カールの想い
口にしたくなかったことだけど、
考えないわけにはいかない。
この国の民は、ある日、王子である俺を捕まえた。
広場に引きずり出し、押し倒し、
俺の目の前で――
母を、祖母を、叔母を、叔父を、殺していくことを望んだ。
それは処刑で、見世物で、
「正義」の名を借りた祝祭だった。
次は大臣や官僚。
そして最後のクライマックスに、
俺と父を殺すつもりだった。
俺は、その時たった六歳だった。
民は、喜んでいた。
叫び、拍手し、笑っていた。
途中で、事態が変わった。
革命の異常さに気づいた同盟各国の隠密が入り、革命家たちを、一人ずつ、確実に始末していった。
結果として、途中から革命家は、すべて死に、殺す側がいなくなった。
そして、民衆は、口をつぐんだ。
これ以上殺せば、自分がやられると、
まだ殺してなかった
僕や残りの王族や官僚たちが少し生き残った。
俺は途中で気絶したらしい。
だが――
全部を忘れるほど、幼くはなかった。
断片的に、
だがはっきりと、覚えている。
その後、この国は孤立した。
当然だ。
王族を公開処刑しようとした国と、
誰が取引をしたがる?
商売は止まり、
輸入は途絶え、
人は去り、
国は目に見えて衰えた。
王国を作り直す?
信頼を取り戻す?
……無理だ。
一度、血の粛清まで行った国は、
元には戻らない。
だからこの国は、
まともな貴族が消えた。
今は、王族を「職業」にして、
特権を削ぎ、
制度で生き延びるしかなかった。
それでも、
あの日の光景は消えない。
民が喜んでいた、
あの瞬間は、
俺の中から消えない。
それなのに――
ビックは、この国で生きようとしている。
全部を知ったうえで、
人を信じようとしている。
妹が前を向くなら、
俺は、後ろで折れない役を引き受ける。
王国を作り直すなんて、無理だ。
それは今も変わらない。
けれど――
(ビック一人の人生を、
守ることなら俺にだって、できる)
俺は、いずれノンナという女性と結婚する。
身分は関係ない。
本当に、どうでもいい。
彼女は教会で、バザー用の刺繍を寄付していた。
丁寧で、あたたかくて、見ているだけで気持ちが落ち着く仕事だった。
商家の娘だと聞いたから、裕福なのかもしれない。
でも、そんなことは正直どうでもいい。
惚れた。
それだけだ。
王宮に来ても、ノンナは変わらない。
必要以上に緊張せず、卑屈にもならず、
ただ、そこにいる人たちをきちんと見て、言葉を選んで話す。
ビックとも、自然に仲がいい。
妹が笑っているのを見るたび、
ああ、この人を選んでよかった、と心から思う。
俺の家族とも、うまくやっている。
無理をしない。
媚びない。
でも、冷たくもない。
それは、簡単なようで、いちばん難しいことだ。
ノンナは、素晴らしい。
この国がどうであれ、
王族がどう扱われようと、
革命が何を壊したとしても――
俺は、彼女と生きる。
それだけは、誰にも奪わせない。
まぁ、この国の人たちは――
「王子をやめる」と言われると、実際のところ困る。
感情の問題じゃない。
制度の問題だ。
新しく作ったこの国の仕組みは、
王家がいる事が、前提になっている。
だから、王子がいなくなると、
制度そのものが成り立たない。
結局のところ、
俺たちは「新制度に適合する存在」であるしかない。
特に外交だ。
どれだけ中身を入れ替えても、
他国は、まず王家の印を見る。
王族の署名。
王家の名義。
王家のお墨付き。
それがないと、
話し合いの席にすら着けない。
つまり――
王子をやめる自由は、
理論上はあっても、
現実には、まだない。
だから俺は、
王子を続ける。
血の誇りでも、
特権でもなく、
ただの「役割」として。
家族を守るために。
妹の選択を守るために。
この国が、もう一度、壊れないように。
王子とは、
なりたいものじゃない。
必要だから、やっているだけだ。
……分かりきっていることだ。
だが、このままだと奴らの次の犠牲に、
ビックが使われる――
それは、目に見えている。
「美しい王女」。
その言葉が出た瞬間、
もう駒として数えられている。
どこに政略結婚させるか。
誰と組ませるか。
どの国に“預ける”か。
だからこそ、
急に王女教育なんてものを始めたのだ。
礼儀作法。
立ち居振る舞い。
外交用の言葉遣い。
全部、
「どこかに嫁がせる」前提の準備だ。
だが――
うちの国は弱い。
今の国力で政略結婚をしたら、
相手国での立場は、目に見えて弱くなる。
発言権はない。
守られもしない。
都合が悪くなれば、切られる。
苦労する未来しか、見えない。
それを――
妹に背負わせる?
