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八百屋王女、なんの冗談ですか?ーー行方不明のパパが国王でした⁉  作者: 夢窓(ゆめまど)


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ビック孤児院に行く

城の裏門。

誰にも告げず、ビックは籠を抱えていた。


中には、

人参、玉ねぎ、キャベツ、じゃがいも。

どれも、八百屋で見慣れた野菜だ。


「……このくらいなら、怒られないよね」

王宮の台所から、こっそり持ってきた。


護衛も、侍女もいない。

ただの子どもとして、歩く。




【孤児院】


古い石造りの建物。

窓は小さく、庭も狭い。


中から、子どもたちの声が聞こえた。


「今日のごはん、なに?」


「スープ……だけ、中身少しだけ」


「パン、足りるかな……」

外で聞いていた

ビックは、ぎゅっと籠を抱き直す。




【初対面】


扉を開けると、

驚いた顔の修道女が振り向いた。


「……あの、ここ、孤児院?」


「はい。あなたは……」


ビックは、少しだけ胸を張る。


「野菜、持ってきた。

あと、スープ作ってもいい?」


一瞬の沈黙。


修道女は、ゆっくり笑った。


「……ええ。どうぞ」




【スープを作る】


台所は狭く、古い。

包丁も切れ味が悪い。


でも、ビックの手は迷わなかった。


「玉ねぎは、最初に炒めると甘くなるんだよ」


火にかけた鍋。

油に玉ねぎの香りが広がる。


子どもたちが、そっと集まってくる。


「いい匂い……」


「まだ?」


「まだ。

でも、ちゃんと待つと美味しくなる」


野菜を刻み、

水を足し、

塩をひとつまみ。


豪華な香辛料はない。

でも、ちゃんと“生きる味”。




【子どもたち】


スープが配られる。


湯気の立つ椀を、

両手で抱える子。


ひと口飲んで――


「……あったかい」


「野菜、いっぱい……」


「おかわり、ある?」


ビックは笑った。


「あるよ。

ちゃんとある」


その言葉に、

修道女の目が潤む。




【カールの視点】


孤児院の外。

柱の影。


カールは、そこにいた。


護衛から

「王女が姿を消しました」と聞き、

探しに来たのだ。


窓越しに見えた光景。


妹が、

王女でもなく、象徴でもなく、

ただの子どもとして、

スープを配っている。


――牢にいた時、

こんな光景を、何度も夢に見た。


温かい食事。

笑う子どもたち。

誰かが「あるよ」と言ってくれる世界。


俺と父が、この地位に戻れたのは、

民衆と兵士のおかげだ。


だが、貴族たちは忘れている。


……ビックは、感謝を忘れていない。




【兄の依存が、静かに固まる】


スープを配り終えたビックが、

外に出る。


カールと目が合う。


「……兄ちゃん。やっぱ来た」


「当然だろ」


ビックは少し困った顔で言う。


「怒る?」


カールは、首を横に振った。


「……誇らしい」


それだけ。


そして、低い声で続ける。


「君は、

王宮にいるより、

ここにいる方が……ずっと“正しい”」


ビックは首をかしげる。


「正しいとか、分かんない。

でも、野菜は使わないと腐るし、

お腹すいてる人がいたら、作るでしょ?」


その一言で、

カールの中の何かが決定的に崩れ、

同時に縋りついた。


――この子がいなくなったら、

俺は、また空っぽになる。


だから。


カールは、はっきりと決める。





【カールの誓い】


「……ビック」


「なに?」


「次からは、

俺も一緒に来る」


「え?」


「君が、

“こういう場所”に行くなら、

俺は必ず隣にいる」


静かに、しかし強く。


「――誰にも、

君を利用させない」

「それが、兄としての、俺の役目だ」


ビックは、少し照れて笑った。


「兄ちゃん、重い」


「知ってる」


それでも、

二人は並んで歩き出す。



【孤児院の帰り道】



夕暮れ。

空がオレンジに染まり、城への道は静かだった。


籠は空。

スープの余韻だけが残っている。


ビックが、少しだけ遠慮がちに言う。


「ねえ、お兄ちゃん」


カールは歩調を緩める。


「どうした?」


