王宮、新しい王の形を示す
翌日――
王宮の会議室には、重い空気が漂っていた。
円卓を囲むのは、
大臣、官僚、そして――王アルバート。
その隣に、カールも座っている。
アルバートは、まず深く息を吸った。
「今日は、私の私情を話しに来たわけじゃない」
視線を一人ひとりに向ける。
「この国の“王という在り方”について、
話をしに来た」
ざわり、と小さな動揺が走る。
「もう――」
アルバートは続けた。
「王も、大臣も、
“稼業”じゃないと思っている」
官僚の一人が、ゆっくりと頷いた。
「革命で、
そういう時代は、終わりましたからね」
「王家の血筋だから」
「昔からそうだから」
「……そういう理屈は、もう、通じない」
沈黙。
だが、それは拒絶ではなかった。
年配の大臣が、口を開く。
「陛下のお考えは、
理解できる部分もあります」
「実際、旧来のやり方では、
現場が回っていない」
官僚の一人も続く。
「民は、
“象徴”よりも、
“機能する政治”を見ています」
カールが、静かに口を開いた。
「だからこそ――」
全員の視線が集まる。
「王を、
“職業”として定義することを
提案します」
「権力ではなく、職務として」
会議室が、しんと静まる。
アルバートが、はっきりと言った。
「私は、
“職業・王”を認めてほしい」
「給料制」
「権限は明文化」
「責任は公開」
「王は、
国を所有しない」
「国に、雇われる存在だ」
ざわめきが起きる。
だが――
否定の声は、出なかった。
一人の官僚が、苦笑しながら言う。
「……ずいぶん、
革命後らしい発想ですね」
「ですが」
視線を上げる。
「現実的、でもある」
大臣が、ゆっくりと頷いた。
「民は、
“王様ごっこ”を望んではいません」
「働く王なら――
受け入れられるでしょう」
アルバートは、深く頭を下げた。
「この国を、
古い王政に戻したくない」
「だからこそ、
形を変えたい」
「――家族のためだけではなく」
「国のために、だ」
会議室に、静かな合意が広がっていく。
王は、もう“生まれつきの支配者”ではない。
選ばれ、働き、
責任を負う職業になろうとしていた。
(民への正式発表 ――反応は割れる)
数日後。
王都中央広場には、人が集まっていた。
商人、職人、兵、元革命軍、
そして――
かつて王家を信じ、革命で裏切り、
王家を断罪して、国が機能しなくなり、
それでもこの国に残った民。
高台に立ったアルバートは、
王冠を戴いていなかった。
ただ、
一人の男として前に出る。
「私は――」
声は、広場の隅々まで届いた。
「王として、
守るべきものを、すでにすべて失いました」
ざわ、と空気が揺れる。
「家族」
「誇り」
「王という立場が与える安全」
「……すべて、奪われた。
そして、冷たい牢に入れられて10年」
沈黙。
「それでも、
この国が続くために、
王という役割が必要なら」
一拍、置く。
「私と、私の家族に」
「これまでと同じ“重責”を
背負わせることは、できない」
民の表情が、割れ始める。
――弱い王だ。
――正直な王だ。
――逃げている。
――現実を見ている。
さまざまな声が、
まだ言葉になる前に渦を巻く。
「だから、提案します」
アルバートは、はっきりと言った。
「王を、
身分でも、血筋でもなく」
「給料制の――
“仕事”にしてください」
ざわめきが、今度ははっきりと広がった。
「王は、
国に雇われる仕事になる」
「権限は明文化し、
責任は公開する」
「王の家族は、
国政の道具にはしない」
一人の老人が、声を上げた。
「それでは……
王の威厳は、どうなる?」
別の場所から、若い声。
「威厳は、革命で失った。
働く王のほうが、信用できる!」
商人が頷く。
「契約があるなら、
裏切れば責任を取らせられる」
兵士が呟く。
「……守られるだけの王より、
一緒に立つ王のほうがいい」
もちろん、
否定もあった。
「王が王であるからこそ、
国はまとまる!」
「そんなの、
革命のやり直しだ!」
広場は、
一つにはならなかった。
――だが。
誰も、
この提案を笑わなかった。
アルバートは、最後に言った。
「私は、
王座にしがみつきたいわけじゃない」
「この国が、
また誰かが“奪う国”になるのが、怖いだけだ。血を吸うことを知った民衆が、
また間違いをするのが怖いから、標的は、まず、私の家族だ」
「だから――みんなを
王宮で働かせてくれ」
「王としてではなく、
一人の職業人として」
沈黙が、広場を包んだ。
それは賛同でも、拒絶でもない。
考え始めた沈黙だった。
この国は、
初めて「王をどう使うか」を
民自身が考え始めていた。
アルバートは、しばらく黙っていた。
それから――
王としてではなく、
父として、口を開いた。
「私は、王をやめたい」
広場が、静まり返る。
「普通の家族を愛する――
ただの“パパ”になりたい」
誰かが、息を呑む音がした。
「十年の入牢は、
私と、カールを変えた」
言葉は、淡々としていた。
「奪われた時間は戻らない」
「失ったものも、戻らない」
「……だが、その中で分かった」
一瞬、視線が揺れる。
「私たちには、
家族以上に大切なものは、ない」
強い声ではない。
だが、逃げもなかった。
「王であることより」
「国の象徴であることより」
「一緒に食卓を囲み、
名前を呼び、
生きていることを確かめ合う」
「それが、
私たちにとっての“すべて”だ」
沈黙が落ちる。
誰も、すぐには声を出さなかった。
王は、最後にこう結んだ。
「だから――
この国が、王を必要とするなら」
「私は、
仕事として、責任を持って働く」
「だが、
家族を差し出すことは、もうしない」
「それだけは、
譲れない」
風が、広場を抜けていく。
それは、
王の退位宣言でも、
逃避でもなかった。
奪われ続けた男が、
ようやく自分の人生を取り戻そうとする言葉だった。
民はまだ、答えを持っていない。
だがこの国は、
初めて――
「王をどう生かすか」ではなく、
「人をどう生かすか」を考え始めていた。




