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【Episode5】
週明けの午後、コンビニのカウンターで雑誌をめくっているところにハルが現れた。今日は商品の配送業者が来る日。しかしその対応にしては時間が早い。
「偏頭痛、今日は大丈夫なの?」
「えぇ、ご心配ありがとうございます。新しい商品が追加される予定なので発注画面を確認しに来ました」
「そうなんだ。どんなの?」
「杏子さんからのリクエスト、スポーツドリンクです」
「杏子さん、スポーツ……。もしかして〝スポ恋〟っていう乙女ゲームに関係してる?」
「どうでしょうか。僕は詳しくないのですが」
ハルと並び、パソコンの発注画面を閲覧する。追加される商品は《レモンエナジー:スポーツマンと恋しよっ♪スペシャル限定パッケージ》というものだった。
「杏子さん、このアプリが好きなんだよ。限定パッケージを集めたいのかも」
「全部で何種類あるかによりますが、入荷数を増やしてもいいかもしれませんね。公式サイトをチェックしてみます」
スラックスから取り出されたハルのスマホに違和感を覚えた。何かが足りない……クロスと月がモチーフになった、唯花の手作りストラップがない。取り外したのかと思ったが違う。紐の部分は残ったままだ。
「あのストラップ、千切れちゃったの?」
「あれですか。三日前――金曜の夜、帰ってから気付きました。どこかで落としてしまったのでしょう」
淡々と説明しながら、ハルはスマホ画面を操作していた。あのストラップは宝物だ、自分にとっては本物の宝石より価値があると言っていたのに……随分と冷めた反応に思える。
「失くしたってことだよね?」
「はい。部屋と車の中を探しましたが見付かりませんでした」
「大事なものなんでしょ? もっとちゃんと探したら?」
「失くしてしまったら諦めるほかありません。それより、杏子さんのために限定商品のことを――」
「金曜って、あたしの忘れ物に付き合ってくれた日だよね? 管理人さんが湊公園で時間を確認したとき、まだストラップは付いていた」
「そうですが……」
「ってことは、あの公園から車に戻るまでの間に落とした可能性が高いんじゃない? 湊公園に行ってみよう」
「どこに落としたか分からないものを探すなど、時間の浪費でしかありません。大体、湊公園に行ったのは三日前ですよ? あそこで落としたのだとしても、落下した場所にそのまま残っているとは考えにくいです」
唯花に頼めば、また同じものを作ってくれるだろう――ハルはそう言ったが、それは〝同じ〟と言えない。あのストラップに込められた想いは戻ってこないのだから、見付かる可能性が低くても探しに行った方がいい。そう訴えたが、ハルは営業スマイルで首を横に振るだけだった。
「律子さんのお気持ちはありがたいですが、やらなければならない仕事があります。ストラップを探すために費やす時間はありません」
「だったらあたしが探してみるよ。湊公園で落としたならあたしにも責任があるしね」
「律子さんのせいだなんて思っていませんよ。第一、僕のために動くなど時間の無駄でしょう」
「あたしが何に時間を使おうと、管理人さんには関係ないでしょ」
「……何故、ストラップひとつのためにそこまで?」
誰かのためにムキになるなんてあたしらしくない。でも、あたしにも大切なものがあるから放っておくことができない。母さんのくれたラピスラズリのブレスレット――今も左手首で輝いている宝物を失くした場合、足掻きもせず諦めるなんて考えられなかった。
「もしあたしがこのブレスレットを失くしたら、『探すのを手伝う』じゃなくて『無駄だから諦めろ』って言うの?」
「そうですね。代わりに僕が似たブレスレットをプレゼントしますよ」
「それじゃ意味がないって言いたかったんだけど。……正直、管理人さんにはがっかりしたよ。なんか冷たい感じがする」
笑みを崩さなかったハルの表情が、ここにきて変化した。視線を泳がせ、スマホを手の中でもてあそんでいる。あたしの発言に傷付いた……というわけではなさそうだ。どちらかと言えば困っているような顔に見える。
「すみません。自分の考えを押し付けるつもりはなかったんです」
「押し付けられたとは思ってないよ。ただ、あたしは管理人さんみたいに割り切れないから。今から湊公園に行ってみる」
「コンビニの仕事はどうするのですか」
「さっき俊介が買い物に来たんだけど。『職探し中で暇だ』ってウダウダ雑談……って言うより、一方的に話しまくるから帰ってもらったんだよね。事情を話せば代わってくれるんじゃないかな」
「時間があるからと言って突然そんなことを頼まれても迷惑でしょう。俊介さんの時間まで奪うわけにはいきません」
「さっきから時間時間って……。〝住人に迷惑を掛けたくない〟っていうのとは違うんだね? そんなに他人の時間の使い道が気になる?」
ハルは口をつぐんだ。
あたしの勘違いかもしれないが、彼は時間に対する執着心が強いように見える。今に限ったことでなく、これまで何度も時間を気にする素振りがあった。判断や行動など、何かにつけて急いでいるような――。
「なんか、管理人さんってせっかちだよね。もう少しゆっくり行動してもいい気がするけど」
「せっかちではなく、時間を浪費したくないだけです。〝時は金なり〟という言葉もあるでしょう?」
「言いたいことは分かるけど……管理人さんの場合、こだわりすぎって感じがするんだよね。まぁそれが悪いとは言わないけどさ」
「以前、母が死んだという話をしましたよね?」
「……そだね」
「人間、いつどんな瞬間に死んでしまうか分からない――未来なんて呆気なく閉ざされてしまうんです。今日を生きていることだって当たり前じゃない。だからこそ一分一秒を無駄にせず、自分のやりたいこと、やらなければならないことに最善を尽くしたいんですよ」
母親を失うことがどれだけ辛かったか。その気持ちを理解できるなんておこがましいことは言えないが、ハルが〝今を懸命に生きたい、後悔したくない〟と考えていることは伝わってきた。しかし――。
「大切なものを探す時間を〝無駄〟って一言で切り捨てるのは寂しくない? 唯花だって凹むと思うよ」
「どうして妹が?」
「あの子、読もうと思えば管理人さんの心を読めるわけでしょ? もし『唯花からのプレゼントを探す時間は無駄』なんて気持ちが伝わったら落ち込むんじゃない?」
「……そうなのかもしれませんね。自分のことばかりで、妹が悲しむかもしれないという部分に考えが及びませんでした。すみません」
「謝る必要はないけど。あたしはやっぱり責任も感じるし、捜しに行くからね」
「……僕も行きます」
「店番は俊介に頼んでいいの?」
「僕から電話します。僕のせいで迷惑を掛けるのですから」
ハルが電話を掛けて事情説明すると、在宅中だった俊介はすぐにOKを出してくれた。ただし、店番を頼むのは二時間だけ。そこでストラップが見付からなければ諦める――ハルにそう念を押され頷いた。
俊介がコンビニに来ると、彼にあたしのエプロンを貸した。ハルの運転で湊公園へ。午後の公園には犬の散歩をする人の姿があった。金曜の夜に煌めいていたツリーは、電飾コードだらけの無機質な大木にしか見えなくなっている。
ハルは駐車場近辺、あたしは公園内と手分けして捜索開始。二人で会話した場所を歩いたが、さらさらとした土に覆われた地面が広がっているだけだった。自分たちが歩いていない箇所も丹念に探していく。
代わり映えのない地面を見渡しながらツリーに近付いたとき、電飾とは違う飾りが枝にぶら下がっていることに気付いた。クロスと月のストラップが引っ掛かっている。間違いない、ハルのものだ。地面に落ちているのを誰かが気に留め、この場所に吊るしたのだろうか。




