん似た境遇をお持ちで、自然と親近感が湧くとおっしゃる方が多いですね。『ここに住んで初めて友人ができた』とおっしゃっていた方もいます」


 友人――あたしには縁のない存在だと思ってきた。今もそう考えているし、友人がほしいわけでもない。ただ……自分と似た境遇の人々が集まってどんな生活を送っているのか、知りたい気持ちはある。入居を検討するつもりで話を進めてみるか。


「どのみち、あたし一人で勝手に決めるわけにもいかないんですけど。このマンションの実情、母親に話しても大丈夫ですか?」

「律子さんの異彩をご存じで、あなたが『信頼できる』と思う方であれば」

「じゃあ問題ないですね。話は保留ってことでお願いします」


 アパートに帰宅したのは夕方。

 母さんに電話して顛末を説明すると、『全部律子に任せるよ』と返ってきた。最終的な判断は自分でしなさいという意味だろう。ハルに渡されたファミリアの資料を読み、丸一日じっくり考え、入居を決意した。

 これがあたしの人生の転機になるかもしれない。



* * *



 ハルと電話で相談し、引っ越しは六月二十六日(月)に決まった。

 準備を行いつつ迎えた転居三日前。手続きのためファミリアの事務所へ出向くと、爽やかな営業スマイルに出迎えられた。必要事項を記入した契約書と住民票をハルに提出する。


「お仕事はどうされる予定ですか?」

「引っ越しを決めてすぐバイト先に退職相談して、昨日付で終わりました。この近くで新しいバイトを探すつもり」

「それならば、こちらでも協力できますよ」


 異彩を隠して日常生活を送っている者もいれば、外での生活に支障をきたすタイプの異彩もある――後者の場合、一般企業では働きにくい場合が多い。そのため、住人向けに仕事の仲介を行っているそうだ。


「じゃあ適当にピックアップしてもらえますか? 接客業以外で」

「ではのちほど印刷しますね。それから、入居者様向けの相談窓口もお伝えしておきます」


 電話番号とメールアドレスの記されたハガキを受け取る。《相談事などはこちらへ》と書かれているが、管理側の人間はハルしか知らない。


「全住人相手に管理人さん一人で対応してるんですか?」

「基本的には。妹が対応する場合もあります」

「へぇ、妹がいるんだ」

「はい。妹の名は唯花(ゆいか)。僕の部屋の隣、二〇二号室に住んでいます。二〇三号室には叔父が」

「二人にも挨拶した方がいいですか?」

「他の住人の皆さまと同じく、あえて顔を合わせる必要はないですよ。ただ、相談窓口用のスマホ――皆さまの連絡先と異彩情報は三人で共有しておりますのでご了承ください」


 ガチャ、とドアの開く音が響く。

 事務所の入口に白衣姿の男性が立っていた。まるで医者のようだが、白髪交じりの髪はぼさぼさで無精ひげを生やしている。四十代後半くらいだろうか。ハルは「ちょうどいいところに」と呟いた。


「こちらが僕の叔父、月下信行(のぶゆき)です」

「……えっ、そうなんですか?」


 白衣の男性――信行は「やぁ」と右手を挙げた。失礼ながら、美麗なハルとはあまりにも雰囲気が違う。こんなだらしない風貌のおじさんがハルの縁者だなんて、説明されなければ絶対に分からない。


 信行は白い紙袋を手にしている。

 病院で処方される薬のようだ。

 それをハルに手渡した信行は、こちらに向かって微笑した。


「俺はファミリア(ここ)じゃ〝ノブおじさん〟で通っている。そう呼んでね」

「分かりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。色々話したいところだが今は忙しくてね。またの機会に」


 白衣をなびかせ身を翻した信行が事務所を出て行く。ハルは苦々しい笑みを浮かべた。


「慌ただしくて申し訳ありません」

「別にいいですけど。それより、さっき叔父さんに渡されてた袋って……薬?」

「いえ。ここのところ食事が偏っていると話したら、ビタミン剤を用意するから飲めと言われたんです。わざわざ来客中に渡さなくて良かったのですが」


 ハルは薬袋をジャケットの内ポケットに突っ込み、契約関係の書類を挟んだファイルを片付けた。


「話にキリもついたので、住人のリーダー的存在となっている方を紹介しておきます」

「リーダー?」

「異彩者の中では珍しく『人が好き』と断言されている方です。住人の皆さまのこともよく把握していますので、何かと力になってくれると思いますよ。それに、律子さんの隣人となる方ですから」