冗談じゃない。
ビックは、
国の穴埋めでも、
外交の生贄でもない。
だから、
勝手にはさせない。
制度がどうであれ、
外交がどうであれ、
王女という肩書きが何を要求してこようと。
兄として、
一人の人間として。
あいつらの都合で、
妹の人生を差し出すつもりは、
一切ない。
――それだけは、
絶対に譲らない。
だからこそ、父の言う給料制は、とても賢い。
あいつらは、今ごろ地団駄を踏んでいるだろう。
王女を駒にできないからだ。
王女は「身分」ではなく、
給料制の雇われ。
つまり――
王女という名の公務員だ。
辞めたければ、いつでも辞められる。
職業なのだから、当然だ。
資産も、
王家のものではない。
本人が働いて得た、自分の給料だけ。
だから、
「国の都合で、どこかに嫁がせる」
という発想そのものが、成り立たない。
政略結婚は、
身分と資産を国が握っているから成立する。
だが、ビックには――
国が握れるものがない。
職を失わせる?
辞めればいいだけだ。
財産を取り上げる?
給料は、本人のものだ。
つまり、
国は、王女を人質にできない。
これは革命より、よほど効く。
声高に権利を主張するより、
血を流すより、
制度で首を絞める。
父は、そこまで見ていた。
王女を守るために、
王家を弱く見せ、
しかし実際には、
誰よりも自由にした。
だから俺は、はっきり言える。
――ビックは、政略で嫁がない。
少なくとも、
国の命令で嫁がされることは、絶対にない。
兄として、
この制度を選んだ父を、
心から評価している。
これは、
この国で初めて作られた、
**「王族を守るための制度」**なのだから。
今現在の大臣たちは、
あの革命で――
本来なら、殺されるはずだった人たちだ。
だからこそ、
父の打ち出した給料制に、
彼らは諸手を挙げて賛成した。
自分たちも、
殺されかけた。
幽閉された仲間もいた。
――同じ側にいたはずの、
同じ被害者でもあった。
けれど、現実はもっと歪んでいた。
俺たちが牢に入れられていた、あの十年。
この国は、
訳の分からない連中の利益政治で回され、既得権益の温床になった。
制度は形だけ残り、
中身は食い荒らされ、
そのしわ寄せは、すべて庶民に落ちた。
苦しんだのは、
声を持たない人たちだった。
そして――
また革命が起きかけた。
それで慌てて、
俺たちを牢から出した。
「王家が必要だ」
「象徴がいる」
「国がもたない」
……都合が良すぎる。
だから今、
お互いに、気まずい。
向こうは、
自分たちが何をしてきたか、分かっている。
こちらは、
その十年を、
牢の中で過ごした。
責める言葉は、山ほどある。
だが、ぶつけたところで、
国は良くならない。
だから、
給料制だ。
王族も、大臣も、
すべてを「役割」に落とす。
血も、身分も、
罪も、正義も、
一度、横に置く。
それでしか、
この国は立て直せない。




