第8話 追放された聖騎士
古代都市の遺跡という、これ以上ない拠点の礎を手に入れた私たち。守護者であったエルダードラゴン、ザラキエルは、3000年分の知識を持つ執事として、今は遺跡の機能修復と防衛システムの再構築に着手してくれている。
「ではセレスティア様、遺跡のことはこのザラキエルにお任せを。皆様はどうぞ、お気をつけて」
ザラキエルは、特にアザゼルに視線を向けた。
「アザゼル様。セレスティア様をお守りください」
「......言われるまでもない」
アザゼルの答えに、ザラキエルは意味深な笑みを浮かべた。
(......なぜ、あんな顔を)
完璧な執事服に身を包んだ彼(元黒竜)に見送られ、私とアザゼル、そして護衛を兼ねたルミナリスとソラリスの四人は、再び森の中を移動していた。目的は、この森の出口付近……聖レガリア王国の領土に最も近い人間の集落の調査だ。今後、国を興すにあたり、周辺の状況把握と、可能であれば交易ルートの確保も視野に入れなければならない。
「しかし、セレスティア様。本当にザラキエル様を置いてきてよかったのですか? あの方一人いれば、どんな魔獣も……」
ルミナリスが、未だに信じられないという表情で後ろを振り返る。
「ええ。拠点の設営と防衛は、最重要の課題ですから。彼以上の適任はいません」
私は冷静に答える。本当は、もう一つ理由がある。
「それに」
アザゼルが、私の隣を歩きながら静かに言った。
「セレスティアを守るのは、俺の役目だ」
「......!」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「あ、アザゼル様もいらっしゃいますものね!」
ソラリスが無邪気に笑う。その横で、ルミナリスは何か察したような顔で私たちを見ていた。
(何より、あのSS級の存在が常に隣にいると、こちらの精神が休まらない)
「わーい! またみんなでお出かけですね!」 ソラリスだけが、遠足気分で楽しそうだ。
そんなやり取りをしながら、数時間。私たちが、かつて聖騎士たちに追放された「森の入り口」近くの柵が見えてきた、その時だった。
「――グォォォォ!」「くそっ、しつこいぞ!」
魔獣の咆哮と、男の怒声。視線の先、森の出口付近で、一人の男が魔獣の群れに囲まれていた。B級魔獣の「オーガ」が三体。屈強な戦士でも苦戦する相手だ。
アザゼルの手が、反射的に私の腕を掴んだ。
「......待て。まだ、あの男の実力を見極める」
彼の声は低く、冷静だったが、私を守ろうとする意志が込められていた。
「ええ、分かっています」
私はそう答えたが、彼の手は離れない。その温もりを感じながら、私たちは状況を観察した。
「ルミナリス!」「はっ!」
私が指示を出すより早く、ルミナリスが動こうとする。だが、その男の次の行動に、私たちは足を止めた。
男は、明らかに深手を負い、ボロボロの鎧をまとっている。手には剣すら持たず、あるのは傷だらけの大きな塔盾だけ。
「『ファランクス』ッ!」
男が叫び、盾を地面に突き立てる。 オーガの一体が、巨大な棍棒を振り下ろした。
ドゴォォン!
凄まじい衝撃音。 しかし、男は一歩も引かなかった。 それどころか、男が構えた盾が淡い光を放ち、オーガの棍棒の方が逆に弾き飛ばされている。
「なっ……!?」 ルミナリスが目を見張る。
「……ただの盾防御じゃない」 アザゼルが、その紅い瞳を細めた。 「あいつ、盾を通して魔力を流し込み、衝撃そのものを『無効化』している。……馬鹿げた芸当だ。神樹の加護に依存しない、純粋な『概念防御』......SS級だな」
僅かに驚いたような声色で、彼は続けた。
「あれほどの防御術を持ちながら、追放されたのか」
(盾職......)