「次はさ……肉、買ってくれる?」


一瞬の沈黙。


ビックは慌てて続ける。


「野菜はね、買うコツわかるんだよ。

重さとか、匂いとか、触った感じとか」


少し照れくさそうに笑う。


「でも、肉は専門外でさ。

来週もまたスープするから……

買ってほしいなぁって」


ただのお願い。

地位も、打算も、計算もない。


“一緒にごはんを作るため”のお願い。


カールは、足を止めた。


そして――

驚くほどあっさり言う。


「……わかった。肉だな」


ビックが目を輝かせる。


「ほんと!? 量はね――」


「量も部位も任せろ」


少しだけ、胸を張る。


「兵糧の配給で、

“腹が満たされる肉”は覚えた」


ビックは一瞬きょとんとして、

それから、にっと笑った。


「さすがお兄ちゃん」


その一言で。


――ああ。

俺はもう、

この子の“次”を生きることにしたんだな。


カールは空を見上げる。


牢の天井ではなく、

夕焼けの空。


「……今度は、

少し多めに買おう」


「え?」


「腹いっぱい食える方がいいだろ」


ビックは、何も疑わず答える。


「うん!」


その無邪気な返事が、

カールの胸に、静かに深く沈んだ。




父王、黙って財布を渡す


夕刻。

回廊の角。


ビックとカールは、次の孤児院行きの相談をしていた。


「だからね、肉は煮込み向きがいいと思うんだ。

骨がある方が、スープおいしいし」


「なるほど……骨か。

市場の南側に、兵舎向けの店がある」


「さすがお兄ちゃん」


そのやり取りを、

少し離れた場所から見ている影があった。


父王だった。


二人は気づいていない。




父王は、胸の奥が静かに痛むのを感じていた。


――あの頃の私は、

“正しさ”を、別の場所に置いていた。


前王妃。

カールの母。


彼女は、宝石を集めていた。

理由は、見栄ではない。


「王家の格を示すため」

「威厳のため」

「他国に軽く見られないため」


それらは、すべて“正論”だった。


だが――


民の腹は、

宝石では満たされなかった。


そして、

クーデターが起きた。


入牢。


暗く、冷たい石の部屋。


息子と並んで過ごした時間。


牢に入れられたとき、

私を守ったのは、

宝石ではなかった。


民だった。兵士だった。


「王よ、耐えろ」

「正しい治世をしていた」

そう言ってくれた声だった。


だから、戻れた。


だが――


もし、あの時。

ビックのように、

散財せず、民に寄り添っていたら。


私は、

もっと長く、王でいられたのではないか。


悔いが、静かに胸を満たす。




その時。


ビックの声が聞こえた。


「ねえ、お兄ちゃん。

お金、足りる?」


「足りなければ、工面する」


「無理はダメだよ。

続けるには、無理しないのが一番だから」


――その言葉が、

父王の胸を、深く打った。




父王は、ゆっくり歩み出た。


二人が気づく。


「父ちゃん?」


「父上?」


父王は何も言わず、

ただ、懐から財布を取り出した。


重みのある、革の財布。


それを、

そっと――カールの手に置いた。


「……父上?」


父王は、ようやく口を開く。




「ビックは、正しいですよ」カール


王が、息を呑む。


カール

「前の時……

私の母は、宝石を買い集めていました」


父王は、遠くを見る目をする。


カール

「それで、クーデターが起こり、

私たちは幽閉された」


カール

「正しい治世を行っていたから、

民と兵士に支えられて、

戻ってこられました」


一拍。


そして、低く、静かに。


「だが……

ビックのように、散財せず、

民に寄り添っていたら」


言葉が、少し詰まる。


「……ときどき、

悔やまれるのです」


沈黙。


父王は、視線をビックに向ける。


「これは、

“王女へのお小遣い”ではありません」


財布を、そっと押す。


「父としての、貴方達への賛同です」


ビックは、少し困った顔をしたあと、

にこっと笑った。


「じゃあ……ちゃんと使うね」

「無駄にしない。続けられるように」


父王の目が、わずかに潤む。


「……頼もしい」


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