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【1】



【Episode4】



 俊介と再会することになったのは翌日だった。コンビニの閉店準備を始めようとした矢先、俊介が店内に入ってきたのだ。彼はキャリーケースを引いていた。


「律子ちゃん、久しぶりだね」

「うん。管理人さんが俊介のスマホに留守電を入れたはずだけど?」

「ちょうど今、事務所に寄ってきたとこだよ」


 俊介の表情はにこやかだが、いつもの鬱陶しいテンションがない。むしろ元気がないように感じられた。


「体調でも悪いの?」

「体調不良じゃないよ。……ちょっとだけ、つまんない話を聞いてもらってもいいかな?」

「別にいいけど。仕事が終わってからでいい?」

「うん。オレの部屋、一ヶ月も放置しちゃって埃っぽいかもしれないから。律子ちゃんの部屋にお邪魔してもいいかな?」

「……分かった。あとで呼びに行くよ」


 俊介は「ありがとう」と言い、静かにコンビニを出て行った。普段の彼なら「律子ちゃんの部屋に行けるなんてラッキー」とか何とか、くだらない冗談を飛ばしそうなのに。そんな心の余裕がないということか。


 コンビニの閉店業務を終えると三〇二号室へ出向いた。俊介とともに自分の部屋へ戻り、麦茶を二杯用意する。ローテーブルを挟んで向かい合ったところで、俊介は「本当につまんない話だから申し訳ないけど」と前置きした。


「オレは北海道出身なんだけどね。とある女の子に会いに行ってたんだ」


 俊介はジャージのポケットから、手のひらサイズの手帳を取り出した。シンプルな紺色の表紙には《生徒手帳》と刻印があり、その下に中学校の名前がある。

 生徒手帳の間には小さなサイズの写真が挟まっていた。あどけなさの残る学生服姿の俊介と、セーラー服を着た女子生徒が写っている。


「オレが中学一年生のときから好きな子。もう十五年くらい片想いしてるんだ」

「十五年も?」

「うん。中学を卒業してからもたまに連絡を取ってて、年に一度、実家に顔を出すついでに二人で遊んでたんだけどね」


 俊介は異彩が原因で、その子に告白することができなかったという。気持ちが昂ると、口から出る冷気をコントロールできなくなる虞があるからだ。仮に付き合うことができたとしても、キスすることすら叶わなかったかもしれない――俊介は自虐的に肩を竦めた。


「俊介、女好きっぽい態度を取ってるけど……それは仮面みたいなもので、ホントはすごく一途だったんだね」

「気恥ずかしいけど、まぁそんな感じです」

「で? 今回その人に告白したの?」

「うん。『俊介くんに恋愛感情はなかったけど前向きに考えたい。もう少したくさん出掛けたりしてみたい』って言われた」

「それ、一応OKってこと?」


 俊介は曖昧に頷いた。

 彼は元々「告白して振られて潔く帰ろう」と考えていたらしい。しかし思いがけずチャンスをもらうことができた。彼女がそう言ってくれるならもう少し地元に滞在しようと考え、ファミリアに戻ってくるまでに時間がかかったそうだ。


「今まで年に一度しか会ってなかったけど、週に二日くらい、メシに行ったり映画に行ったりしてさ。数日前は……実家に置いてあるオレの車で、彼女とドライブに出掛けたんだよ。その夜、彼女を家まで送り届けて。『付き合おうか』って、そんな感じの流れになって――」


 ふと、俊介の視線がテーブルに落ちる。少しの沈黙のあと、彼は悲しげに微笑んだ。


「すごい嬉しくて興奮しちゃって……氷の息をコントロールできなくなっちゃったんだよね。焦れば焦るほど酷くなって、彼女の服や髪に息がかかって、バリバリとあちこち凍っちゃって。彼女、逃げるように車を降りて家に入っちゃったよ。泣きながら『怖い、近付かないで』って言ってた」

「……そう」

「異彩をコントロールできなくなったのは高一のとき以来で、オレ自身パニックだったよ。あとで彼女に連絡してみたけど、電話もメールも応じてもらえなかった。……もう二度と会えないかもしれないね」


