第9話 時を戻す僧侶
精鋭討伐隊から追放された「神盾術」の使い手、ガルディウス。 彼を五人目の仲間として迎え入れた私たちは、引き続き、拠点となる古代遺跡周辺の調査を進めていた。 当面の目的は、聖レガリア王国の領土に最も近い、この森の出口付近にある村での情報収集だ。
「国を創る、か。……途方もないことだが、あなたを見ていると、本当に実現できそうな気がしてくる」
新しく仲間に加わったガルディウスが、私の錬成術で修復・強化した真新しい盾を背負い直し、感慨深げに呟く。 彼はまだ、あの絶望的な状況から救い出されたことが信じられない、といった様子だった。
「わー! 村が見えてきましたよ、セレスティア様!」 ソラリスの弾んだ声が響く。
森を抜け、視界が開けた先に、小さな村落が見えた。 だが、その雰囲気は、私たちが期待していた「平穏」とは程遠いものだった。
「……ひどい。煙が上がっている」 ルミナリスが、鋭い狼の嗅覚で血の匂いを嗅ぎ取ったらしい。
「アザゼル」 「ああ。戦闘の残滓だ。だが、つい先ほど終わったばかりのようだな」
私たちは顔を見合わせ、駆け足で村へと向かった。 村の広場は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「うわああ! 誰か、誰か助けて!」 「息子が……! ああ、私の坊やが!」
あちこちに魔獣の死骸が転がり、それ以上に多くの村人たちが傷を負って倒れている。 どうやら、森からはぐれたオーガの群れ(ガルディウスが遭遇したものの別働隊だろう)に襲撃された直後らしかった。
その広場の中央で、一人の女性が必死に治療を試みていた。
「お願いです、しっかりして! 『ヒール』!」
緑色のショートヘアを振り乱し、聖職者の衣装を血で汚した女性。 彼女がどれだけ懸命に祈りを捧げても、その手から放たれる光はあまりにも弱々しい。
「ちくしょう! やっぱりお前じゃダメだ!」 傷を負った村人の一人が、彼女を突き飛ばした。
「フィーア! お前は『回復しかできない』能無しだって、聖女教会の枢機卿団から追放されたんだろうが!」 「お前の光じゃ、この程度の傷も治せないのか!」
(……また、か)
「偽聖女」。 「役立たずの盾職」。 そして、「回復しかできない能無し」。 この国は、どれだけ多くの才能を、自らの無理解で切り捨てれば気が済むのだろうか。
「……っ、そんな……」
フィーアと呼ばれた女性が、唇を噛みしめる。 彼女の目の前には、オーガの棍棒で胸を強打されたらしい、小さな男の子が横たわっていた。 すでに、呼吸は止まっている。
「ああ……ああ……!」 母親らしき女性が、その場に泣き崩れた。
フィーアは、自らの無力さに打ちひしがれるように、両手で顔を覆う。 村人たちの罵声が、彼女に容赦なく突き刺さる。
「……もう、いい」
彼女が、か細く、しかし、凍てつくような決意を込めて呟いた。 フィーアは立ち上がり、すでに息絶えた子供の前に、再び膝をつく。
「お前たちが『役立たず』と呼んだ力で……この子を、救ってみせる」
彼女は、聖職者らしからぬ鋭い目で周囲の罵倒を黙らせると、そっと子供の亡骸に両手をかざした。
(......何を、する気?)
聖属性魔法の光ではない。彼女の手のひらの周りで、空気が、いや、「理」そのものが揺らぎ始めた。
「......セレスティア、見ろ」
隣に立つアザゼルが、私の肩にそっと手を置き、鋭い声で呟く。
「あの女......まさか」
彼の手が、私の肩に残っている。その重みが、なぜか安心させてくれる。
(ええ、見えているわ。あれは......)
