男爵令嬢現る(いじめリーダー)
「王女ってだけで婚約者候補扱いなんて……彼女、誰がどう見ても、地味じゃない」
男爵令嬢のセリーヌは、サロンの隅で紅茶を啜りながら呟いた。
周囲の令嬢たちも、同意するように頷く。
「そうよね。ドレスも地味、宝石も控えめ。あれで本当に王女なの?」
「でも、顔は……悔しいけど、綺麗よね」
「綺麗なだけじゃ、王子は振り向かないわ」
セリーヌは、カップを置いた。
「それに――」
彼女は、少しだけ声を潜める。
「あの王女、王子様に興味がないのよ」
「え?」
「舞踏会でも、授業でも。視線すら向けないもの」
令嬢たちが、顔を見合わせる。
「それって……作戦?」
「さあ? でも、それが一番厄介なのよ」
セリーヌは、苛立ちを隠さずに言った。
隙がない
セリーヌは、何度か「仕掛ける」タイミングを探っていた。
だが――
隙が、ない。
まず、ビクトリアは常に護衛と一緒だ。
ランディとハリス。二人とも、無駄に美形で、無駄に強そうで、無駄に目立つ。
「あの二人、本当に護衛なの? モデル?」
誰かが呟いたが、セリーヌは冷ややかに答えた。
「護衛よ。しかも、優秀な」
落とし穴を仕掛けようにも、先回りされる。
噂を流そうにも、すぐに否定される。
孤立させようにも――
「あの王女、王室食堂に行くのよ」
「え? 王室食堂?」
「そう。貴族サロンじゃなくて、庶民も使う食堂」
令嬢たちが、絶句する。
「……なんで?」
「知らないわよ。でも、おかげでいじめようがない」
王室食堂には、学者も、騎士も、使用人も集まる。
そんな場所で、貴族令嬢が「王女をいじめる」なんて――
悪目立ちするだけだ。
セリーヌの焦り
セリーヌは、内心で焦っていた。
彼女は、弟王子――エドウィンに、長年想いを寄せていた。
幼い頃から、何度も顔を合わせ、何度も話しかけ、何度も――
無視された。
それでも、諦めなかった。
いつか、振り向いてくれる。
いつか、認めてくれる。
そう信じて、努力を重ねてきた。
だが――
ビクトリアが現れてから、何かが変わった。
エドウィンが、廊下でビクトリアの姿を目で追う。
授業中、彼女の発言に耳を傾ける。
そして――
笑う。
あの、氷の王子が。
誰にも見せなかった笑顔を、あの地味な王女に向ける。
どうしてやろうか?
セリーヌは、サロンで仲間の令嬢たちと顔を突き合わせた。
「どうしてやろうか?」
「でも、隙がないって……」
「護衛もいるし、侍女もいるし」
「それに、王子たちが守りそう」
セリーヌは、唇を噛んだ。
そう。それが一番の問題だった。
もし、ビクトリアに何かあれば――
王太子は、「責任」として動くだろう。
エドウィンは、「興味」から動くだろう。
どちらにしても、ビクトリアに近づくきっかけになる。
「……つまり、手を出せないってこと?」
「そういうこと」
セリーヌは、悔しそうに紅茶を啜った。
策を練る
しばらく沈黙が続いた後、一人の令嬢が口を開いた。
「ねえ、セリーヌ」
「なに?」
「いじめるんじゃなくて――恥をかかせるのはどう?」
「恥?」
「そう。例えば、舞踏会で失敗させるとか」
セリーヌは、目を細めた。
「……続けて」
「あの王女、貴族のマナーには詳しいかもしれないけど、アルデバインの文化には詳しくないはずよ」
「つまり?」
「わざと、知らないことを仕掛けるの」
セリーヌは、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「……面白いわね」
「でしょう?」
「それなら――護衛も侍女も、止められないもの」
「そうね……」
令嬢たちは、顔を見合わせた。
そして――
ある計画が、動き始めた。
ビクトリアは、気づいていない
その頃、ビクトリアは図書館で勉強していた。
ランディとハリスは、一緒に勉強しながら護衛。
マリカは、隣で資料を整理している。
「ねえ、マリカ」
「はい?」
「この国の歴史、面白いね」
「……殿下、それよりも――」
マリカは、少しだけ心配そうに言った。
「最近、貴族令嬢たちの視線が……」
「ああ、気づいてるよ」
ビクトリアは、あっさりと答えた。
「でも、別に何もしてこないし」
「……本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
ビクトリアは、にっこりと笑った。
「私、興味ないもん」
マリカは、ため息をついた。
それが、一番危ないんです……
影の動き
その夜、セリーヌは一人で自室にいた。
窓の外を見つめながら、呟く。
「ビクトリア……」
「あなたが、何も求めていないのは分かってる」
「でも――」
彼女は、拳を握りしめた。
「だからこそ、許せない」
求めていないのに、手に入れる。
努力していないのに、認められる。
それが――
一番、腹立たしい。
「次の舞踏会で――」
セリーヌは、冷たく笑った。
「あなたの**“素”**を、みんなに見せてあげる」
予兆
翌朝、ビクトリアは何も知らずに朝食を食べていた。
ランディが、何気なく言った。
「そういえば、来週舞踏会があるらしいですね」
「ああ、聞いた」
「出席されますか?」
「まあ、一応ね」
ビクトリアは、あっさりと答えた。
「でも、踊らなくていいなら踊らない」
「……それ、許されるんですか?」
「知らない」
マリカが、心配そうに言った。
「殿下、一応……準備はしておいた方が」
「うん、分かってる」
ビクトリアは、にこりと笑った。
「最低限、恥はかかないようにする」
その言葉が――
フラグだと、誰も気づかなかった。




