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【3】



「他人の魂を宿している、なんて言われても、ピンとこないかもしれない。でも……信じてくれる?」

「もちろん、哲司さんの妄想話だなんて思わないですよ」

「ありがとう。……実はぼく、ずっと〝自分が何者なのか〟って考えながら生きてきたんだよね……。ぼくにはエリザベートの魂が宿っている……つまりぼくは、エリザベートが姿を変えただけの存在なのかなって。〝哲司〟という人間なんて、本当は存在しないんじゃないか……って」


 見たことも聞いたこともないのに、残酷な処刑や拷問に関する知識を有している。知るはずのないことを生まれつき知っている自分が、まるでプログラミングされたロボットのように感じられる――哲司はそう語った。

 しかし。

 ここまで静観を貫いていたハルが「違うと思いますよ」と口にした。


「あくまで僕の個人的見解ですが。そうして自分の存在に疑問を抱くことこそ、エリザベートと哲司さんが別物だという証拠だと思います。それに僕から見たあなたは、哲司さん以外の誰でもありません」

「でもぼくは、やっぱり自信がなくて……〝普通〟の人が羨ましいんだ。ファミリアも、同族同士で集まるしかなかった死刑執行吏たちと同じ……ぼくたちみたいに普通じゃない人は、こうして集まることでしか安心できないのかなって。どこにいても結局、世間の目を気にして生きる道しかない……落胆みたいなものを抱えたまま、ここで暮らしているのも事実なんだよね」


 哲司に限らず、ファミリアの住人は皆「自分の異彩がなくなればいいのに」と考えたことがあるのではないだろうか。

 子供心に訳も分からず異彩を宿していた頃はともかく、成長して〝自分は普通じゃない〟と気付いたときはショックを受けたと思う。今は割り切ることができている異彩者も、そこに至るまでに散々悩んだはずだ。


 哲司もハルも、俊介も杏子も唯花も、他の住人たちも皆――一生、異彩と付き合っていかなければならない。死ぬまで解放されないのだ。


 苦悩の大きさや生活への影響度は各々違うだろうが、生きている限り終わりがないのはみな同じ。異彩を隠すこともコントロールすることもできない住人は特に、終わりのない地獄のように感じているかもしれない。


 ハルは哲司の肩に手を乗せ、煌びやかな笑みを浮かべた。


「哲司さんは〝集まることでしか安心できない〟とおっしゃいましたが、〝集まれば安心できる〟って素敵なことだと思いませんか?」

「そう……かな?」

「そうですよ。住人同士で交流する人もしない人も、多かれ少なかれ居心地の良さや安心感を抱いてくださっているはず――でなければ退去されるでしょうからね。それに〝世間の目を気にして生きる〟なんて、異彩者であろうがなかろうが関係ない。生きづらさを感じることくらい誰にでもありますよ」


「……普通(・・)の人も、ぼくたちと同じくらい、辛いことはあるのかな?」

「同じ社会の中で生きているんです、誰だって同じですよ。失恋して苦しんだり、家族との関係が上手くいかなかったり、仕事を辞めたくなったり――そういう悩みは異彩のある・なしに関係ないと思いませんか? 確かに僕たちはハンデを背負っていますが、だからといって普通の人が楽をしているわけではないんです」

「……頭では、そう分かってるんだけどね」


 哲司の心情は、何となくだが汲み取ることができる。ファミリアで痛みを共有できる人々に出会っても、「普通の人が羨ましい」という妬みにも似た感情は消えない――結局それが本音なのだ。あたし自身、その気持ちはこれから先も変わらないだろう。しかし、ファミリアに来て変化した感情もある。


「あたしが思うに、〝生きる〟って行為自体が試練みたいなものじゃないですか? みんなそれぞれスタートレベルは違うけど、楽な人生なんて誰も保証されない。信頼できる人がいてもいなくても、根本的にはみんな独りぼっちで戦い続けるしかないんだと思います」

「……みんな、独り?」


「何でもかんでも誰かが助けてくれるわけじゃないし、救いの神様なんて存在しないし、いつか死ぬときが来たって……誰かと一緒に逝けるわけじゃない。生きていたら、独りで戦わなきゃいけないシーンの方が圧倒的に多いはず。だから〝生きる〟っていう苦行を継続してるだけで、あたしたちは充分すごいんじゃないかって……自分を褒めてやってもいいんじゃないかなって。そんなふうに思うようになってきたんですよね」


「……ぼくみたいに、卑屈な奴でも?」

「哲司さん、出会ったときに比べてお喋りになりましたよね。ちゃんと努力して、人見知りっていうコンプレックスと向き合ってきたわけでしょ? すごいことだと思いますけど」

「……そう、かな。友達を作っていろんな会話するの、ずっと夢で……」

「じゃあもう夢叶えてるじゃないですか。杏子さん、哲司さんのこと『仲良しの住人だ』と言ってましたよ」

「えっ……杏子ちゃん、ぼくのこと、仲良しだって?」

「うん。それに、俊介と管理人さんと〝仲良し同盟〟とかいうやつを結んだんでしょ? 友達の輪が広がってますね」


 哲司は「〝三人親友同盟〟だよ」と訂正し、目尻に皺を寄せた。実際に見ることはできないが、晴れやかな笑みが浮かんでいるのではないかと思う。


 三人で図書室を出ると、ハルに呼び止められた。哲司は一足先にエレベーターで上階へ向かい、エントランスで二人きりとなる。用件を訊ねると、ハルは言い淀むような仕草を見せた。人に聞かれるとまずい内容だろうか。


「また図書室に戻る?」

「いえ……。昼間のストラップの件と、今哲司さんとお話しているときに感じたことなのですが。最近の律子さん、雰囲気が変わりましたね」

「そう? 自分ではそんな意識ないけど」

「こういう言い方をしていいものか分かりませんが……当マンションに入居した頃に比べ、柔らかい印象を受けるようになりました。出会った頃『俯いて歩く癖が抜けない』と教えてくれましたが、そんなことも少なくなってきたのでは?」

「……言われてみればそうかも?」

「住人の皆さまと関わることで、心と仕草が変化してきたのかもしれませんね」


〝人間が好きになった〟というわけではない。ただ、ファミリアの住人と打ち解け始めているのは事実だと思う。

 今では俊介のことを「絶対に相容れない奴だ」なんて考えなくなったし、唯花や杏子からメールがあるとすぐ返信する自分がいる。ハルと出掛ける時間を楽しいと感じているのも本心だ。あたしが一方的にそう感じているだけで、彼らを〝友人〟と呼んでいいのか分からないが――。


「後日ストラップの件のお礼をさせてください。食事をご馳走します」

「じゃあ新しい激辛料理を期待しとく」

「お任せください。ご案内できるお店はまだたくさんありますから」


 お礼は今週金曜の夜、ファミリアから車で二十分程度の中華料理屋で――そんな約束を交わし、ハルと別れた。



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