 ハルは「行きましょうか」と歩き出した。向かった先はコンビニ。今日も客はおらず、レジカウンターに店員が一人――初めてマンションを訪れた日と同じ男性が立っている。

 男は「こんちわーっす」と言い、続けて「キミは先日の!」と目を輝かせた。テンション高く挨拶した店員を見て、ハルが首を傾げる。


「既に対面していたのですか?」

「前に事務所の場所を訊いただけです。っていうか、この店員さんがあたしの隣人?」

「えぇ。加我俊介(かがしゅんすけ)さんです」


 紹介を受けた店員――俊介が「シクヨロ!」と鬱陶しいトーンでピースサインを突き出してくる。住人のリーダー的存在がこんな軽いノリの男だと分かり、一気にげんなりした。言葉を投げる気力もないあたしの代わりに、ハルが話を進めていく。


「彼女は藍沢律子さん。来週月曜日、三〇一号室へ引っ越されますので」

「こんなモデル級美人が隣に越してくるとは。超サイコー、テンション上がりまくりって感じだよね」


 ヒュー、と俊介は口笛を吹いた。あたしは長身だが、美人と言える顔でないことは自覚している。この男は絶対に相容れないタイプだ。


「オレ、堅苦しいのは好きじゃないんだよね。今後はお互い敬語ナシで、フレンドリーにしちゃお? ハルも含めて〝三人親友同盟〟だ!」

「僕は管理人という立場上、皆さまに丁寧な口調で――」

「分かってるって。ハルは何度言っても変わらないもんね。でも律子ちゃんはタメ口で大丈夫っしょ?」

「もちろんです」

「ってことで律子ちゃん、今日からオレたち三人は友達ね! オレは二十八――キミより年上だと思うけど、年齢なんて全然気にしなくてオッケーって感じだから」


 ……軽々しいノリ。

 あたしには付いていけそうにない。

「勝手に決めないでくれます?」と返すと、俊介は大口を開けて笑った。


「いいねいいね! そういう強気な子、オレ好きだよ? 今後とも楽しく行こ!」

「……面倒くさっ。もういいよ、適当で」

「了解! ハルにもラフな感じでオッケーだからね」

「いや、それは管理人さんが決めることでしょ。何であなたが仕切ってるの?」


 ハルに目を向けると「気楽に接してくれて構いませんよ」と笑みを返された。俊介は「ほらね」とでも言わんばかりのドヤ顔をしている。この鬱陶しいやり取りを終わらせるべく、「じゃあ両方にタメ口で」と言い切った。


「オレは開店から閉店まで――朝八時から夜八時までここにいるから。どんどん遊びに来てね」

「……まぁ、機会があれば」


 コンビニは年中無休、平日は俊介が一人で対応。土日はハル、もしくは彼の妹・唯花が店番しているらしい。説明を終えたハルが「僕たちはこれで」と会釈すると、俊介はブーイングを飛ばした。


「そんな慌てなくても。三人で楽しいトークタイムを――」

「時間がないので失礼します」


 満面の笑みでばっさり会話を断ち切ったハルのあとに付いていく。彼はエントランスに出たところで立ち止まり、こちらへ振り返った。


「とまぁ、俊介さんはああいった雰囲気の方です」

「よーく分かったよ。あの手のタイプは誰にでも、美人だの可愛いだの言うんでしょ?」

「僕も、イケメンだの男前だの言われたことがありますよ」


 完全な主観になってしまうが、ハルは〝男前〟とは違う気がする。自分なりに考え「綺麗な顔してると思うよ」と伝えると、「嬉しいです」と返ってきた。しかし表情も声色も変化がなく、本当に喜んでいるのか分からない。俊介とは違う意味で、この(ひと)も苦手なタイプだなと感じた。



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