10年ぶりの再会
革命から十年。
この国は、一度、王を失った。
王宮は閉じられ、王族は姿を消し、
しばらくの間、国は「王のいない状態」を続けていた。
王がいなくなれば、国は良くなる。
そう考えた人は多かった。
だが実際は、誰が決めるのか、誰が責任を取るのか、
それが分からなくなっただけだった。
小さな争いがあちこちで起き、
正しさは、曖昧になり、まとめる人はいなかった。
十年後。
幽閉されていた王太子アルバートは解放され、
王位に戻った。
王が戻ると、国は静かになった。
それを、人々は「平和」と呼んだ。
だが――平和とは、予期せぬ嵐の前触れでもある。
◇ 八百屋「カテイ」の家の前
朝の支度で慌ただしい市場通りに、場違いなほど立派な黒馬の馬車が止まった。
御者が扉を開けると、中から降り立ったのは、
王家の紋章を胸に刻む、堂々たる風貌の男。
「……ここが、カテイの住む家で間違いないか?」
店番をしていた少女が怪訝そうに眉を上げた。
「カテイなら、うちの母ちゃんだよ。ここの八百屋だよ?」
「八百屋……だと?」
男は一瞬だけ目を伏せ、しかしすぐに少女を見つめる。
青い目に金髪のどこか見たことある顔立ちの娘。
「お前、名前は?」
「ビック。9歳。八百屋の娘だよ」
「ビック……?」
少女は肩をすくめる。
「ほんとはビクトリア。でも八百屋の娘に大層だろって、ビックでいいよ」
その瞬間、男――国王アルバートの顔色が変わった。
「ビクトリア……?」
「……私の母の名だ」
ビック
「ん?」
アルバート
「お前は、我が娘か。」
ビック
「どえーーーーーー!!!王さま?だろ、
違うだろ!! 私は、八百屋の娘だよ!?」
慌てて店の奥から母カテイが飛び出す。
「ちょっとビック、外で何叫んで――
って、 うわぁぁぁぁぁぁ! なんで陛下がここに!!?」
アルバートは深く息を吸い、震える声で言う。
「……カテイ。久しぶりだな。
十年前、革命の混乱で私は幽閉された。
あの時、別れの言葉すら交わせなかった……。
だが――お前のお腹には、私との子がいたのだな?」
カテイは凍りついた。
ビックはさらに叫ぶ。
「母ちゃーーーん!? 私、八百屋の娘じゃないのーーー!?」
カテイ
「八百屋だよ!! 育てたの私!!」
ビック
「父ちゃんは!? 行方不明のパパじゃないの?」
カテイ
「そう! あんたのパパは、ずっと行方不明だったけど、実は、この人なんだ、牢屋からシャバに戻ってきたのかな?!」
「「うそだろーーーー!」」ビック、アルバート
アルバートは膝をつくようにして、ビックの目線に合わせた。
「十年……知らずにすまなかった。
だが、生きていてくれた。本当に……ありがとう」
ビックはぽかんと口を開けたまま、こう言った。
「ねぇ国王さま。
本当に、父ちゃんになりたいなら、まず八百屋の手伝いしてくれない?」
アルバート
「……ごほん。王国の未来より難関だなそれは」
カテイは頭を抱えた。
こうして――国の王になった元王太子は、10年越しに“娘”と対面したのであった。
王宮での鑑定シーン
王都へ連れて来られたビックとカテイは、
広すぎる廊下と、金ぴかの装飾に、そろって目を丸くした。
そこへ国王アルバートが現れる。
◆ 王の宣言
国王「ビクトリアを正式に王女として迎えたい」
ビック「えー! 八百屋の手伝いあるしイヤだ!」
カテイ「学校もありますし……無理です、王宮とか!」
側近「陛下、前例がありません!!
八百屋の娘を突然“王女”など――国がひっくり返ります!」
国王「ひっくり返っても構わない。私の娘だ」
ビック「いや、勝手に決めないでよ父ちゃん!」
国王「父ちゃん……!(喜)」
カテイ「ビック、勝手に父ちゃんと、呼ぶなぁ!!」
◆ 血筋鑑定室
王家直属の魔法師たちがずらりと並ぶ部屋。
大きな魔法陣を前に、側近が厳しい声で告げた。
側近「では……万が一に備え、血筋鑑定を行います」
ビック「ちょっ……なんか光ってる! 怖いんだけど!」
カテイ「ちょっと! なんだって!?
私たちを……疑うのかい!」
側近「国を揺るがす事態ですので、確認は当然で――」
カテイ「失礼しちゃうね!!」
ビックはこっそりカテイの袖を引いた。
ビック「母ちゃん、怒ると語尾が強くなるよ……?」
カテイ「怒ってるんだよ!!」
国王アルバートはそんな二人を見て、ふっと目を細めた。
◆ 鑑定の瞬間
魔法陣が青白く光り始める。
ビックの髪も瞳も、光に照らされて淡い金色を帯びた。
魔法師が息を呑む。
魔法師長「間違いありません……王家の血統、確かにここに!」
側近「な、なんと……!」
カテイが胸を張った。
カテイ「ほら。間違いなく、あんたの子だよ」
アルバートは耳を赤くする。
ビック「……ってことは、八百屋の娘兼、王女になるってこと?」
国王「そうだ。どちらも捨てなくていい」
ビック「八百屋は続けたい。あと、野菜は値上げしないからね」
側近「値段はどうでもいいのですが、王女が八百屋は……っ!」
◆ 国王、確信する
カテイが魔法陣の光にまだふらついているビックの肩を支える。
その様子を見て、国王はぽつりと呟いた。
国王「……カテイ。
やはり、あの子は私の子だな?」
カテイは一瞬だけ昔の面影を見るように目をそらし、
カテイ「あわわわわー……!」
ビック「母ちゃん、しっかりして!」
側近は頭を抱える。
側近「……王国史上初、“八百屋王女”の誕生でございます……!」
◾️ビックが子どもの頃、
「パパは?」って聞かれたら、
行方不明だって言ってた。
まさかさ、
「パパは王子様で、
あんたが生まれる前に幽閉されて、
今どこにいるかも分からない」なんて、
本気で言えるわけないじゃないか。
あんたは本当は王女だ、なんて。
そんな話、
誰が信じる?
ビックは言った。
「誰も、信じなかっただろうね」
少し間を置いて、続ける。
「そんな話、
おとぎ話すぎるよ」
「だろう」
カテイは肩をすくめた。
「あたしは、あんたを、
アタオカにしたくなかったのさ」
「父親は王子で、牢屋に入っていて、
生きてるかどうかも分からない」
「……それでも、
『あんたはプリンセスなんだ』って」
ビックは、黙って聞いている。
カテイは、視線を落とした。
「まともな親なら、
子どもにそんな話、できないよな」
「……本当でも」




