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【1】



【Episode8】



 信行の部屋は、同じファミリアの一室とは思えないほど狭く感じられた。たとえるなら病院の診察室。薬品らしきボトルの並んだ棚や、見たこともない形状の機材が複数設置されている。


 部屋の隅にあるベッドでは唯花が眠っていた。信行いわく、彼女には鎮静剤を投与したとのこと。意識を失ってから一度も目覚めていないそうだ。


 キャスター付きの椅子に座った信行の前に立つと、ハルは「話を聞かせてください」と言った。頷いた信行が口を開く。


「俺が唯花とハルを引き取った頃、二人には〝絶望〟という共通の心情があった。その絶望を和らげる方法を模索していたんだ」


 異彩や家庭環境のせいで心を閉ざし、人と関わることに不安を示す――そんな管理人兄妹にとって、互いの存在はとても大きなものだった。一般的な兄妹より強く相手を想い、互いを必要としていたかもしれない。


「だが所詮、ヒトは〝感情を持つ生き物〟だ。今後どちらかの心が離れてしまう可能性がある。たとえば、どちらかに恋人ができた場合。兄妹より大切な存在ができれば、片方は寂しい思いをすることになる。仮に二人同時のタイミングで恋人ができたとしても、いつかその相手に捨てられる可能性もあるだろう? そんなことが起きれば、二人はまた深い傷を負うことになる。そういった事態を未然に防ぐために何ができるか考えていた」


 以前の唯花は常にハルの心を読み、そこに安息を求めていたそうだ。唯花にとって不都合な思考がハルの中に生まれれば、彼女はますます深い絶望へ堕ちてしまう。


 だからといって唯花の心情を優先すれば、ハルの人生は彼女に振り回されたものになってしまう。しかもハルは、半ば心を壊しているのだ。負の感情を抱かなくなってはいるが、新たに強い絶望が襲い掛かった場合、今度はどうなるか分からない。


 双方の〝意思〟がある限り、絶対的な安息は生まれない。

 ならばその意思を奪ってしまえばいい――それが、信行の辿り着いた結論だった。


「ハルと唯花が二度と絶望に苦しまないよう、絶対的な〝安息の場(存在)〟を作ってやりたかったんだ。絶対に互いを裏切らない、絶対に他の人間を愛さない、唯一無二の(つがい)として死ぬまで結ばれる。そうなるよう思考制御すれば二人は幸せでいられる、これ以上深い傷を負うことなく生きられると考えた」


 そんな想いから開発されたAIチップ。ハルと唯花は愛し合うよう仕組まれ、実際そのとおりになったというわけだ。あたしはひとまず納得したが、ハルは腑に落ちなかったらしい。「どうして」と呟いた。


「何故、僕のことを気遣っていたかのような発言をするんですか? 叔父さんと血の繋がりがある唯花と違って、僕は赤の他人……唯花が僕を慕っているから邪険に扱わなかっただけですよね? AIチップの研究開発だって、唯花にとって最良となるよう考えたものでしょう?」

「お前さんだって可愛い甥っ子だよ」

「叔父さんにとってどこの誰かも知らない男女から生まれた子を――しかも唐突に預かる羽目になってしまっただけの子を、本当の姪と同じくらい可愛いと言うんですか?」

「血の繋がりなど何の役にも立たない。お前さんも理解しているはずだ」


「……僕を捨てた父のことですか」

「あぁ。『血の繋がった子は絶対に可愛い』なんてのは、未婚の俺が抱いていた幻想だと気付かされた。あんなろくでなしに任せるくらいなら俺が引き取ると決め、傷付いたハルたちと一緒に暮らし始めて……。気を遣ってばかりのお前さんを見て『もっと甘えてほしい、父親代わりになってやりたい』と感じたんだ。赤の他人でも可愛い子は可愛い。そんな答えじゃ不満かい?」

「……いえ。そんなふうに思われていたとは知りませんでした」

「こんな話、改まってするのも照れくさいだろう」


 苦笑した信行は「話を戻していいかい?」と訊ねつつ、ベッドに横たわる唯花に目を向けた。彼女は未だ起きる気配を見せない。


「今お前さんたちに語った本音は、AIチップの開発を始めた頃、唯花にも同じように話した。あの子は〝ハルの心がこれ以上壊れないように〟とAIチップに賛同してくれたが、迷いも抱いたらしい。『兄を独り占めできるのは嬉しいが、それが恋愛感情となると困るかもしれない』と言った。そして『私にもAIチップを入れてくれ』と申し出たんだ。これは俺たち二人だけの秘密ということにしてね」


 唯花に埋め込まれたAIチップは現在まで何の異変も異常もなく、ハルに恋愛感情を抱き続けている。しかしここ最近、ハルの制御だけ揺らぎ始めたそうだ。先日コンビニであたしを(かば)ったハルを見て、信行は嫌な予感を覚えたらしい。


「俺がハルたちに行動を報告させているのは、万が一AIチップに不具合が出た際、すぐ対応できるようになんだ。これまでそんな機会は一度もなかったが、ついにそのときが来たのではないかと焦ってね」

「そっか……コンビニで喋ったとき管理人さんを部屋に呼んだのは、あたしを庇ったのが気に入らなかったからじゃなくて、異変が起きていないか心配だったからですね?」

「そのとおりだ。あの夜、AIチップに異常がないかチェックしつつハルと会話を行ったんだが……コンピュータ上では何の問題も感知できないのに、ハルの唯花に対する発言は揺らいでいた。律子ちゃんが自分の異彩で、ハルに何かしたのかな? お前さんはどんな秘密を持っている?」


「あたしの裸眼と視線が重なると、その人の潜在意識が顕在化するかもしれないんです。それが事実と確定したわけじゃないけど……あたしの左目を見てから、管理人さんは〝自分の意思で恋愛したい〟って思い始めたらしいですよ?」

「……なるほど。律子ちゃんの推測も、あながち間違いではないかもしれないね」

「心当たりがあるの?」

「お前さんに『ハルの異彩を他言する覚悟がない』と発言したことだ。自分自身、『俺は何を言っているんだ』と困惑したからね」


 あたしが返事をする前に、ハルが「どういうことですか?」と眉をひそめた。信行に左目を見せたこと、それを口止めされていたことを打ち明ける。ハルは何を言うでもなく信行に視線を戻した――話を進めてくれという意思表示だろう。


「AIチップには複数の情報データが入っている。一種の媚薬のようなものと言えば分かりやすいかな? 特殊な信号を発信し、データを脳内の情報伝達に介入させ、脳が勘違いを起こすようなシステムを組んでいるんだ。そうすることで恋愛感情の画一化を図っている」

「……何それ。小難しくてよく分かんない」

「いい機会だ、簡単に解説してやろう。ハルにも細かな仕組みは教えていなかったからね」



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