二人の王子
二人の王子――完璧と氷、そして予想外
絵に描いたような王太子
兄は三歳年上の王太子。
笑顔は柔らかく、礼儀正しく、誰に対しても平等――**「絵に描いたような王子様」**だった。
ただし、あまりにも完璧すぎて、誰も彼の本音を知らなかった。
縁談? 数え切れないほど来ている。
求婚? 毎週のように舞い込む。
断り方? 完璧に優しく、完璧に傷つけず。
側近ですら、こう囁く。
「殿下、本当は何を考えてるんだろう」
「……さあ? 完璧すぎて、分からない」
氷の王子
一方、弟のエドウィンはビクトリアと同い年。
見た目は兄に劣らず美しいが、女性には全く興味を示さない。
舞踏会では壁際に立ち、会話は最低限。愛想笑い? そんなものは存在しない。
令嬢たちは、密かに囁く。
「難しい王子……」
「氷の王子……」
「でも、美しい……」
彼が無愛想なのは、興味のないものに時間を割きたくないから。剣術、学問、政治――そういうものには驚くほど熱中する。
つまり、「つまらない女性」に興味がないだけだった。
留学の”裏事情”
表向きは「学術交流のための留学」。
だが、本音は――どちらかの王子とくっつけば成功。
そのため、ビクトリアは王宮内に居住することになった。
王族の目が集まり、侍女たちは緊張し、貴族令嬢たちはライバル出現に戦々恐々としていた。
「また一人、ライバルが……」
「しかも王女よ?」
「でも、新興国の……」
「成り上がり?」
期待と警戒と、少しの見下し。それが、ビクトリアを迎える空気だった。
ビクトリア到着――期待と現実の大ズレ
歓迎式典の日。
玉座の間には、王族、貴族、侍女たちがずらりと並んでいた。誰もが固唾を呑んで扉を見つめる。
――どんな王女が現れるのか?
――ドレスは? 宝石は? 侍女の数は?
――何より、どれだけ”攻めて”くるのか?
扉が開いた。
静寂。
そして――
「……え?」
誰かが、小さく呟いた。
ビクトリアは確かに美しかった。姿勢も良く、顔立ちも整っている。
だが。
ドレスは、シンプル。
宝石は、最小限。
侍女も護衛も――たった三人。
そして何より――「ギラギラした野心」がない。
「留学期間、よろしくお願いします」
挨拶も、淡々としている。
貴族令嬢たちは、顔を見合わせた。
「……あれ、本気で来てるの?」
「それとも、作戦?」
「でも、地味すぎない?」
誰も、答えを見つけられなかった。
王太子の反応――完璧な”型”
王太子は、いつものように微笑んだ。
「ようこそ、アルデバインへ。長旅でお疲れでしょう」
声は優しく、視線は穏やか。完璧な”王子の型”。
ビクトリアも礼を返す。
「ありがとうございます。多くを学ばせていただきます」
型通りの挨拶。型通りの距離感。
周囲は、ほっと息をついた。
「まあ、無難に始まったわね」
「お互い、様子見ってところかしら」
だが――王太子本人は、内心で少しだけ拍子抜けしていた。
(……普通だな)
普通すぎて、逆に読めない。これは計算なのか? それとも本当に、ただの留学生なのか?
彼は微笑みを崩さないまま、心の中で警戒レベルを一段上げた。
エドウィンの反応――“何か”が引っかかる
一方、エドウィンは黙ってビクトリアを見ていた。
値踏みするような目ではない。興味津々というわけでもない。
ただ――**“何かが引っかかる”**という顔だった。
式典が終わり、ビクトリアが侍女に案内されて廊下を歩く。
その時、ビクトリアは荷物を運ぶ使用人にぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
彼女は自然に謝り、落ちた荷物を拾おうとする。
侍女が慌てて止めた。
「お、お待ちください! それは私どもが!」
「あ、そっか。ごめんね」
ビクトリアは素直に手を引いた。
その一部始始を、エドウィンは廊下の影から見ていた。
側近が囁く。
「殿下、いかがなさいましたか?」
エドウィンは、ぽつりと答えた。
「……変な人だ」
「は?」
「王女って、もっと”来る”ものだと思ってた」
側近が、ぎょっとする。
「で、殿下! 失礼では!?」
だがエドウィンは、気にした様子もなく続けた。
「来ないな。全然、来ない」
「……つまり?」
「つまり――」
エドウィンは、少しだけ目を細めた。
「あれは、“選びに来た人”じゃない」
「“学びに来た人”だ」
その言葉には、安堵と、そして――かすかな興味が混じっていた。
ビクトリア本人はというと
ビクトリアは、自室に通されると真っ先に窓を開けた。
「わあ、街が見える」
窓から見える景色に目を輝かせ、次に机を確認する。
「……広い。ノート広げても余裕だ」
そしてランプの位置を確認し、椅子の高さを調整し――
侍女が、恐る恐る聞いた。
「あの……殿下」
「うん?」
「王子方のことは……どう思われましたか?」
ビクトリアは、きょとんとした顔をした。
「王子?」
「……はい」
「ああ。優しそうだったね」
「……それだけですか?」
「うん」
侍女は、目を丸くした。本当に、それだけらしい。
周囲のざわめき
その夜、王宮では様々な噂が飛び交った。
「あの王女、本気なのかしら?」
「それとも、油断させる作戦?」
「でも、あんなに素っ気なかったら、王子方も興味持たないわよね」
「……逆に、それが狙い?」
誰もが、答えを探していた。
だが、答えは――本人だけが持っていない。
前兆
その夜、エドウィンは月明かりの差す回廊を歩いていた。
側近が、慎重に尋ねる。
「殿下。あの王女について、どうお考えですか?」
エドウィンは、少しの間を置いてから答えた。
「……面白い」
「面白い、ですか?」
「ああ」
エドウィンは、夜空を見上げた。
「たぶん、あの人は――誰も選ばない」
側近が、息を呑む。
「では、留学は失敗に?」
「いや」
エドウィンは、かすかに笑った。
「だから、面白い」
その笑みは、これまで誰も見たことのないものだった。
そしてそれは――本気の恋の、始まりだった。