 掛ける言葉が見付からなかった。

 俊介の痛みは理解できる。

 しかし、相手の女性を責めることもできない気がする。

〝普通〟の人間である以上、俊介の異彩に怯えるのも無理はないからだ。


「やっぱオレみたいな奴に恋人なんてできないんだろうな」


 そんなことはない、異彩を受け入れてくれる人もいる――なんて下手な励ましは傷付けるだろう。自分も虐げられた過去を持つ身だから想像がつく。


「俊介が辛いのは分かるよ。でも……ごめん、あたしには気の利いたことを言えそうにない」

「気にしないで。恋愛は上手くいかなかったけど、案外すっきりしてるっていうのもまた事実というか……。自分の気持ちに正直になって、十五年越しの想いを伝えることができたからかもね」


 俊介はニッと歯を覗かせた。

 その表情は先ほどまでと違い、どこか吹っ切れたように爽やかだった。


「しっかし、優しくて大好きな子をあそこまで怯えさせちゃったことは悔しいかな。ファミリアの住人が平然と異彩を受け入れてくれることで、外での普通(・・)を忘れかけていたことに気付かされたよ」


 どんなに心根が優しい人でも、やはり普通(・・)と違うものは受け入れがたいのだ。

 それは仕方のないことだと何年も前に諦めがついていたはずなのに、何故か無性に心苦しく感じた。


「つまんない話に付き合ってくれてありがとね。これから心機一転、頑張るよ」

「仕事はどうするの? コンビニに戻る?」

「さっきハルと話して、コンビニには戻らないことにした。オレ……あんなことがあっても人が好きなんだよな。気持ちが昂らないよう細心の注意を払いつつ、外で自分のやりたい仕事に就こうと思う」


 今後は料理の腕前を生かした仕事を探したいとのことだ。俊介が作った料理はどれも美味しかったし、あたしと違い社交的だからいい仕事が見付かるだろう。


「オレの代わりにコンビニの仕事を始めた律子ちゃんと哲司君には、本当に申し訳ないけど……」

「あたしのことは気にしなくていいよ。哲司さんも人見知りを克服しようと頑張ってるみたいで、あたしにも毎日挨拶してくれるようになったから。大丈夫なんじゃない?」

「ありがとう。……これからも仲良くしてね」


 右手を差し出される。「馬鹿馬鹿しい」とあしらいたいところだが――今日は特別、彼の手を握り返すことにした。


「……あのさ。俊介が嫌でなければ、ひとつ訊かせてもらってもいい?」

「何でも訊いちゃってよ。今のオレ、律子ちゃんのおかげでホント元気になったって感じだからさ」

「じゃあ遠慮なく。十五年も一途に想い続けるくらい人を好きになるって、どんな感覚なの?」

「どんな、って訊かれても……『とにかく大好き!』って感じ? っていうか、そんなの考えたこともなかったな」

「ふーん……」

「もしかして律子ちゃんも片想いしてる相手がいるの?」

「逆だよ。あたし、そもそも人間がそんなに好きじゃなくて、恋愛もしたことないから……単純に疑問に思っただけ」

「そうなんだ。でも律子ちゃんみたいなモデル系美女なら絶対――」

「見え透いたお世辞は結構」

「そりゃちょっと大袈裟だったかもしれないけど、百パーセントお世辞ってわけじゃないよ。たまーに見せてくれる笑った顔、最高にキュートって感じだからね」

「……まったく。調子いいんだから」


 話を聞かせてくれたことにお礼を告げると、俊介は「こちらこそありがと」と言いながら腰を上げた。彼が隣室へ帰るついでにあたしも部屋を出る。これからバイト先の工場に戻らなければならない――ロッカーの中にスケジュール手帳を置いてきてしまったからだ。


 明日は土曜。

 あたし自身は休日だが、ラベル貼りを行っている物流工場は年中無休で動いている。手帳には他人に見られたくない書き込みもあるため、誰かが手に取る可能性がある以上、今日中に取りに行かなければと考えていた。俊介との再会で忘れかけていたが。



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