子供の体に起きた変化は、奇跡としか言いようがなかった。 無残に潰れていた胸が、まるで映像を巻き戻すかのように、ゆっくりと元の形に戻っていく。 失われた血色が戻り、肌に温かみが蘇る。 傷が「治癒」しているのではない。 傷を負う「前」の状態に、『巻き戻って』いく。
やがて、子供が小さく咳き込み、か細い声で「……ママ?」と目を開けた。
「「「…………え?」」」
村人たちの時が、止まる。 死者が蘇った。 そのあり得ない現実を前に、彼らの口から出た言葉は、感謝ではなかった。
「……ま、魔女だ」 「死者を蘇らせるなど、神の理に反する……!」 「やはり、教会を追放されたのには理由があったんだ!」
恐怖は、やがて攻撃性に変わる。 村人たちが、農具を手にフィーアに詰め寄ろうとした、その瞬間。
ガギンッ!
「……それ以上、近づくな」 ガルディウスが、フィーアを庇うように、その巨大な盾を地面に突き立てていた。
私は、ガルディウスの背中越しに、精根尽き果てて座り込むフィーアに歩み寄る。 アザゼルが、私の耳元で静かに、だが確信を持って告げた。
「……あれは『時空支配術』の亜種だ、セレスティア」 「俺が『世界』の時間を止めるのに対し、あの女は『対象』の時間を巻き戻している。『時間遡行治癒』……SS級の禁術だ」
アザゼルは、忌まわしそうに続ける。 「……教会が最も嫌う力だ。鑑定では『E級ヒール』と誤認されるが、本質は神樹の理(光の奇跡)ではなく、世界の理への干渉。バレれば『役立たず』ではなく『異端者』として処刑される類のものだ」
(……そういうことですか)
「聖女教会は、煌天樹の『光の治癒』だけを正統とする。死者を蘇らせる力は、神の摂理を覆す......そう教えられている」アザゼルが、冷たく続けた。「つまり、あの女は教会の権威を脅かす存在だった。だから、追放された」
アザゼルの説明に、私は冷たい怒りを覚える。 鑑定で誤認され「役立たず」と蔑まれるか。 真の力が露見し「異端者」として処刑されるか。 どちらにせよ、あの国(教会)は、自分たちの物差しで測れないものを切り捨てる。 私と、ガルディウスと、そして目の前の彼女と、全く同じだ。
私は、恐怖と絶望に震えるフィーアに手を差し伸べた。
「……素晴らしい力ですね」
「え……?」 フィーアが、私を見上げる。
「ですが、私は……これしかできないんです。攻撃魔法も使えない、ただの……」
「ええ、知っています」 私は、彼女の言葉を遮った。 「だから、追放されたのでしょう? その力の本当の価値を、誰にも理解されずに。……そして、その力を恐れられて」
「……!」 フィーアの瞳から、堪えていた涙が一筋、こぼれ落ちた。
「私も『偽聖女』として、あの国に追放された身です」
私は、フィーアに向き直った。
「ここに新しい国を創ります。あなたの力は『役立たず』などではない。それは、あらゆる絶望を覆す『希望』そのもの。……私の国に、あなたの力が必要です」
フィーアは、私の手と、私を守るように立つ仲間たち――元魔王、獣人姉妹、元聖騎士――を、信じられないという顔で見比べた。皆、この世界で「普通」ではないと、爪弾きにされてきた者たち。
特に、私の背後に立つアザゼルに、彼女の視線が留まった。
「......あの方は?」
「私の協力者です。アザゼル」
「協力者......」
フィーアは、何か感じ取ったように目を細めた。
彼女は、こぼれる涙を乱暴に拭うと、私の手を固く握り返した。
「……フィーア、と申します」
「私のこの力が……本当に、誰かの希望になるのなら」
フィーアが頷いた後、私たちは村を後にした。歩きながら、アザゼルが私の隣に並ぶ。
「......また、仲間が増えたな」
「ええ。あなたのおかげです」
「俺は何もしていない。お前が選んだんだ」
彼の言葉が、温かい。
(......この人がいてくれるから、私は前に進める)
こうして、聖女教会から追放された「時を戻す僧侶」が、私の理想の国を創るための、六人目の同志となった。そして、隣を歩く彼の存在が、私にとってかけがえのないものになっていることに、少しずつ気づき始めていた。




