【2】
「ハルくんがいつも住人のことを第一に考えてくれて、頼りがいのある優しい人だってことは分かってます。でもちょっぴり冷たいところもあると言いますか、笑顔の裏で全然違うことを考えていそうと言いますか……。不思議な人だなーって感じるシーンも度々あるんですよね」
「変わり者の叔父に何となく似ちゃったんですかね?」
「そういえば俊介くんも、ノブおじさんのこと『変わってる』とか言ってましたけど。私はそんなふうに思ったことないですねぇ」
杏子から見た信行は、息子と娘を可愛がるお父さんそのものらしい。人によって感じ方は様々のようだ。
「ノブおじさんが唯花ちゃんの子供時代を話してくれたときなんて、まさに〝娘にデレデレのお父さん!〟って顔でしたよ。ハルくんは投資について教えてもらったり、服を買ってもらったりしてるみたいです。――そうそう、ハルくんの髪にお洒落な金色のメッシュが入ってるでしょう? あれもノブおじさんのセンスらしいです。ゲームキャラみたいで格好いいですよねぇ」
「なんか、微妙にイメージが違う……あたしの知ってるノブおじさんと同一人物なのか疑問に思えてきた」
「実は叔父さんの方が、入れ替わりの双子だったりして!?」
くいっと指で眼鏡を持ち上げた杏子の瞳は、マンガに出てくる名探偵キャラのように煌めいている。呆れつつ「ありえないって」と返した。
「でも管理人さんの方は、叔父のことあんまり慕ってない感じがしません?」
「やっぱり気を遣ってるんじゃないですかねぇ? 実のお父さんとノブおじさんがすごく揉めたって話、ハルくんから聞いたことがあるんです」
「まさか、管理人兄妹の前で『お前が面倒見ろ』とか押し付け合ったの?」
「そんな細かい状況までは申し訳なくて訊けなかったですよ。でも私がハルくんの立場だったら『引き取ってくれた叔父さんのためにも良い子でいなくちゃ!』って思うかもです」
「んー……。それがあの営業スマイルに繋がったんですかね」
「中性的な王子様イケメンで、完璧な笑顔と優しさの中にミステリアスさも孕んでいる……乙女ゲームのキャラだったら人気が出そうですな」
杏子は乙女ゲームについて熱弁し始めた。彼女にとって何より魅力的なものらしい。そこまで熱中できるものがあるなんて羨ましい気もする。
杏子の部屋を出る際、「今度は律子ちゃんのおうちに遊びに行ってもいいですか?」と訊ねられた。あたしは杏子の話題に付いていくことができないのに、それでも休日を共有したいと思ったのだろうか。悪い気はしなかったため「都合が合えば」と返事をしておいた。
* * *
週明けの午後。
一人でコンビニの店番をしていると、スーツ姿のハルが顔を出した。彼がここに来るのは商品の納品時だけ――週二日となり、入居した頃に比べて会話する時間はかなり減っている。
ハルは配送業者の男性に挨拶し、納品書にサインした。普段はここで店を出ていく彼だが、今日は届いた荷物を開封している。取り出されたものは《激辛ザクザク地獄》というスナック菓子だった。
「懐かしいお菓子だね」
「律子さん、ご存じなんですか?」
「夏季コンビニ限定の激辛スナックでしょ?」
「そうです。律子さんも辛いものがお好きなんですか?」
「まぁね。アパートに住んでた頃は、近所にある激辛自慢の店に通ってたよ」
「奇遇ですね、僕も辛いものには目がないんですよ。俊介さんから『舌が壊れてる』と言われたこともあるくらい」
段ボール箱には同じお菓子が十袋入っている。ハルは「よろしければおひとつどうぞ」と渡してくれた。
「あたし、今は財布持ってないんだけど」
「お金は不要です。これは僕が自分用に仕入れたものなので」
「店に並べないの?」
「発売当初から仕入れているのですが、住人の皆さまにはウケが悪いようで。全く売れないんです」
ハルは「美味しいんですけどね」と言いながら、段ボール箱に入っている激辛スナックをレジ袋へ移し始めた。
「激辛と言えば、当マンションから車で十分ほどの場所に美味しいお店がありますよ。僕も月に一度は行っている有名店です」
「それは気になるね。あたしはこのあたりの地理に疎いから、詳しく教えてくれると助かるんだけど」
「もちろん構いませんよ。律子さんのご都合がよろしければ、今夜にでも食べに行きませんか?」
場所を教えてくれるだけで構わなかったのだが、ハルは「せっかくの機会ですから一緒にお食事しましょう」と微笑んだ。コンビニの閉店時間に合わせ、彼も仕事にキリをつけるという。
「そんな慌てて時間を空けなくても、また今度でいいよ?」
「他に予定がありますか?」
「そうじゃないけど」
「では今日にしましょう。行くと決めたからには早い方がいいです」
ふと、杏子の発言が脳裏をかすめた――「ハルにはドライな一面がある、ちょっぴり冷たいところもある」――そう語っていたが。あまりにもテキパキしていて隙がなく、事務的で冷たい印象を抱く人もいるかもしれない。
「唯花も誘ったら?」
「妹は辛いものが苦手なんです。そのお店は激辛料理一品で勝負しているので、一緒に行くことができないんですよ」
「じゃあ仕方ないね。あたしは今夜で大丈夫」
「分かりました。僕が車を出すので、仕事が終わったらマンション前の駐車場でお待ちください」
それでは後ほど、とハルは去っていった。
コンビニの閉店作業を終えた午後八時過ぎ。部屋に戻って出掛ける支度を整え、マンションの外に出た。すっかり日が暮れているというのに、熱っぽい空気が肌にまとわりついてくる。
駐車場の隅で待っていると、エントランス方向から歩いてくる人影が見えた。ハルだと確認できたところで「お疲れ」と声を掛ける。
ハルの車――黒いセダンの助手席に乗り込み、夜の街へ。こうして男性の車に乗って出掛けるのは初めてで、何となく居心地の悪さを覚えた。ハルの方からファミリアや仕事の話を振ってきたため、沈黙になることはなかったが。
案内された店の看板には《激辛ミートスパ専門店》と書かれていた。店の外からでも、鼻を刺激するいい香りを堪能することができる。午後八時半を回った現在、席は半数ほど埋まっていた。ところどころで悶絶の声が上がっており、料理の前でスマホを構えている客もいる。
テーブルに着くとメニューブックを広げた。記載されている品は激辛ミートスパゲティ、トッピングのみ。ミートソースの辛さは十段階ある。
「僕はトッピングなし、辛さレベルマックスで」
「あたしも管理人さんと同じやつにする」
「大丈夫ですか? ここのレベルマックスは、辛さに強い人でも完食できないことがあるらしいですよ?」
「自分が好きな店でも一番辛いのを頼んでるから。問題ないよ」
それなら、とハルは店員を呼んだ。
テーブルに来た女性店員はハルの顔を覚えているようで、「レベルマックスですね」と繰り返しながらメモを取った。しかしあたしには「お取替えや返金はできませんが大丈夫ですか?」「想像を超える辛さだと思いますよ?」「本当によろしいですね?」としつこく訊き返してきた。それだけリタイヤする客が多いのだろう。