この世界において、「盾職」は最も不遇な職業だ。攻撃力が皆無で、パーティーの討伐効率を下げる「役立たず」の代名詞。聖レガリア王国の騎士団ですら、盾専門の兵士は軽んじられていた。
だが、目の前の男の技術は、その常識を覆している。
「......あいつ、お前と同じだな」
アザゼルが、私の耳元で静かに囁いた。
「......同じ?」
「価値を見出されず、捨てられた。だが、本当は強い」
彼の言葉に、胸が温かくなった。私のことを、理解してくれている。
「グルル……!」
しびれを切らした残りのオーガ二体が、同時に男に襲いかかる。
「させるか!」
男は、絶望的な状況にもかかわらず、一切退こうとしない。その瞳には、仲間を守れなかった後悔と、自らの無力さへの怒りが渦巻いていた。
(......もう、十分でしょう)
「ソラリス」「はいっ!『ライトニング』!」
ソラリスの魔法が、オーガ二体の頭上から降り注ぎ、その巨体を一瞬で炭化させた。残った一体が、突然の仲間の死に動揺した隙を突き、アザゼルが音もなくその背後に回り込み、剣で心臓を貫く。
戦闘は、一瞬で終わった。
「…………」
残された男――茶髪短髪で、鍛えられた体躯を持つが、今は疲労困憊で座り込んでいる――は、呆然と私たちを見上げていた。
「……助かった。あんたたちは……冒険者か?」
私はゆっくりと彼に近づき、尋ねた。「その盾、見事なものです。ですが、あなたはひどい深手ですね。仲間は?」
その言葉は、彼の心の傷に触れたらしい。 男は、悔しそうに顔を歪め、地面を拳で殴りつけた。
「……仲間、か。俺は、追放されたんだ」
男――ガルディウスと名乗った彼は、途切れ途切れに事情を話し始めた。 彼は、聖レガリア王国が威信をかけて選出した、「精鋭討伐隊」の盾職だったという。
「討伐隊の隊長は言った。『お前の任務は攻撃だ。盾で防ぐだけでは戦果にならん』とな」「……確かに、俺がいても魔獣を倒す速度は上がらない。だから、討伐効率を下げる『役立たず』だと……」
王国が選ぶ精鋭部隊は、何よりも「効率」と「戦果」を重視する。ガルディウスの防御能力がいかに高くても、それが直接的な魔獣の討伐数に繋がらなければ、「無能」の烙印を押される。
彼は、高難易度の魔獣の巣で、仲間たちを逃がすための盾となり、囮にされ、そのまま置き去りにされたのだという。
「……命からがら、たった一人でダンジョンを這い出したが……そこに仲間の姿はもうなかった。見捨てられたと悟ったよ」 彼は、力なく笑う。「装備も食料もほとんど失って、絶望して……王都に戻る気力もなく、当て所なくさまよっているうちに、この『魔獣の森』に迷い込んでしまった。そこで、さっきのオーガに……」
(また、だ)
また、理不尽なレッテル貼りだ。「偽聖女」。「役立たずの盾職」。本質的な価値を見ようともせず、目先の効率や体裁だけで他者を切り捨てる。あのレオンハルトやミレイユと、何も変わらない。
私の拳が、無意識に握りしめられていた。その手を、アザゼルがそっと包み込んだ。
「......落ち着け」
彼の低い声と、手の温もりが、怒りを鎮めてくれる。
(......この人は、いつも)
私は深く息を吐き、冷静さを取り戻した。
「......ガルディウス、と言いましたね」
私は、座り込む彼に手を差し伸べた。
「え......?」
「私も『偽聖女』として、あの国に追放された身です」
「なっ......あんたが、あの噂の......!」ガルディウスが驚愕に目を見開く。
「私は、ここに新しい国を創ります。私や、あなたのように、不当に『役立たず』の烙印を押された者たちが、その真価を発揮できる場所を」
私は、彼の傷だらけの盾に視線を移す。
「あなたの『守る力』は、決して役立たずなどではない。それは、仲間の命を守る、最も尊い力です」「私には、あなたの『神盾術』――その力が、必要です」
「……神盾術。なぜ、その名を」「あなたの盾が放つ光が、そう教えてくれました」
ガルディウスは、私の差し伸べた手と、私の瞳を、食い入るように見つめていた。そして、彼は震える手で、私の手を固く、固く握り返した。
「……本当に。本当に、俺の力が、役に立つのか……?」
「ええ」 私は力強く頷いた。「あなたの守りたいという意志がある限り、私はあなたの盾を『最強』にしてみせましょう」
こうして、精鋭討伐隊から追放された聖騎士は、私の五人目の仲間となった。




