無関心は、はじめての放置プレイ
王太子が“無自覚に本気になりかける”
――気になった理由は、ただ一つ
ウィルドン王太子は、
自分が「選ばれる側」であることに慣れていた。
微笑めば、相手は緊張し、
言葉をかければ、期待が宿る。
それが、当たり前だった。
――彼女が来るまでは。
◆ 王太子の違和感
ビクトリア王女は、
彼に対して、特別な反応を示さなかった。
丁寧ではある。
礼儀もある。
だが、そこに――
期待がない。
「ご親切に、ありがとうございます」
それだけ。
視線は真っ直ぐだが、
少しも絡みつかない。
王太子は、
ふと、自分の笑顔を保ったまま考える。
(……今の言葉、
“王太子だから”受け取ったのか?
それとも――)
答えは、
彼女の次の行動で分かった。
◆ 無関心という態度
回廊で偶然すれ違ったとき。
彼が立ち止まり、
声をかけようとすると、
ビクトリアは先に口を開いた。
「失礼します。
図書室は、こちらで合っていますか?」
王太子は、
一瞬、言葉を失った。
――挨拶ではない。
――距離を縮める言葉でもない。
――ただの、道順の確認。
「……合っています」
「ありがとうございます」
それで、終わり。
彼女は、
彼の反応を待たずに歩き去った。
◆ 王太子の中に芽生えるもの
(……なぜだ)
王太子は、その背中を目で追ってしまう。
(なぜ、
こちらを“見ない”?)
彼女は、
彼を嫌っているわけでもない。
避けているわけでもない。
興味がない。
その事実が、
胸の奥に、静かに引っかかった。
◆ 周囲の声
側近が、いつもの調子で言う。
「王女殿下は、
殿下の魅力に気づくのが遅いようですな」
王太子は、
思わず否定しかけて、止まった。
「……いや」
声が、低くなる。
「彼女は、
“気づいていない”のではない」
側近
「と、申しますと?」
王太子は、
言葉を探しながら答える。
「必要としていない」
側近は、
その意味を理解できず、黙った。
◆ 無自覚な変化
それから、
王太子は気づけば――
彼女がどの本を読むか。
どの議論に参加するか。
誰と、どんな話をするか。
目で追っていた。
理由は、
はっきりしない。
恋だと、
思うには、早すぎる。
だが。
(……あの無関心さが、
なぜ、こんなにも気になる)
それが、
彼自身にも、説明できなかった。
◆ 弟の一言(決定打)
ある夜。
弟エドウィンが、何気なく言った。
「兄上。
あの人、兄上のこと――
王太子としてしか見てませんよ」
王太子は、
反論できなかった。
弟は、淡々と続ける。
「だから、
気になるんでしょう?」
沈黙。
その沈黙が、
答えだった。
王太子は、
まだ気づいていない。
自分が、
“選ばれない側”に立たされたことを。
そして、
それが――
彼の人生で、
初めての経験だということを。
舞踏会で、王太子が初めて“追う側”になる
――それは、想定外の夜だった
舞踏会は、
王太子にとって“慣れた場所”だった。
音楽。
照明。
視線。
すべてが、
彼を中心に回る。
今夜も、
変わらない――
はずだった。
◆ いつも通りの始まり
王太子が会場に姿を現すと、
空気が一段、華やぐ。
令嬢たちが、
一斉に視線を向ける。
微笑めば、
ほほえみ返される。
それが、常だった。
――だが。
視線の端に、
違う動きがあった。
◆ ビクトリアは、舞踏会に“参加していたがさわがない”
ビクトリア王女は、
確かにそこにいた。
だが。
会場の中央にはいない。
誰かの腕も取っていない。
壁際で、
音楽を聞きながら、
人の動きを観察している。
ドレスは美しいが、
控えめ。
飾りすぎていない。
まるで――
勉強の一環として舞踏会を見ているかのようだった。
(……踊らないのか?)
王太子は、
無意識に足を止める。
◆ 初めての“無視”
いつものように、
誰かが声をかける。
だが、
彼の視線は、
ビクトリアから離れない。
そして、
彼女の方を向いて、
軽く会釈をした。
――返ってこない。
いや、
返ってはいる。
だがそれは、
社交的な微笑ではなく、
ただの礼。
それ以上でも、
それ以下でもない。
(……あれ?)
胸の奥に、
小さな違和感が生まれる。
◆ 王太子、追う
気づけば、
王太子は歩き出していた。
自分から、
彼女のもとへ。
誰かを“追う”なんて、
初めてだった。
「……踊られませんか?」
丁寧な誘い。
完璧な間合い。
断られるはずがない――
そう思っていた。
◆ ビクトリアの答え
ビクトリアは、
少しだけ驚いた顔をして、
それから、首を振った。
「ありがとうございます。
でも、今は大丈夫です」
「……理由を、お聞きしても?」
責めるつもりはない。
ただ、知りたいだけ。
ビクトリアは、
正直に答えた。
「観察しているんです。
この国の、
“舞踏会が持つ役割”を」
王太子は、
言葉を失った。
舞踏会を、
役割として見る人間を、
初めて見た。
◆ 王太子の焦り
(……選ばないのか)
彼は、
自分が“選ばれなかった”
という感覚を、人生で初めて味わっていた。
無視されたわけではない。
拒絶でもない。
必要とされていない。
それが、
こんなにも――
落ち着かないとは。
◆ 追う側になるということ
音楽が変わる。
王太子は、
もう一度言った。
「一曲だけでも」
それは、
“王太子の誘い”ではなかった。
一人の青年としての、
再挑戦だった。
ビクトリアは、
彼を見た。
少し、考える。
そして。
「……では、一曲だけ」
その瞬間。
王太子の胸が、
わずかに高鳴った。
◆ 踊りながら気づくこと
踊りは、
完璧だった。
だが、
彼女は、
彼に寄りかからない。
合わせてはくるが、
依存しない。
(……対等だ)
それが、
何より衝撃だった。
踊り終えた後。
ビクトリアは、
丁寧に礼をして言った。
「ありがとうございました。
参考になりました」
――参考。
その言葉に、
王太子は、
初めて心から動揺した。
(……この人は)
(私を、
“目的”として見ていない)
その夜。
王太子は、
生まれて初めて知った。
恋とは、
追う側になった瞬間から始まるものなのだと。




